彼に魅せる料理、彼に魅せたかった料理

 彼は私の手際の良さを見て驚いていた。別に見くびっていたわけではない。嬉しくて驚いているみたいだ。スムーズに行くと料理が楽しくかんじるのだろう。

 私は基本、お菓子作りの方できるのだが、こちらの方の腕前も悪くはない。特にずっとしてきたわけではないがセンスがあるようで。

 試しにシュークリームを作ってみたこともあったのだが、一回目でも出来栄えは良かった。オーブンで焼いた後に確認をしたらすぐに閉じて10~15分待つと生地がパリパリになって美味しくなるのは知っているだろうか。

 彼の視線が私の腕に集中している間に私は彼の表情を少し観察しながら得意気な表情をしていた。


「中々やるね…林くん…」


「得意とかではないけど、なんかできちゃうみたいで…」


 彼は一瞬少し頬を赤くして目をそらした。私は気になる顔をすると、彼は気づき、表情に返答をする。


「あっいや、最高だなと思って…」


 少し引っかかる言動であったが、料理が上手いと伝えてくれるのは嬉しいので素直に受け取った。


「ありがとう。」


 私は顔を少し斜めにして微笑む。また彼も微笑んで作業に戻った。こんな事は初恋の相手以外誰ともすることの無いはずだった。私の中では何が変わったのだろう…。

 彼は私の動きに一目置いて質問をしてきた。


「IHだからオムレツが作りづらいかな。」


「そんなこと無いよ。半熟は難しいかもしれないけど、他に良い方法があるから。」


「えっ、何か見せてくれるの。」


 彼は両腕をキッチンにつき、ピンっと背筋を伸ばして期待を表していた。

 私は卵を割って卵白と卵黄を別け、ハンドミキサーを使ってメレンゲを作り、といた卵黄をさっくり混ぜて余熱したフライパンに流した。

 彼はてきぱきとした私の動きに釘付けだった。

 底が焼けてくると木ベラで持ち上げバターを二つ滑り込ませて塩コショウを振り、蓋をした。


「15分くらいしたら開けていいんじゃないかな。」


「…凄いね…やり慣れてるけど本当に…うん。」


 さすがに彼はここまでの颯爽さに肝を潰していた。私は周りの人とは違う反応が嬉しかった。心に思い荷物がある状態ではあるが、少なからずではあるが、優しい気持ちを取り戻せた気がする。

 初恋の人もこうやって支えるつもりだった。こうやって当たり前のように動いてあんな顔をされたかった。


「林くんって、料理本当に上手いよ。意外な一面が見られて嬉しいな。」


「阿部さんも…やり慣れてるよ。」


 私は学生時代周りの子の馴れ合いというか褒め合いを見ていて苦手だった事もあったので、事実であっても返答をする形だと少々照れくさい。

 彼は作業をする手を止めて、少しずつ自分を見せてくる私を見て綻ぶ。

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