散策=デート?
「うっわぁ!!」
最初に案内したのは、やはり女子ならお洒落だろと考えて服屋。
洋服や和服は当然、チャイナにゴスロリなども取り揃えたショップで、女子からの人気が爆発的に高い事で有名だ。
「こ、これ、全部着てみてもいいの?」
「試着はタダだからな。気が済むまでどうぞ、お嬢様?」
「そ、そう? なら、お言葉に甘えさせてもらうわ!」
「うん。それは良かったけど、取り敢えずスキップは止めよう。周りがめっちゃ微笑ましいものを見る目で見てるから」
ただでさえ男一人で居心地が悪いのに、余計恥ずかしくなってくる。
「この靴、素敵……! あ、このコートも!」
(女子の買い物が長いっていうのは万国共通、いや異世界共通だったか)
そんな周りの視線なんて何のその。所狭しと並べられた服や靴に見惚れ、気に入ったものを見つける度にルナは歓声を上げる。
女性ものしかないので、ジークは完全に置いてけぼりだが。
「う~、どれもこれも可愛いのに……ここでしか着れないなんて残念ね」
「なら、あっちで売られたら買ってやるよ。俺の財布が痛まなければだけど」
「? どういうこと、あっちで売られたらって? ここはゲームの世界なんだから、あっちじゃ着られないんじゃないの?」
「ここで売られてるのは試供品みたいなものなんだよ。将来的に市場に出すものを、まずはこっちで出して売り上げを調査して、利益が見込めるものだけリアルでも売り出すって寸法だ」
フロンティアで販売されている衣料品や嗜好品といったアイテムは、全てスポンサーが用意したもので、その売り上げをリアルでの商戦の参考にしているらしい。
これによって商品化した際の失敗はほとんどなくなり、素材を無駄に消費する事もなくなった。ある意味、地球に優しい商法かもしれない。
「なるほど。じゃあ、向こうで売られるように祈らないとね」
「全部は無理だからな。今の内に絞っておけよ」
流石にリアルでずっとあの服のまま過ごさせる訳にもいかない。服を見て回るルナを目で追いながら、ある程度の要望には応えようとジークは思った。
その後もアクセサリーや本などのアイテムショップを巡ること数時間。
とは言っても、現実に比べれば時間の流れが緩やかなので、実際のところ精々1時間くらいだろう。
「あー、楽しかった!」
それでも経過した時間は本物なので疲れもするはずなのだが、そんな事は微塵も感じさせず、ルナはフロンティアを満喫していた。
今だって両手にアイスクリームを持つ彼女の顔には、眩いばかりの笑顔が浮かんでいる。
「満足したみたいで何よりだよ」
「えぇ! 何ならあと10回くらい回りたいわ! ねぇ、いいでしょママ!」
「船長とお呼び!」
「ぷっ! その返しは予想してなかったわ!」
声を上げて笑う今のルナには、昨日の困惑っぷりはもう見られない。直ぐに帰ろうと思っていたが、気分が少しでも晴れたなら良かった。
「ホント、楽しかった。こんなに笑ったの生まれて初めて。ありがとう、ジーク」
「オーバーだな。ずっと狙われてた訳じゃないだろ? これより楽しい事なんて、いくらでも」
あっただろ、と続けようとして、
「私、ここ何年かの記憶がないのよ」
「……は?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
思わず声を詰まらせてしまうジークだが、当のルナはそれを全く気にせず、言葉を続けていく。
「5年くらい前から、私の記憶はぷっつり途切れてるの。森の中で目を覚ましたのが、私の始まりの記憶。それ以外の……自分が誰なのかとか、どこから来たのかとかは全然で、名前すら分からなかったわ」
「じゃあ、そのルナって名前は」
「薄っすらとね、誰かにそう呼ばれてた気がするの。だから便宜上そう名乗ってるだけ」
何でもない事のように言っているが、記憶を失うほどの何かがあったということ。
それが頭にダメージを受けてのものか、精神的なものかは分からない。だが、一体どれだけの事があったらそうなるのだろう。
しかも記憶を失っている中、理由も分からずに命を狙われるなんて、どれだけの恐怖だっただろうか。
(本当に、気に入らない……!)
