蛇竜ヒュドラ

 切り立った山々が並ぶ高山のエリア、サガルマータ。

 それは彼の有名なエベレスト山のネパール語の呼び名であり、その名が示す通りエベレスト級の山を筆頭に、急なものから緩やかなものに至るまで、いくつもの山が点在している。

 登山マニアにとって天国のようなエリアだが、ジーク達の目的は別。山々に隠れるようにある洞窟が、今回の目的地だ。


「あれか」


 洞窟の中を歩くこと10分、討伐対象は直ぐに見つかった。

 何せデカい。首を丸めて眠っているにもかかわらず、見せてもらった動画の姿よりも大きく見える。あの口なら人ひとりどころか、一度に10人は丸呑みに出来るだろう。


〈ヒュドラ〉-Lv.85-


 ステータス的に見ても、昨日のワイバーンより上。たった5の違いだが、それはフロンティアにおいて絶対的な差だ。


「見るからにヤバそうだな」

「お、ひょっとしてビビった?」

「初めて見た時にビビらなかったなら、存分に笑ってくれ」


 軽口を交えながら忍び足で近づいて、それぞれ自分の持ち場につく。

 戦略としては定石通りに、クレイヴとアラウが前衛、ルナとリーフが遠距離からの援護、そしてジークとハンゾーで状況によって攻撃や防御のサポートをする形になる。

 ちなみに試練を受けるにあたって、パーティに加入した際に見たクレイヴ達のステータスは、


【アカウント名】クレイヴ

【Lv.】83

【職業】騎士ナイト


【アカウント名】アラウディ

【Lv.】72

【職業】武双剣士


【アカウント名】ハンゾー

【Lv.】69

【職業】暗殺者アサシン


【アカウント名】リーフレット

【Lv.】66

【職業】砲手ブラスター


 となっている。

 しかもクレイヴが持っているARMSが、これまた凄い。


《デュランダル》

 ランク:A

 天使より賜った聖剣。柄に聖遺物が埋め込まれており、あらゆる邪悪を滅する。


 まさかのAランク。もうコイツ等だけで勝てるような気がしてきた。あ、一回失敗してるんだった。


「それじゃあリーフ、開幕一発頼んだよ」

「は、はい!」


 先手はリーフの砲撃。っというか、あの小動物っぷりで砲手は意外だった。


「大丈夫か、初撃がリーフレットで。震えてトンデモないところに撃ったりしないか?」

「あー、ダイジョブ。その心配は杞憂だっつう話だよ」

「?」


 何故かハンゾーは遠い目をしている。どうしたんだろうと思いつつ、ジークは出るタイミングを逃すまいと物陰から様子を窺い、


「――アハ」


 地の底から響くような笑い声を聞いた。

 出処はリーフ。え……と呆けるジークとルナの前で、彼女はガトリング砲型のARMSを起動させる。そして、


「アハ、アハ……アッハハハハハハ!! レッツ・パーリィ!!」

「Shrrrrrrr!!」


 連続する銃声の中、目覚めたヒュドラの叫びが、ビリビリと大気を揺らす。

 本当なら直ぐにでも戦線に参加するべきだろう。けど、今はそれよりあっちだ。


「……何あれ」

「リーフレット」


 あぁ、やっぱり見間違いじゃなかったんだ。


「いや、おかしいだろ!? 何あれ、完全にトランスフォームしてるよね!? ハムスターがバハムートにトランスフォームしてるよね!? 破壊大帝も真っ青だよね!?」

「リーフは銃を持つとああなるの。最初はびっくりしたけど、慣れると面白いよ?」

「あれはもう、ああいうものなんだって覚えときな」

「……今度プチプチでも上げよう」

「今度ケーキでも買ってあげようかしら」


 断言する。絶対原因はストレスだ。


「さぁ、俺達も行こう!」


 一先ずリーフの事は置いておき、クレイヴの号令の下、一斉に攻撃を開始した。


「Gaaaaaaaaa!!」


 九つもの首があってそれを見逃すはずもなく、ヒュドラの首が一つ大きく口を開く。

