水は水でも色々と


名前は分からないがたくさん釣れた。知らない魚は阿部さんが名前を教えてくれた。


「ねぇ林くん。こんな時に野暮かも知れないんだけど…林くんは本当に心が弱っているみたいで俺は心配だよ。何があったのかな。少しだけでも教えてほしいな。」


「いや。特に何も無いよ。元々弱いだけで。」


私はそう言って、釣り竿を持って気持ちからうつ向くことと水面を見ることを同じにした。

話しても、何年も片想いして努力して相手が何故振ったのか相手はいるのか全て分からないまま諦めきれずまだ自分には0.01%でもチャンスがあるのではと考えてしまう辛さは分かってはもらえないだろう。


「そう?でも何でも言ってね。俺はいつでも秀秋くんの相談に乗るから。」


下の名前で呼ばれたため少し胸の鼓動が聞こえた。その名前で呼ばれる事は今までなかったため驚いてしまう。


ー彼があの人だったらー


申し訳ない事を考えてしまう自分が怖い。これから誰かに当たってしまうのではないかと。もう自分が自分でいることが辛い。


「林くん?」


「えっ…あっ…はい。ありがとうございます…」


返事をするのが遅れてしまっていた事に気づいた。私はどうしてこうやって悩んで苦しんで見えなくなるんだろうか。


「…ごめんね林くん。本当に自分のペースで良いんだ。むしろ話してくれなくても。ただ、力になれることがあったら言ってほしい。」


私にも疑問がある。

何故そこまで優しくしてくれるのか。聞くのは照れくさいので聞くことまではできなかった。


「あっ、林くんはスポーツは好きかな。できそうに見えるんだけど。」


「僕チームワークはあんまり上手くなくて…だから全然できないです。」


「うーん。それじゃあテニスとかはどう?…って無理強いは良くないか。ごめんごめん。」


水面が小さな音を経てて線に引かれて魚が飛び出る。その様子を私は横から羨ましく見ていた。自分には何も寄ってこないのがよく分かる。

すると阿部さんは後ろに回ってきて後ろから両足を私の左右に出して上半身を私の背中に密着させた。釣竿を持っている私の腕に手を添えた。


「もっとこうやって揺らしていいよ。そしたら寄ってくるから。」


中々揺らしていたつもりだったが足りなかったらしい。彼の揺らしかたは私を通して釣竿を揺らしているため力がより強かった。

大人の男の人とここまで密着したこともなく、揺らされることが私の胸の鼓動を誘っている。

いつの間にか三匹は釣れていた。初めは親子のようだったがこれではまるでイチャイチャしているように見えてしまう。


「どうした?顔赤いよ?」


「何でもないです!!」


「今日は少し寒いからなぁ…よし。今日はここまで」


阿部さんはにこりと微笑んで私の両腕の肩に近い部分を一瞬だけぎゅっと握った。力の入れ方は抱き締めるような勢いだったため恥ずかしくなる。体も密着しているため半分抱き締めてしまっている形になる。

自分は彼に変に期待してしまっているのではないか。

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