クッチョロ!!5

沙魚人

第1話 母とタンデム

美生はその日、母が地方から上京して来た友人に会うために車で駅までの送迎を頼まれていた。美生の家は鉄道の駅から車で10分ほどの場所にあって、バスの路線はない。歩くと大変なので、駅まで行く時は自転車か車になるのであった。


美生が先に家を出て、車のエンジンをかけようとしたがセルが頼りなく回るだけでエンジンがかからない。よく見るとインストルメントパネルのインジケーターがぼやーっと光っている。どうもバッテリーがかなり弱っているらしい。


「どうしたの?」


「バッテリーが上がっちゃったみたい。エンジンがかからない。」


「困ったわね。タクシー呼んでもすぐには来ないだろうし。」


「バイクでいい? 3分で支度できる。」


母は嫌な顔をしたが、背に腹は変えられなかったのだろう。渋々頷いた。美生はガレージからカプリオーロを出して、手早くエンジンをかけた。暖機の間にガレージからヘルメットを二つ持って来る。1つは祖父が使っていたもの、もう1つは最近購入した最新のジェットヘルである。母に新しいジェットヘルを渡し、自分は祖父のヘルメットを被る。二人は暖機の済んだカプリオーロにまたがって走り出した。


カプリオーロは発進の時こそもたつくが、いざスピードにのると軽快な音を立てて二人乗りでも充分に走った。


「走りやすい。」


美生は意外に思った。美生の母は後ろに乗っていることを感じさせない。


バイクの後ろに乗るのに、上手とか下手などないような気もするが、実際のところしがみつかれると操縦しづらいし、リーン(バイクがコーナーで斜めに傾くこと)が怖いから傾けまいと反対側に重心をかけられても困る。また操縦の手伝いをしているつもりなのか、一緒に体を傾けてくるのも神経を使う。


美生の母は、実に自然に後ろの搭乗者を感じさせないように乗っていた。たぶん、以前はよくバイクの後ろに乗っていたのだろう。


10分ほどのライドで、カプリオーロは駅まで無事到着した。


「ありがとう。」


母はヘルメットを脱いで、美生に渡した。


「もうちょっと練習しなさい。お父さんやおじいちゃんはもっとバイクの操縦が上手だった。」


母は駅に向かって歩き出した。


美生は意表を突かれた。母から初めて、父や祖父のことを聞いた気がする。


「うん、頑張る。」


美生はカプリオーロを走らせ、自宅に戻って行った。

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