二つ目の夜空
泉 直人
それは景色に切り取られ
森閑とした一室に萎えた顔をした青年と白衣を着た少し太り気味の藤原というネームプレートをつけた医者が向かい合って座っている。
青年は二年程片想いをし続けた相手に近づくために、今自分にできる精一杯の努力をして告白をしたが、呆気なく振られてしまった。振られることは分かっていた。
急がなければあの人に相手ができてしまう、と自身の気持ちを追い詰め告白してしまった。
二年という長く感じさせる言葉が彼を焦らせたのだ。
「趣味は」
「ないです。」
「好きなことは」
「ないです。」
淡々と質問を繰り出す医者に青年は顔色ひとつ変えずに弱った無機質な声で端的に答えた。
「まずは精神状態を回復するための土台が必要なんですよ。穏やかな気分をつくらないと」
「無理ですよ。ジレンマを抱えた現代っ子にそんな。」
医者は取り敢えずすべきことをアドバイスするのだが、青年は精神状態が弱くなっているため何に対しても消極的である。しかし、それはもちろん想定内なのだ。
「散歩。するだけ。ねっ。やってみてくださいよ。君のことを知っている人がいない所を選びますし安心してください。」
医者は少し踏み入りながらも青年の不安も察しながら勧める。間違っていても青年の不安による要望に対して寛容的な姿勢をとるつもりだ。
「…分かりました。」
それで何か変わるよね?
::::::::::::::
選ばれたのは人通りの多い多くの店が並び、交通音や話し声が絶えない都会だった。ここだと知り合いにでも会ってしまうだろうと思い兼ねないが、知り合いが学校をサボっていない限り大丈夫だ。その上私の知り合いには学校をサボる人はいないので大胆でありながら安心感が八割五分程あった。
「どこを歩けばいいんだろう。あ…いや、どこでもいいのか。」
自身の立場がふらついた状態でありながら人を含んだ景色を見て回る。あまりこういった人通りの多い所は行ったことがないので新鮮であった。
いつものことのように現在抱えている悩みをポツリポツリと考え出す。
「(僕はどうしてもっと早く産まれてこなかったんだろうか。)」
「(自分に足りないものはたくさんあったが、あの人が僕に惚れるために必要なものを知りたい)」
「(またあの時のように誰かのために頑張りたい)」
「(あの人は誰かと既に結びついているんだろうか。)」
「(結婚はしていなくても彼女はいるんだろう。)」
歩けば歩くほど多くの情報量に視界が圧倒される。自分が住んでいる地域では見ない配色やコンテンツには驚くばかりだが、自身の中身は相変わらず同じことを考え続けている。そんな時、私の視界の中にひとつ異様な光景が映った。歩道の真ん中にある街路樹を囲むレンガに腰を掛け無言で頭上に伸びている木の枝を見つめるスーツの男がいた。周りがスマホを見つめたり誰かと話していたりする中、悟ったような顔で見つめている。
「(ずっと枝を見てる。いや、葉を見てるのか。観察しているのか。)」
私はその男が非常に一瞬だけ気になったのだが、自然と自分は彼を見つめて止まってしまっている事に気がついた。
すぐに気づき、先程の間がなかったかのように歩き出し、その場を去った。
:::::::::::::::::::
時計は2時を回り昼の陽射しが強く、病院の廊下は照明をつける必要がないほどだった。薄暗い院内にコントラストを明確にするように陽の光が差し込む。
今回は医者と青年だけではなくカウンセラーの女性が廊下にいる。
青年は帰ってきてまだ挨拶しか交わしていないが、医者が何を聞きたいかは分かっていた。女性の方はは口角が上がった静かな表情で青年の顔を見て待っている。
「散歩どうでした」
すとんと問いかける医者。
「特に。いつも通り同じ事。悩み事を考えながら歩いて。」
青年は、自分自身は何も変わっていないということを強調する。
「大丈夫ですよ。たしかに林さんの場合は解法が見つからなければ治りませんし、勿論元気の出る言葉をかけても治るものではないですね。」
医者は悩みだけでなくその悩みの連鎖やジレンマがずっと続くことさえも怖がっていることを見抜き、まずは安心させる言葉から入り、冷静に青年の状況を伝えた。
「じゃあなんで散歩なんか。」
青年はいつも通りの萎えた表情をしながら不満足そうなこもった声で気持ちを吐露する。
「気づきませんか?解法を探すのに想像力は必要ですよ」
医者側からすれば散歩は下準備に過ぎない。青年が暗くぼんやりした世界から救うために必要なツールを揃えたい。
「想像力が無いって言いたいんですか??」
少し聴き方を間違えればそれなりにひねくれた返答が返ってきてしまうので彼と接するには注意が必要だ。
「あぁ違う違う。あなたの相手も大人でしたからね。あれから色々考えてしまうでしょうよ。でもあんまりそう思い込みなさんな。君が思ってるより人は優しいですよ。確かに汚い大人はいくらでもいますがね。でも皆、ほとんどそうだったら今頃世の中なんて…ねえ…」
彼の価値観が暗く染まることは非常に危険で、カウンセラーは必ず必要であると判断したが故に今回散歩の報告にカウンセラーも連れている。
これからカウンセラーとの話に入る。
::::::::::::::::::::::::::::::::
相談室には机と椅子だけではなく、パズルやオセロ、将棋、プラスチック製のホームランバットもある。子供から大人まで幅広く対応している。患者と遊びを通じて悩みを聞いたりしているのだろう。子供には特に有効ではないだろうか。
「こんにちは。さっきのお話でネームプレートを見て既に知っているかもしれないけど安 賀 多と言います。よろしくね。」
無言でうなづいた。
「散歩に行ったのね。何か初めて見るものとかあった?」
緊張と精神状態の弱さが混じり合い、言葉を考えても口が動かず行動ができない。少しだけ応えて徐々に動けるようになろうと自身の中で努力する。
「まぁ…あった。」
凍えたように震えながらも応えた。応答を聞いた瞬間に安賀多さんは首を少し前に傾けて食いつくように目を真珠のように輝かせながら聞き返す。
「へー!何を見つけた?都会って色々あるし、私も最近行ってないから気になるなあ」
こちらは気弱ながらも頑張って応えてあの程度だというのに、彼女は比べ物にならないくらいの第一声の声量の大きさと気を出している。彼女に罪は無いが少々気を遣ってほしかった。
「人混みとか…店とか…」
短く要素を挙げた。少しずつ話せるようになった。
「やっぱり都会は人が多いよね!店はどんなとこがあった?」
「外見ね、外見。」
そこまで詳しくは見てないとはっきり言いたかったのだが、まだ自分には考えと行動を繋げる気が弱いようだ。この返事と態度が彼女に何か情報を与えたのか、今まで前に出てきて話しかけていたのが少し引いて話し始めようとしているのが分かった。
おそらく、楽しく明るいものを与えるのではなく心の状態に合わせて徐々に会話を弾ませていくつもりだと読んだ。
「うんうん。まずは景色から少しずつ吸収していこうか。目も遠くの山を見ると良くなるっていうし、焚き火を見ると人はスッキリするっていうし。」
私がしたことをレポートしつつも知識を少し開示する。今までの勢とはやはり違、い比較的に落ち着き始めた。こちらとしては少し助かる。
たまに噛み合わないこともあったがカウンセリングは無事終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます