それでも僕は私は

 結局目が開いたまま朝を迎えた。

 世の中には人を助けたいと言っておきながら蓋を開けてみると相手をするのが面倒くさく感じてやっぱり消極的になる人がいる。

 相談に乗ってあげると言っておきながら、解法とまで贅沢は言わないが解法にたどり着くためのアイデアもろくに出さず、綺麗事のみを言って最後は「綺麗事でごめんね」と言って去る者。[相談に乗ってあげる=優しい人]という価値観があるのか、正義感を履き違えて実際は自己顕示欲によるポイント稼ぎをしているということに気がついていない。

 結果的に相談した側は「あいつ何しにきたんだ。」としか思っていない。本当に優しい者はお金が稼げないとはよく言ったものだ。

 彼、阿部裕一郎はどちら側の人間なのだろうか。確かめなければ分からない。

 数時間前彼から誘いのメッセージが届いたのだが、まだ返事を出していない。


「(走って逃げろ理論でまたいこうかな…)」


 失礼な意図で誘いを受けるのは如何なものかと考えている側面もあるが、自分にできることはこれぐらいしかない。


林「行くよ。」


 あれだけ考えて一言返信しただけだった。


阿部「本当!?ありがとう!それじゃあ今度ちゃんと迎えに行くから待ってて!何かリクエストあったらいつでも言って!」


 彼は本気で喜んでいるみたいだ。自分はこの身体状況で誰かの家に行くと判断するとは過去の自分からすれば考えられない事であろうと思ったが。

 迷惑はかけない…迷惑はかけない…。


:::::::::::::::


 青色の涼しげなパーカーを来て待ち合わせに指定された場所でポケットに手を入れて待つ自分。

 軽く走ってくる阿部さんの姿が見えた。私は少し安心感を得てた。来るのは分かっていたのだが、普段こういった事をしないので安心してしまった。


「良かった。」


 朗らかな表情で彼は私を見つられて安心していた。


「こんにちは。」


 一言素朴に返事をした。


「こんにちは。それじゃあ、行こっか。」


 彼は目を合わせて挨拶を返してくれた。そして私の肩を優しく押してついてくるように教えてくれる。

 路上駐車場で立ち止まり、彼は赤い車を紹介すると同時に助手席に乗せてくれた。

 その車は案外高そうで、私の親が持っている車よりは遥かに高価だと思う。私は車には興味がないので車種までは分からなかった。


「高そうな車。」


「そうかな?やや高いって感じだけどね。ややね。」


 そう言うと、彼は車を動かした。人の車に乗るのは緊張する…。そんな気持ちも数分もする内に座り心地といい快適さに飲まれてしまいほとんど無くなっていた。


「最近、体調悪い?」


「…うん。少しだけ。」


「心によるものだと何もしていなくても辛いからね。今日は家で何か話せたらなーと思ってる。俺案外料理できるんだよ。」


「そうなんだ。僕も手伝うよ。」


「おっ!ホントに?嬉しいな。一緒に作ろうか。」


 私は言葉はなかったが一度頷いて返した。ここまで楽しそうな話をすると少々声が出づらいんだなこれが。


「ついたよ。」


「マンションだったんだ。」


「あぁ。案外効率良くしたくて近場を選んだんだけど部屋までは都合良く選べなくて下の階には住めなかった。」


「そっか。でも職場から近いだけ全然良いね。」


「うん。よーし、精一杯作るからね。林くんが手伝ってくれるみたいだし、やる気さらに出ちゃった」


 「私がいるから」という言葉をかけてくれたのは純粋に嬉しかった。自分が必要とされている感覚。あの初恋には無かった感覚。

 彼は6階に住んでいて、マンション自体も普通の人が住む所よりは良い方だった。

 部屋に入ると彼は私に聞いてきた。


「林くんが食べたい物って、あるかな。」


「ううん。何でも大丈夫だよ。指示してくれば何でも手伝う。」


 私はそう返すと、持参していたエプロンを取り出し、初恋の相手にしか見せる予定がなかった、見せるはずがなかった姿を彼に見せていた。

 彼は私がエプロンを着ている姿を見て嬉しそうに笑みを溢した。

 

 ー僕は成長したのかな。-

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