 そこに、膨大なマナが渦巻いていく。


「ッ! 避けろ!」


 逸早く気づいたジークの声で、直ぐに全員飛び退いた。

 一瞬遅れてヒュドラの口から放たれた紫のブレスが、洞窟の壁を抉るように吹き飛ばす。

 円形に開いた破壊痕。その穴の向こうには、青空が見えていた。


「……ワイバーンのブレスより強力だな」

「あれ食らっても【猛毒】だから、当たんない方がいいぜ?」

「言われずとも!」


 ジークのレベルなら、かすっただけで即死だ。直接触れても毒のデバフが掛かる。一発でも当たってはいられない。


「はぁああぁぁあああああッ!!」


 そんな中、裂帛の雄叫びを上げ、クレイヴを筆頭がヒュドラの下に飛び込む。

 迎え撃つ首は3つ。一斉に放たれた閃光が、小さな標的を焼き尽くそうと殺到するが、


「ふっ!」


 横一閃。《デュランダル》の刃が三条のブレスを纏めて切り捨てる。

 余波で生じた爆発で視界を奪われるが、クレイヴは迷わず進む。黒煙の中からぬっと現れた首すらも薙ぎ払う姿には、一切迷いがない。

 そんな驕りを叩き潰すかのように、横合いから飛び出す首が一つ。大剣ほどの大きさの牙が並んだ口を開き、今まさに呑み込もうとして、


「甘い甘い!」


 壁を跳ねるアラウが、それを弾き飛ばす。そしてもんどり打って倒れる首へ、すかさず《干将》で一撃、《莫邪》で二撃とダメ押しする。


「ワォ、強烈!」


 一方で、別方向から襲ってきた首の相手をするのはハンゾー。〈アサシン〉とは思えない派手な格好ではあるが、そのジョブに偽りはない。

 右からかと思えば上から、かと思えば下から。メインウエポンのクナイが縦横無尽に飛び交い、ヒュドラをハリネズミ同然に串刺しにする。これが本当の針の筵だ。

 進路を阻もうとしてくる首を押し留めるのは、アラウとハンゾーの役目。

 大将首を任されたクレイヴは、中央の首に果敢に切り込んでいく。


「これで!」


 だが、寸でのところで別の首が割って入り、身代わりとなって《デュランダル》の餌食になった。


「Giiiiiii!!」


 甲高い悲鳴と共に、地面に落ちる首。普通なら歓声を上げる場面だろう。

 そう、普通なら。だが、他の首を相手取るジーク達の前で切り口がボコボコと泡立ち、次第に盛り上がると、やがてそれは2つの首となって復活を果たした。


(事前に聞いてなかったらヤバかった。しかし、やっぱり洒落にならないな)


 ただの再生ならまだしも、増殖は厄介だ。

 これでは弱点であろう中央の首以外は、絶対に殺す事は出来ない。一つ一つの首が、Aランク級の強さを持っているにもかかわらずだ。


(神話じゃ確か、切り口を焼いて再生を止めたはず……。なら)

「ルナ! 炎魔法!」

「了解! 《フレイム・ランス》!」


 突き出した手を中心に炎が渦を巻き、形作られる一本の槍。それを、丁度リーフを丸呑みしようとした首目掛けて放つ。

 直撃、そして爆発。土管並みに太い首が粉々に吹き飛び、傷口を燃え盛る炎が焼く。


(どうだ……?)


 神話通りなら、これでいけるはず。

 が、期待を裏切るように断面が泡立ち、炎を押し退けて2つの首が新たに生まれた。


「チッ、神話通りにはいかないか」

「炎を操れるプレイヤーなんて結構いるからね。まぁ、簡単にはいかないよ」


 言われてみればその通りか。だが、悔やんでいる暇はない。

 今の首の数は11。むざむざと敵の数を増やしてしまったが、炎は通じないと分かっただけでも良しとしよう。もっとも、中央以外の首を落とせないという厄介な状況に変わりないが。

 周囲の壁を足場にして跳ね、ジークはヒュドラの首を翻弄する。先に回り込んだ首もあるが、ルナの魔法、リーフの銃弾によって悉く打ち落とされる。


(洞窟だからこそ出来る動きだけど、やっぱりアイツに触れないのが辛いな。足場にも出来やしない……!)


