第4話 パーキング
ある日曜日の午前中、陽の部屋には有希が遊びに来ていた。紅茶を飲みながら楽しく語らっているうちに、お昼近くとなり有希が陽の好物のパスタを作ろうとしたところ、玄関のインターフォンが鳴った。普段は宅配業者がマンションのエントランスから鳴らすのがほとんどで、たまに同じマンションに住んでいる佳がやって来る時は事前に電話がある。
陽がインターフォンのモニターを見ると、二人の年配の男性が写っている。そのうちの1人には見覚えがあった。マンションの管理人である。
「もしもし?」
「すみません、管理人です。マンションの管理組合の理事長さんがお話があるということで、お連れしたんですが。」
陽は一瞬考えた。あまり知らない人を自分の家に入れたくはない。
「共用の応接室でお願いできますか? 10分くらいで行けます。」
「わかりました。」モニターから男性たちの姿は消えた。
陽は寝室に行って、Tシャツとスウェットパンツから長袖のブラウスとデニムのジーンズに着替えた。
「有希、ごめんね。ちょっと行って来る。」
有希はガスレンジの火を消した。
「私も行こうか?」
「そうね、お願いするわ。」
共用の応接室はマンションの1階の管理人室の脇にある。管理人がお茶を出しながら切り出した。
「バイク置き場に止めてあるミゼットなんですけどね。」
「ミゼットじゃないです。アペです、ピアジオ社のアペ。」
余談であるが、ミゼットとはその昔ダイハツが作っていた小型の三輪トラックである。
「ああ、すみません。で、そのミゼットなんですがね。」
「、、、、、」
陽が住んでいるマンションには有料ではあるが全戸数分の駐車場と、バイク置き場と駐輪場があった。
最近はバイクに乗る人が少ないのか、陽がトリシティを置く前はハーレーと国産の大型バイクが1台ずつ置いてあるだけだったが、今はトリシティとランブレッタとアペ、ガレットと佳のヴェスパが置かれて賑やかになっている。
「あれは車じゃないか、バイク置き場に置くな。という苦情が理事長さんのところに来てまして。」
「バイク置き場の利用を申請した時に、あれは50ccで道路運送車両法では、原動機付自転車となっていることは説明した上で受理されたと思いますが。」
陽はニコリともせず言った。
「私もそう説明したんですが、どうにも納得してもらえなくて。原付というには確かに大き過ぎますから。」
「で、どうされたいと?」
理事長は申し訳なさそうに言った。
「駐車場の方を利用してもらえないでしょうか?」
「私も最初はそれを考えました。駐車場にアペを置いて、余ったスペースにバイクを置ければ、それでもいいかなって。でもマンションの規約では、駐車場には車しか置いちゃいけないんですよね。第一、今駐車場に空きはないじゃないですか?。」
「いえ、マンションの規約で駐車場が満車の時に1台目の利用希望者が出た場合は、2台以上利用している方に退去してもらうことになってます。」
「イヤですよ。私が退去される方に恨まれちゃうじゃないですか。それにアペだけ止めて、バイク置き場の料金を別に払うのも負担が大き過ぎますし。」
「私が納得できる案が出たら、またお話を伺わせていただきます。では、ごきげんよう。」
陽はにっこりと笑って立ち上がった。その笑顔には、有無を言わせない美しさがあった。
エレベーターの中で、
「苦情を言ってきた人に、バイクに嫌がらせとかされないかな?」
有希は心配だった。
「防犯カメラがあるから大丈夫でしょう。というか、そこまで馬鹿じゃないと思いたい。」
陽はお腹をさすった。
「お腹すいたわね。早く有希のパスタが食べたいな。」
その後、理事長や管理人が苦情を言ってきた人に何と説明したかは分からない。ただ、陽が大学を卒業してマンションから引っ越すまで、何も言われることはなかったのであった。
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