第9話 リクルート
二度目の北海道ツーリングが終わって、その余韻も冷めやらぬ内に美生は現実に引き戻されるハメになった。
就職が決まらないのである。
面接までは行けるのだが、内定が出ない。美生はどちらかと言うと無口で内気で、やっと話しても口下手な人間だったので、面接官の受けが良くないのかも知れなかった。
美生の母は美生がまじめに就職活動をしているのを分かっていたので、何も言わなかったが心配ではあった。
佳も心配していた。
佳は父の経営する会社にあっさり就職を決めていた。これといってしたい仕事もなかったし、美生がいるということ以外は東京にこだわりもなかった。大学のある東京の郊外は、地方都市とあまり変わらないように思えたし、都心は人が多過ぎてなじめないように感じた。もし、美生が東京で就職を決めてしまったら、週末に遠距離恋愛?、通い妻?をすればいいや、と割り切ったのである。
ちなみに、有希も陽もそれぞれ親が経営している会社で働くことになっている。
美生の就職活動が難航しているのを見て、ある週末、佳は帰省して父に相談した。
「ねえ、お父さん。美生をうちの会社で雇えない?」
「おお、いいぞ。美生ちゃんはいい子だからな。」
二つ返事だった。
ただ、条件が2つあった。1つは、正規の採用ルートで入社を申し込むこと。もう1つは、入社を確約してほしいということだった。要は、あからさまに縁故採用ということになれば周りもあまり面白くないだろうし、本人も気にするだろう。そして美生に内定を出して後で辞退されてしまうと、配属予定の部署が困る。
「美生ちゃんは親一人子一人だろ。静岡に来れるのか、よく相談しなさい。」
とりあえず第一関門は突破した。だが、美生に何と説明したものか? 佳は悩んだ。悩んだが、いい案が出ない。率直に美生にぶつけることにした。
「美生、うちの会社に入社して私と一緒に静岡で暮らさない? きっと幸せにするわ。何だったら、お母様にも静岡に来てもらって同居でもいいわ。」
プロポーズみたいになってしまった。
美生は黙って俯いてしまった。美生は就職活動にすっかり自信を失っていた。どこでもいいから早く決めて、就職活動から逃れたい。でも母を1人残して静岡には行けない、いや美生が母から離れたくないのだ。
美生は家に戻った。夕食の後、切り出す。
「佳の家の会社で雇ってくれるって、話があるんだけど。」
「あら、いいじゃない。私も安心だわ。」
「静岡だよ、いいの? 1人になっちゃうんだよ。」
「私はまだ45よ。老後までまだ時間はあるし、静岡なら新幹線ですぐだわ。」
「一度、会社見学させてもらうなり話を聞かせてもらうなり、しなさい。話はそれからよ。」
翌日、美生は佳に会社見学させてもらえないか、聞いてみた。佳が父に尋ねてみると、ちょうど明日、上の兄が東京へ出張なので、わざわざ静岡に来るのも大変だろうから、まず兄に話を聞いてみたら? とのことだった。
美生と佳は次の日の夜、東京駅で佳の兄と待ち合わせた。佳は兄を見つけると駆け寄って抱きつく。
「お兄ちゃん、晩ご飯食べながら話そうよ♡」
腕を組んで、あらかじめ下調べしたレストランに連れて行く。兄はそんな妹が可愛くてたまらないというような顔で佳を見ている。美生はお兄ちゃんって、いいなと思った。
ワインと前菜をいただきながら、美生は会社の話を聞いた。佳のうちの会社は中小企業だが業績は好調で、堅実な経営をしている。徐々に規模を拡大してはいるが、今の人員でやりくりできるよう無理はしない。急成長はないが、まず倒産もないだろうということだった。ノートパソコンでオフィスの写真を見せてくれたが、社員が笑顔で写っているのが印象的だった。
美生が聞き辛い給与や福利厚生、残業や休暇のことは、佳が代わりに聞いてくれた。大企業には及ばないが、社員の定着率を上げる為、色々配慮しているらしい。美生には魅力的な会社に感じられた。
一通り話を聞いたところで、本格的に食事となった。少し胸のつかえが取れた美生は、久しぶりに食事を楽しんだ。
ふと話が変わって、佳の兄が
「もうすぐバイクの中型免許が取れそうなんだ。どんなバイクがいいのかな?」
ワインで酔っ払った佳がどんと胸を叩いた。
「この佳ちゃんに任せなさーい。」
食事が終わって、美生は3人分の代金を支払おうとしたが、佳の兄が経費で落ちるから大丈夫と言って、ご馳走してくれた。新幹線の改札で見送りをした美生に、佳がお手洗いに行っている間に言われた言葉が耳に残っていた。
「美生さんが入社してくれたら、僕も嬉しいな。」
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