 あれだけの巨体なら十分に足場になるので、大幅なショートカットも出来そうだが。まぁ、ないものねだりしても仕方がない。


(なら、今度は氷でも試してみるか。上手くいけば貼り付けに、それに足も付けられ……ッ!?)


 視界の端で、戦闘の余波で崩れた洞窟の一部が、ルナの下に落下するのが見えた。


「マズい……!」


 反射的に飛び出し、瓦礫を蹴り飛ばすジーク。

 驚くルナの顔が目に入り、咄嗟に大丈夫かと聞こうとし、――ゾクッと背中に悪寒が走った。

 見なくても分かる。既にヒュドラの首の一つが、ブレスの照準を向けていた。


「くッ……!」


 咄嗟にARMSを盾にするが、絶対に助からないのが分かる。

 大剣のような牙が並んだ口が開かれ、そこから猛毒の光が迸り、


「させるかっつーの!」


 ハンゾーの投げたクナイが目に刺さり、痛みにのたうち回るヒュドラ。

 おかげで閃光は、あらぬ方向に飛んで行った。


「ふぅ、危機一髪」

「悪い、助かった」

「ったく、猫の手も借りたいんだから、勝手にくたばってくれんなよ」

「そうだな。なら、俺も求められた役割に徹するか」


 元々軍師として勧誘されたのだ。気乗りはしないが、やるだけやってみよう。


「……ルナ、出来るか分からないけど、凍らせて動きを止めてみてくれ。それからリーフレットは無理しない程度にヘイトを集めてほしい」

「命令しないでくれませんかねぇ!」

「あ、ハイ」


 小動物の咆哮に気圧されながらも、2人共動きは止めない。リーフは銃弾をばら撒いて、ジークは瞬殺されない為にもひたすら避けるのに専念する形でヘイトを集める。

 ここにルナも加わる事で、大半の首が3人に殺到。その隙を突いて、前衛の3人が一気に距離を詰めに掛かった。


「Gaaaaaaa!!」


 残りの首がそれを迎え撃とうと、一斉にその口からブレスを放つ。

 だが、それを吐き出す直前でジークが乱入。がら空きの顎を下から突き、強制的に口を閉ざし、暴発させる。


「ナイス、ジーク!」

 それぞれの首が互いの死角を補っているので隙はないように見えるが、逆に言えば一つでも崩せば死角が生まれる。非力なジークでも、そんな穴を作るくらいの事は出来る。


「なら、私も期待に応えないとね!」


 その言葉通り、アラウは活路を開いてくれたジークに応え、


「――《相克の契り》! 対象:クレイヴ、接続開始!」」


 EXCを発動。無数に放たれる光線を、凄まじい速度で潜り抜けていく。


(あれがアラウディのEXC、《相克の契り》。効果は教えてもらったけど、トンデモないスキルだな)


 もっとも、それはEXC全般に言える事だが。ジークはここに来るまでに聞いた、アラウのEXCの効果を思い出す。

 《相克の契り》。それは簡単に言えば、『力の貸し借りを可能とする』効果。

 許可を取った相手とラインを繋ぎ、一時的に対象者のステータスの半分を自分に上乗せ、もしくは相手に与えて強化する。なるほど、それなら以前の決闘での事も説明がつく。

 見る見るうちにヒュドラの首が作った包囲網を掻い潜り、標的の下まで迫っていく。


(あのスピードなら……いや、楽観は出来ないな、っと!)


 噛みついてくるヒュドラの頭を避けつつ、前衛組の方へは行かせまいと必死に応戦するジーク。ルナとリーフも、自分の方にやってくる首を退けながら、必死に援護している。

 支援を受けるクレイヴは、一番手前の首を退け、返す刀でもう一つ地面に叩き付ける。

 そこへすかさず放たれるのは、ルナの氷魔法。着弾した箇所が凍り、ヒュドラの首は壁に縫い付けられる。


「《サーキュラー・エッジ》!」


 ヒュドラの皮膚を覆った氷の膜の上を、アラウは飛び跳ねていく。

 そして一度空中に躍り出ると、双剣を持った両腕を広げて高速回転。一秒間に10、EXCの効果もあってそれ以上の回転を見せながら、チェーンソーさながらに視界に入った首を次々に切り刻む。


