競い愛

 「林くん、焼けたよ。ちゃんと膨らんでる。」


「良かった。取り出す前に一度開けて、全部焼けたかどうか確認たらすぐ閉じて。」


「え。まだ何かするの?」


「うん。焼けてから何もせずにオーブンの中で10~15分待つと周りがパリパリになって美味しくなるんだよ。」


「そんな事まで知っているのか…。」


 この豆知識だけは絶対言いたかったんだ。決まったな。

 だが私は、カスタードクリームを作ることだけはできなかった。すぐにラップで密封しなければ雑菌が出てしまうという事がとても怖くて手がつけられないのだ。


「あの…阿部さん。」


「ん?どうした?」


 彼は突然煙が立ち込めるように名前を呼びかけてきた私に眉を上げて応答した。


「カスタードクリームは作れないから中は生クリームとジャムでいい?」


「いいよいいよ。そっちの方が組み合わせある方が楽しいし。市販のジャムと生クリームが冷蔵庫に入ってるから後で使おう。」


「うん。」


 私は残念がられないが不安だったのだが、むしろ彼は楽しそうだった。なんとか回避できた。そんなやり取りをしている内にシュークリームの生地は出来上がった。


「今取りだすから林くんは生クリーム作っといて。」


「うん。ハンドミキサーもっかい使うね。」


 生クリームを取り出しハンドミキサーで泡立てる。彼はオーブンからシュークリームを取り出すと、ジャムと皿をテーブルに並べた。


「林くんの料理失敗談聞きたい。」


 彼は右足を曲げてくるぶしを太股に乗せた砕けた姿勢で聞く。


「マカロンが全部割れて中が空洞だった。」


「へぇ。そんなことあったんだ。」


 料理で一番の失敗経験を話すのだが、マカロンが難しいことはしっかり分かっている。オーブンの扱いとマカロナージュが非常に難しいのだ。一応きちんと乾かしてから焼いたのだが、優柔不断になったせいで割れてしまった。空洞は知らない。


「マカロンは店の腕前が分かるって言うからね。相当な難しいんだろう。バレンタインデーに貰ったりするんだけど美味しくてさ…。」


「そうなんだ。阿部さんはバレンタインデーは大量にお菓子貰ってそうだね。」


「そういう林くんはどうだったの?」


「…三個。」


「はい家族入れた。」


 バレるのは分かっていたが、ここまで自身を惨めに感じてしまうとは情けない。皆に配ってくれる女子が一人と、姉と母。バレンタインデーの日だけはどうしてもコンビニでチョコが買えない。


「でも、こんなに美味しいもの食べちゃったらもうバレンタインデーとか要らないな。」


「生クリーム入れよ。あ、阿部さんまた絞ってよ。」


 私は彼が調子に乗って話しているのを無理矢理切った。それでも彼は楽しそうに応答したのだが。

 もう完成だ。


「いただきます。」


「おぅいしぃよ。」


 食べるのか喋るのかどっちかにしなさい。そう心の中で言葉を留めた。なぜなら彼は無邪気に幸せそうに食べているのだ。私にはこんな相手いなかった。

 今までは料理を作っても美味しいと思うだけで、後は面倒な片付けだけであった。

 次々に手を出すので半分食べ終わっても止まらないのではと心配になり、自分も食べるペースを早めた反面、彼とくだらない事で勝手に競い合っている事が少し愉しいと感じてしまう。

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