邪悪な牢屋

 土曜日の早朝。僕は二階の自分の部屋の窓から駐車場を観察する。するとそこに赤い高そうな車がやってくる。


(僕が乗った車だけど、上から見るとこんな感じなんだ。)


 中々コンパクトな形をしており感心する。コンパクトで無駄がない物は好きなんだ。

 部屋の扉が開き、母が入ってくる。


「ねぇ秀秋…。あの人どういう人なの?何もされてないよね?」


「え…」


 また疑われた…。僕はこういう親の面倒くさいところが大嫌いなんだ。心配なんだろうけど、大丈夫と判断しているのに何度もしつこく聞いてきて挙げ句の果てには身を呈して引き留めてくる。要するにこれが始まると行かせる気が無いということなのだ。


「うん。大丈夫じゃなかったらまた呼ばなくない?」


「うん…。でも見た目からしてちょっと…なんていうかチャラチャラしてそうだし…。」


「理屈が分からない。車見ただけでチャラチャラしてるとか。本人見たことないでしょ。失礼にも程がある。」


「…。秀秋は変なことしてないよね?」


「は?」


 ずるずると何度も疑ってくる姿勢にイライラが募り、怒りを通り越して呆れて笑いそうになる。

 僕の高圧的な態度は怒りから来るものであって、決して非行に走っているからああいった事を聞かれて苛立っているのではないと分かってくれるといいのだが。これが分からないのが僕の母。

 母からすればあの高そうな車を持っているのはチャラい男で、その男と一泊(夜遊び)を過ごし、非行に走る人と言えば夜遊びを指摘されると高圧的な態度を取ってくると理解しているので僕を絶対に止めに入るだろう。


(こんな所より、向こうの方が絶対良い。)


 これだけは譲らない。僕は小さい頃は可愛がられたが基本は姉が僕の面倒を見ていた。しかし子は親に似るもので姉も可愛いがっていただけだった。なので言うことに従えば相手をしてもらえるが、こちらが学校の話でもすれば呆れたように「勉強して」とか、「もっと普通の子みたいにグラウンドでサッカーでもして遊びなさい。」と言われた。

 本当にここには居たくないんだ。


「行ってきます」


「ちょっと待ってって。」


「何?俺がすることは全部何もかも親に見せないといけないの?他人の身分証明書も住所も。」


 段々と気性が荒くなり、一人称まで変わってしまう。


「そういうわけじゃないけど…」


 そう。これが相手側にある便利な言葉だ。特に返事をせず曖昧にして長い時間を過ごさせ実質的に行けないようにする。これを無理にでも部屋から出ようとすれば腕を掴まれ押さえつけられる。高校へ通っていた頃に経験済み。

 行って良いのは学校の友達と遊ぶときのみ。

 なので僕はバスの乗り方を知らないし、新幹線の切符を手に入れる方法も教わったことがない。旅行は僕が物心つく前に行った。

 僕は狭い卵の中にいる成鳥なんだ。

 もうどうすればいいの…何をしても無駄な上にストレスが溜まる…。なんで兄と姉はあんなに自由なんだろうか。僕が精神的に弱いから?でもそれは君達がそういう風に育てた。


「何もさせてくれない。」


「そういう訳じゃないし…。」


 ー次の瞬間僕は爆発した。ー


 殺す。僕の心が辿り着いた先は殺意しかない。

 正解が無い上にイライラが募るだけ。こいつを消したい。

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