ヴェインのようなプレイヤーからしたら、命のやり取りもゲームでしかないのだろう。ジーク自身も、それは否定しない。
それでも、ただの女の子にそこまでやって、ゲーム感覚で笑っているなど、ジークには認められなかった。
……例え、自分にそんな資格ないと分かってはいても。
「もう、なに辛気臭い顔してるのよ。それよりほら、もっと色々見て回りましょ?」
「あ、あぁ」
取り敢えず、今までの話は置いておこう。
今だけは彼女に笑顔を。そう決めたジークは、ルナが気に入りそうなショップを頭の中で念入りに選ぶのだった。
◆
「昨日の今日でもう再開か。仕事が早いな」
最後に辿り着いたのは、昨日アラウと戦った訓練室。
襲撃事件によってここも被害を受けはしたが、そこはデータ上の物体。一日と掛からずに営業を再開していた。
「ジークは交ざらないの?」
「見てる方が好きなんだよ。そういうお前こそ、交ざってきたらどうだ?」
「初めてですもの。今日は見学だけにするわ」
昨日の魔法を見たら、無双出来そうな気もするが。もっとも、目立つのもアレなので今日は大人しくしておこう。
そうして見学をしながら、昨日は時間がなくて話せなかったフロンティアの事を掘り下げていく。今回はカーディナルを含めた各エリアの特徴や、決闘やクエストに関する事が中心だ。
そんな中、ルナは戦うプレイヤー達を見て、ふとある事が気になった。
「ねぇ、何で刀身が最初からある武器とないのがあるの?」
「低ランクと高ランクのARMSの事か。説明すると長くなるけど……フロンティアがテラフォーミングされた星を舞台にしたゲームっていうのは、昨日話したよな?」
「えぇ、覚えてるわ」
「でだ。この星は地球とほぼ同じ環境ではあったけど、一つだけ違うものがあった。それがマナっていう未知の素粒子だ」
マナの恩恵を受けた人類は、身体能力を急激に向上させ、また新たな力を手に入れた。〈ソーサラー〉などがいい例だ。
ルナを始めとした〈ソーサラー〉は大気中に漂うマナを取り込み、それを体内にあるマナによって方向性を与える事で魔法を発動する設定らしい。また、ARMSの仕組みも似たようなもので、マナに剣や銃弾といった形を与える事で、武器として成り立っている。
「だけどたまに、高濃度のマナ地帯なんかで結晶化したマナが見つかるんだよ。ああいう実体剣なんかは、それを鍛えて作られてるんだ」
アラウの《干将・莫邪》がまさにそれ。
神話や伝説に登場する武器の名前が使われているのは、ここまで歴史を繋いでくれた先祖に敬意を表してとの事らしい。
「ふ~ん。じゃあEXCっていうのは?」
「簡単に言えば超能力だな。マナがその人の心の内を読み取り、それを元に発現した力だ。遺伝子が変質して超パワーを手に入れた人類の中でも、更にその先を行く
フロンティアが人気なのは、このEXCによるところが大きい。決して同じものが存在しない一点ものの力なんて、何ともロマンがある。自分はどんな力だろうと、釣られる人がいて当然だ。
「ちなみに、ジークのEXCは?」
「誰でも発現するものじゃないさ。身体能力の向上っていうギフト自体は、もう貰ってるからな」
そこら辺の条件がよく分かっていないので研究しているプレイヤーもいるそうだが、ジークはそこまで興味はない。寧ろ、そういう人達に対しては『暇だね』としか思えない。
さて、大まかな事は話しただろう。そろそろまた移動しようと考え、ジークは重い腰を上げ、
「あれ、ジーク?」
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