第3話 レストアとオリジナル
ある日、有希にバイク屋から連絡があった。
「ガレットが入荷しました。」
話は大分遡る。バイク屋の店主がイタリア出張の前に有希に尋ねた。
「アイローネとガレットのどちらを探しましょうか?」
以前、有希はグッチーノのセカンドバイクを購入しようとして、店主にモトグッツィのアイローネとガレットというバイクを勧められたことがあった。それで、次のイタリア出張で探してもらおうと思っていたのである。
有希は考えた。
アイローネはスーパーカブと同じ水平シリンダーの250ccの単気筒エンジンを積むクラシックな外観のバイクである。フライホイールがエンジンの外にむき出しで回転していて、戦前の趣きがあるが走りは当時としてはモダンだっただろうとは、以前乗ったことのある店主の弁である。現代でも高速道路を走るのはキツいが、一般道でのツーリングなら充分使える。耐久性もあり、人気があるので部品も大体は入手できる。
ガレットは、戦後のスクーターブームに対抗して作られたスクーター風の外観を持つバイクである。こちらも水平シリンダーの単気筒エンジンを積んでいるがカバーのせいで外からは見えない。最初は150ccだったが、その後、160、175、192ccと大きくなっていった。ちなみにガレットとは雄鶏という意味のイタリア語であって、レッグシールドが胸を張った雄鶏に見えなくもないのだった。
アイローネはクラシックな外観が魅力だったが、有希には少し大きくて重過ぎるような気がしたのと陽のランブレッタや佳のヴェスパと走ることを考えるとガレットの方がいいように思えた。なので、有希はガレットを探してもらうよう店主に頼んだ。
店主がイタリア出張から戻って、有希がバイク屋を訪ねると店主は
「コンディションのいいガレットが見つかりました。コンテナを手配したので、3ヵ月後くらいに入荷してくると思います。」
「写真とかないんですか〜。」有希は聞いたが
「到着を楽しみにしてください。」店主は意味ありげに微笑むのだった。
そして、ようやくバイク屋に入荷したということで、喜んでバイク屋に向かった有希だったが、バイク屋にはなぜかガレットが2台あった。
1台は中古車然とした車両、もう1台は新車のようにキレイにレストアされた車両だった。どちらも192ccの後期型のモデルである。
「片方は塗装から当時のままほぼフルオリジナルのバイク、もう片方はほぼオリジナルの状態にレストアされたバイクです。甲乙つけがたいコンディションだったので、両方仕入れてしまいました。」
「2台も買えませんよ〜。」
「もちろんです。有希さんにどちらか選んでもらって、残りの1台は普通に売り出します。」
「店主さんも好きですね〜。」
「ええ、まあ、こういう仕事ですから。」
さて、どちらを選んだものか? 有希が悩んでいると2ストロークエンジンのパンパンパンパンという音がして、陽がアペでやって来た。
「ヤッホー、何か面白いバイク入りましたか?」
陽は有希とガレットに気付いた。
「あら、なかなか素敵なバイクじゃない。有希はどっちにするの?」
値段はレストアした車両の方が、20万円ほど高かった。再塗装や機械部分の修理費用、欠品・使用できなくなっている部品代を考えれば妥当なところであろう。
フルオリジナルの車両の方は、見た目は如何にもウン十年前の中古車だが店主がコンパウンド入りのワックスで磨くと艶が出て、見苦しい感じではなくなった。
店主によると、好きな方を選べばいいのではと言うことだった。最初の値段が違っても、バイクを同じコンディションに仕上げるには、最終的には同じだけの費用がかかるものだ。それを先にまとめて払ってしまうか、時間をかけて払っていくかの違いである。
結局、有希はフルオリジナルの車両を選んだ。祖父の形見のグッチーノがやはりフルオリジナルだったので、何となくそっちの方がいいような気がしたのだった。
しばらくして、ガレットが納車される日となった。美生に頼んでバイク屋まで車で連れて行ってもらう。助手席に佳が座っているのは予想の範疇だったが、なぜか隣にヘルメットを持った陽も座っている。
「私も今日、納車なのよ。」
陽はにやりと笑った。
バイク屋に着くと、すでにガレットが用意されてあった、、、、、2台。
呆れた様子の美生たちを知ってか知らずか、陽は元気よく挨拶した。
「おはようございます。今日はお世話になります。私のガレットはどんな感じですか?」
「同じバイクが同時に納車だと、説明が1回で済むので助かります。」店主も嬉しそうだった。
一通り説明を受けて、ガレットに乗って帰ることになった。走り出してしばらくして、有希はこれってグッチーノに似てるかなあと思った。そもそもエンジンがグッチーノは2ストロークだが、ガレットは4ストロークだし、排気量も違うし車体の大きさも重量も違う。冷静に考えると全く違うバイクだ。だがフラットなトルクで淡々とした鼓動感で走るガレットを有希は気に入った。これがこの時代のモトグッツィのバイクに共通した雰囲気なのかも知れないと有希は思った。
いずれにせよ、有希はガレットが気に入ってグッチーノの時と同じようにツーリングに行くようになった。そして今度は、アイローネを好奇心に負けて購入してしまうのだが、それは少し未来の話である。
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