第20話 美生

いよいよ明日は美生の大学の卒業式。卒業式の翌日には、佳と一緒に静岡に行くことになる。佳はすでにマンションを引き払っているので、明日の卒業式は静岡から来て美生の家に一泊して、一緒に静岡に行く予定であった。


美生がその日の晩、もう寝ようと思って母にお休みを言いに一階に降りると、母はダイニングのテーブルでスコッチウィスキーのJBレアをオンザロックで飲んでいた。


美生がお休みと言うと、いつもならこちらも見ずにお休みとだけ返す母が珍しく一杯付き合いなさいと言った。もう一杯オンザロックを作ると椅子にかけた美生の前に置いた。美生はあまり美味しいとも思えないウィスキーをちびちびとなめる。




「私があなたのお父さんと知り合ったのは、大学生の時だった。」



美生の母の母、つまり祖母は母が子どもの頃亡くなって、以来祖父と母のひとり親家庭だった。親子仲は良くて、一緒に家事をしたりバイクでタンデムして出かけたりしたものだ。ある日、祖父が珍しく家にお客さんを連れて来た。バイク屋で知り合った若い男の子でアルバイトをしながらバイクにのめり込んでいるという。食費にも事欠いている、その子を祖父はよく食事に連れて来るようになった。


そうこうしているうちに、2人は惹かれ合い、大学を卒業したら結婚したいと思って祖父に報告した。祖父は反対だった。単に若すぎると感じたのか?、父がアルバイト生活で不安定なのが心配だったのか?、それとも愛娘をとられてしまうと思ったのか?


元々は祖父が自分に紹介したんじゃないか、という反発もあって、母は大学卒業後、家を出て父と結婚した。母はフルタイムの正社員の仕事に就職していたので、生活に問題はなく、楽しい日々が続いた。


そして、吉報と凶報が同時にやってきた。母の妊娠と父の悪性の病気である。父は余命宣告を受け療養生活となった。母はお腹の子に気を使いながら仕事をして、仕事が終わると父の看護をする生活になった。きつかった。祖父に頭を下げて助力を得ようかとも思ったが、家を出ていたこともあって言えなかった。


何とか、生まれてくる子を一度は抱かせてあげたい。その一念だけで母は懸命に頑張った。おそらく父もそう思っていたのだろう、辛い痛みに耐えていた。


やがて玉のような女の子が生まれ、父は我が子を抱くことができた。そして母と子に礼と詫びを繰り返した。


生まれてきた女の子は、父と母から一字ずつもらって『美生』と名付けられた。


父はその後昏睡状態となり、息を引き取った。


父が亡くなってすぐ祖父が迎えに来た。父が最期に連絡していたらしい。父がなくなってから母は体を壊してしまい、しばらくは何もできなかった。


別に祖父に恨みはない。だが、祖父と母は昔のようには戻れず、ぎくしゃくしていた。2人の共通の願いは美生の健やかな成長だった。



「今のあなたを見て、天国のおじいちゃんもお父さんも喜んでいるでしょう。」



母はウィスキーを飲み干して、お休みと言って自分の部屋に戻った。美生はダイニングに取り残された。



「何で、今話すかなあ。」



美生は思った。確かに明日は佳が泊まるから今夜しかない訳だが。



「眠れなくなっちゃったじゃない。」



仕方なく美生は半分以上残ったウィスキーを一気に飲み干した。あっという間に酔いが回り、美生も眠りについたのであった。


朝になって、兄の運転する車で佳が家に来た。美生の母が佳の父と兄に丁重な挨拶をしていた。美生はあの夜のことを思い出してしまい、佳の兄と目を合わすことができなかった。


美生はガレージからドゥカティ クッチョロを出して来る。大学生最後の日にはどうしてもクッチョロで行きたかった。エンジンをかけて暖機をする。



「行くよっ クーちゃん!」



美生はクッチョロと走り出した。




(クッチョロ!!5 完)

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