(これで動きは封じた。足場も確保出来たっと)


 相手のパワーを考えれば容易く壊せるだろうが、それだけあれば十分。僅かに出来た隙を見逃さず、絶え間なく攻撃を浴びせていく。


「次、左下。リーフは右、ハンゾーは右斜め上だ」

「一々言わなくていいですよー。……分かってるからさぁ!」


 その影の立役者はジークだ。前にそれほど出ない分、比較的戦況が見えているので後衛組を的確に指示し、クレイヴ達の道を確保する。


「ジーク、残りの首は!?」

「4つ。けど、長くは保たない。仕掛けるなら今だ」

「オッケー!」


 ジークのゴーサインを受け、3人が飛び出す。本命を狙うのはクレイヴ。アラウとハンゾーは露払いだ。

 だが、本能で劣勢を察したヒュドラも、このままでは終わらない。弱点の首は後ろに下がり、残った3本の首が迎撃の為、一瞬の間も開けずにブレスを放ち続ける。


「ハッ! どーこ狙ってんだよ!」


 それらを持ち前のスピードで躱し、目を中心にクナイで牽制する。大ダメージとはいかないが、鱗と違って柔らかい目への攻撃は注意を引き付けるには十分だ。


「見様見真似、ジークアッパー!」


 アラウはアラウで、実にイキイキしている。ジークに触察されたのか、クロスさせた《干将・莫邪》でヒュドラの顎をかち上げる。


「これなら!」


 2人の援護に感謝しつつ、クレイヴも頭の一つを刺し穿つ。残りは、ただ一つ。

 だが、そうはさせまいと最後の首がブレスを放とうと頭をもたげる。


(行ける!)


 それでも、タッチの差でクレイヴの方が早い。必殺を予感させる、《デュランダル》を振り下ろし、――ぞくりと冷たいものが背中に走る。

 見れば、凍らせた首が力づくで拘束を解き、ブレスを放つ態勢を取っていた。


「くッ……!?」


 一旦引こうとするクレイヴ。だが、そうはさせまいと5つもの首からの一斉掃射が始まろうとした瞬間、――ゴッ!! ドバッ!! と、連続した炸裂音と共にそれらの首が打ち落とされた。


「ほら、道は開けましたよぉ!」

「さっさと落としてきなさい!」

「ありがとう、2人共!」


 後方支援の2人が作った道を、一気に駆け抜けるクレイヴ。

 そして遂に、最後の首を自身の剣の間合いに捉えた。


「取っ――ッ!?」


 視界の端で、動くものがあった。仲間のものではない、明らかに大きすぎる影は言うまでもなくヒュドラのもので、逸早く回復した首が背後に迫っていた。


「こうなったら……!」


 一瞬驚くが、進むも地獄、戻るも地獄。なら、一か八か相打ち覚悟で!

 そんな覚悟を嘲笑うかのように、後ろから大きくを口を開いた頭が迫り、 


「寝てろ!」


 その横っ面を、ジークの拳が打ち抜く。触れた途端に蝕む、【猛毒】による状態異常。強烈な吐き気に襲われるが、形振り構ってはいられない。


「行け! こっちは俺が止める!」

「ッ! ああ、任せろ!」

「頼むぞ。俺の今後がかかってる!」


 あくまで自分の為だと言い張るジークに礼を言ったクレイヴは、遂に中央の首を自身の間合いに捉える。だが、それはヒュドラも同じこと。

 クレイヴが《デュランダル》を振りかぶるのと、ヒュドラがブレスを放つのは、ほぼ同時だった。


「はぁああぁぁあああああッ!!」


 聖剣と毒の息吹がぶつかり合い、その余波が洞窟の壁を削る。傍にいるジーク達も、吹き飛ばされないようにするので精一杯だ。

 やがて衝撃に押し戻され、両者は後退。だが、すかさずクレイヴは壁を蹴り、未だバランスを崩したままのヒュドラに肉迫し、


「もらった――ッ!!」


 聖剣の刃がヒュドラの首へと振り下ろされ、


 ――ドォンッ!


 横合いから放たれた矢が、最後の首を大きく吹き飛ばす。

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