出会い頭を作って逃げる


 今日も相変わらず昼の陽射しは強く照明のついていない廊下はコントラストが明確に表れている。

 医者とカウンセラーと青年の三人が一対二で向かい合わせに立って話している。


「散歩は宿題ですよ。同年代に会うのが怖いみたいですし、場所もちゃんと選んでるんですから安心して下さい。この前は観察されましたね。次はお店に入って何か買ってみてくださいね 。」


 前回と同じ調子で青年は課題を課された。少年は財布をパーカーの腹ポケットに入れ、出口へ向かって振り返ると気弱そうな低い声で返事をする。


「…はい。」


 彼はそう言うと静かに歩いて病院を出て行った。背中はまだ若々しく、医者たちは彼が外のフェンスを曲がって姿が見えなくなるまで見守ってた。歳もいった者からすれば羨ましい若さを感じるものの、同時に現状からの心配もあった。


「しかし、偶然会ってしまえば彼は私を責めるでしょうし、ますます人を信用しなくなりますね…」


 医者は眉を下げ自身の正直な気持ちを吐露し心配を表す。あの青年はただ落ち込んで心が弱っているのではなく、解決できない問題を抱えているからこそ弱ってしまっているのであるからして、少しでも小さな問題や嫌悪感があればすぐに浸かってしまうので慎重な配慮が必要なのだ。


「いえいえ先生。たしかに林君は少し人を完璧には信用し切っていませんが基本話はちゃんと聞いてくれますよ。自分に対する褒め言葉を疑ったりしてしまうだけです。」


 彼が救われたいと思っていることは間違いないということを告げ、医者を落ち着かせる。


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 前回と同じ都会の街路樹が生え揃った歩道を歩く。二回目なので吸い込む空気には少々慣れてきた。私は立ち止まり、異様でありながらも同じ光景を目にする。


「(あの人また…木の葉を眺めてる。無表情で、じーっと…)」


 同じ場所、同じ景色、同じ人、同じ立場で私は時が止まっているようだった。前回は私が彼を見つけて立ち止まっているだけだったが今回は景色を含め全てが止まっているようだった。


「どうして悲しそうに見えるんだ。」


 私が見つめた時、彼の木を観察する上を向いた顔は目が水滴が零れ落ちるように見え悲しそうだった。藤原先生にでも報告する種にするか。

 買い物は特になんでも良いと考えているのでガチャガチャだけでもしてみた。

 あの人はなんのアニメが好きなんだろう。考えるだけで辛さが蘇る。普段どんな物を買って生活をしているのか苦しく感じながらも考えてしまう。考えれば考えるほど棘のように心に刺さっていくが、考えようとしなくなることにも悔しさがあった。

 きっと振られ方に納得がいっていないんだろう。彼女の有無を考えてしまう前に退散したい。

 ここから逃げても結局は変わらないのだが、今日はもう限界だ。


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「気になる人がいるんですか」


 医者は彼の問いに歳で口角の下がった口をポカンと開けて素朴に問い返した。雰囲気は違うが同じ声量で青年は応えた。


「ずっと葉っぱを眺めてるの。ずっと同じ時間。偶々かな。スーツ着てたよ。仕事中かな。」


 青年は淡々と要素要素を挙げて説明するくらいでしか状況を報告できなかった。自身のコミュニケーション力に限界を感じる会話の仕方であった。


「そんなに眺めてらっしゃるんですか。不思議な方ですね。」


 そんなことは気にせず医者は平気で会話をする。しかし、先程の表情と一変。拳を握り短い両腕を胸元まで上げ、目頭にしわを寄せ朗らかな表情で思い切ったことを勧める。


「林君林君!それこそちょっと話しかける勇気ですよ!」


 意気揚々としだした医者に少し圧倒された様子の青年。目をいつもよりほんの少し開き口は引き釣っている。すぐにいつも通りの萎えた表情に戻り呆れたような感情を醸し出しながら応える。


「無理に決まってるじゃないですか。僕はレストランの注文もできないし。初対面ではまともに会話できないんですし。いきなり話しかけてもキモがられるだけですよ。」


 医者は消極的な応答をすることは想定内だったかのような受け取り方だったが、いつもより青年の発する言葉数が多いことにも気づいており、また朗らかな表情で返す。


「ミスしても[あーなんか、すみません(笑)]でいいじゃないの。」


 あまり多くの人々とコミュニケーションを取ることがない青年にはそういった失敗の埋め合わせ方は考えられなかった。


「こっちが笑って相手も笑ってくれたら誤魔化しやすいですけど、相手が始終真顔でなんだこいつみたいな顔していたらどうするんですか??」


 初対面だからといって不審者のようにはなりたくない。たしかに不思議な男性のことを知りたいとは思うがもっと安定した策はないのだろうかと右目に少しばかり力を入れまた違った呆れ顔をする青年。


「そんな時は走って逃げろ!」


 医者は目を大きく開き、半笑いで最終手段を告げる。


「は??」


 あまりの非常識な案かつ想定外な返しに驚きを隠せず、思わず声を出してしまった…


「どうせ今まで行ったことないし当分行くこともないであろう場所を選んで散歩しているんですから。どうせ二度と会いませんよ。世の中たくさん人がいるんですから」


 目を瞑って、替えなどいくらでもいるという表情で左手を白衣のポケットに仕舞い、右腕を私の方へ向け手の甲をひらひらと揺らし私に感じない風を送る。


「うっ・・・」


 青年は半分納得してしまった自身の人に対する価値観に悔しい感情を抱いた。自分はまだまだ子供なのだろうか、藤原先生はそう思って教えてくれているのだろうかと勝手に考えてしまっている。


「あ・・・私としたことがすまないすまない。今日はやめるかい?」


 医者は彼が考え事をしていることを見抜き、すぐさま気を遣う。


「いえ…まだことが起きてる訳じゃないし…」 


 青年は気分の調子を上下に行き来することを短い間に経験しながらもいつも通りの萎えた表情に着地した。

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