ここが私の戦場

鬱病は周りの人に迷惑をかけないようにするために普通に接したり、あるいは隠したりする。その状況下で鬱病は潜行し、悪化していくのだが如何せん心の病な上に気づかれずいきなり限界が言動に表れる。

そのため、客観的な角度から気づくことは不可能でカウンセリングを通じて本人から聞き出す他無いのだが、聞き出すにしても既に限界状態の林くんはどこまで自分の話が持つか分からない。


「先生、林くんは夜は眠れず朝まで起きている状態で朝にやっと睡眠を取れる状態になるそうです。ですので朝御飯と昼御飯は食べられておらず、起きたらすぐにお菓子を食べて空腹を満たしているそうで晩御飯も全ては食べていないそうです。」


「生活習慣が壊れてきたか…ここ二日から彼の顔の肌荒れが悪化している。あまり彼には抗うつ剤は処方したくないのだがね。別の治療法でやってみよう。」


安賀多さんと藤原先生は林くんが診察室に入るまでに計画を立てていた。

スライド式ドアがゆっくりと開き、体重が軽いからか足音が聞こえなかった。

"医者と患者ではなく、医者と患者に潜む鬱病との読み合い・心理戦であることを忘れるな。"

藤原先生は頬を両手の平で二回叩き、戦場へ行く覚悟を改めて決める。

そして、明らかに様態が悪化しており不穏な空気を放ち、髭の剃り残しもある彼は頭を重力に従わせるほど下にうつ向かせ、扉に寄りかかりながら入ってきた。見た目まで変わってしまっていた。


「おはようございます。」


昨日よりさらにやつれており、肩が落ちていて膂力が無いようにも感じる。あまりの変貌に参ってしまいそうになる。鬱病は彼の身体を人質に取って見せつけているようだ。

林くんは昔はとても明るい子だったと聞いた。要するに既に潜在的だったのかもしれない。


「釣りに行ったのをこの前聞いたんだけど、あれからやり取りはあった?」


「特別な事はないです。挨拶くらいで。」


「そうか…。病院と家というか必要最低限以外特に行きたくはないよね。私は阿部さんという人が非常に気になるんだが、彼はどうしてあそこまで優しくしてくれているのかな。」


「知りません。気まぐれじゃないですかね。暇とか。」


「そう…。普通に友人探しているだけならあそこまでせずにもう切ると思うんだけど、彼は林くんを助けたいんじゃない?」


秀秋は彼の学生時代の話を思い出す。


(確か周りの物に興味が無くて冷めていたと。今はそこまでじゃないみたいなことを言っていたけど、僕の事はどうなのだろうか。)


「どうせ俺友達も全然いないしさ、先生が言ったように走って逃げろみたいな感じで何か関係が失敗してもすぐ切ってどっか言っちゃえばとか思っちゃうんだよね。楽しんでも結局辛いし、結局僕は迷惑ばかりかけるし…。」


「うん…。林くんには表裏一体で罪悪感を背負っているのはその鬱病がもたらした効果であって、効果を防いでも根幹が治さないとすぐ出てくる。しかし、その根幹が解決できない問題とすると、君の問題と鬱病の根幹を診るに初恋の相手は君と君の恋心に対して相当無責任な返しというか見方をしていたことが伺える 。」


「…」


秀秋は正直そう言いたいがあの人に罪はない。自分が勝手に好きになっただけだと思い込んでいる。

藤原先生は彼の考えていることと違うことを言えば即症状悪化の綱渡りのような治療法に挑んでいる。

青年が実際には言えないが伝わってはほしい本音を抱えているとして、医者がその本音を見抜き共感する形で青年とシンクロする方法。

今の秀秋くんの無言を当たりと捉えるか初恋の相手への悪口に対する怒りを抑えていると捉えるかはこれから確かめる。

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