第19話 引越し

二月中旬に入って、佳と有希、陽はそれぞれのマンションを引き払う準備を始めた。もう大学に行く必要はほとんどないし、3月になると引越業者の予約も取りづらく料金も高くなる。


バイクをそれぞれの実家に運ぶ必要があるので、4人は協力して引越しを行うことにした。2週間で3件の強行軍である。


まずは、陽である。横浜までアペで都心を抜けるのは大変なので、早朝まだ道路が空いているうちに、陽がアペ、佳がランブレッタ、有希がガレットに乗って、後ろが美生の運転する軽自動車で横浜に向かう。陽が実家のマンションの近くに借りたガレージにバイクを置くと、車で引越業者が来るまでに戻った。荷物の受け取りは陽の母に頼んで、陽は佳の家に泊まる。


翌日は有希の番である。有希のガレットで陽は先に高崎へ出発した。


有希のマンションから荷物が運び出されると、3人は車に乗って高崎市に向かった。3人が有希の家に着いて程なくガレットで一般道を走って来た陽も到着した。


美生たちは、有希の家に一晩泊めてもらうことになっていた。有希の父と母は大喜びで美生たちのためにご馳走を用意してくれた。お腹いっぱいになるまで食べた後、ガレージで飲みながら話そうということで、美生たちはガレージに移った。有希の父も一緒に来ようとしたが、有希の母に子どもたちだけにしてあげなさいと言われて渋々残った。


かつて単なる倉庫であった、有希の祖父のガレージはリフォームされ、木の板の床と壁が張られカントリー風の内装となっていた。空調が完備され、簡単な整備ができるスペースとソファに大きなテレビ、オーディオがしつらえた贅沢な空間となっている。


美生たちは、ガレージのソファに腰掛け、モトグッツィのグッチーノとディンゴ、ガレットを眺めながらお酒を飲み、語り合った。有希の父の自慢のオーディオのスピーカーからは、ウェス モンゴメリーのギターが静かに流れる。


四人の進む道は別れる。でも同じ旧いイタリアのバイクに乗っている限り、付き合いが途絶えることはないだろう。ゴールデンウィークあたりで一度会おうと約束して、美生たちは眠りについた。


次の週が、最後の美生と佳の引越しである。家具等は佳がマンションで使っていた物を貸してくれることになったので、美生は衣類や身の回りの物等の最小限の荷物だけ静岡に持って行くことにした。荷物は事前に佳の部屋に運び込まれ、佳が頼んだ引越し業者にまとめて運んでもらうことになっている。荷物が運び出されると、美生が運転する軽自動車とレンタルしたハイエースにカプリオーロと、モトム、ヴェスパを積み、有希と陽が乗って静岡に向かった。


ハイエースのレンタルは高いので、有希と陽はバイクを下ろすとそのまま帰ることになっていた。美生と佳は手を振って見送る。美生は荷物の整理のため、今日は泊めてもらうことにしていた。


夕食を済ませて、荷物の整理をもうひと頑張りというところでドアをノックする音がした。美生がドアを開けると佳の兄が立っている。



「ちょっと、いいかな?」美生は佳の兄を部屋に招き入れた。


「これからお世話になります。」美生は心から嬉しそうに言った。


「美生さん、よかったら少しずつでいいから僕と付き合ってくれないか?」


「え?」


「僕は美生さんが好きだ。だけど今、君は大事な時期だし、僕とはかなり年も離れている。だから、、、」


「——————!?」



美生は頭を抱えるようにして、しゃがみ込んでしまった。耳が真っ赤になっているのが、上から見える。



「あ、あの? 美生さん。ごめんなさい、驚かせちゃったね。ごめんね、嫌なら忘れて。」


「、、、します。」


「え?」


「、、、よろしくお願いします。」



佳の兄は美生の手をとって、立ち上がらせた。美生の目から涙があふれている。佳の兄はそんな美生を優しく抱きしめたのだった。


兄が美生の部屋から出ると廊下の壁に佳が腕組みをしてもたれていた。


「美生さんと付き合うことになったよ。」


佳は兄を指差して、睨みつけた。


「美生を泣かせるようなことをしたら、許さないんだからね!」


佳の兄はうなずいた。


佳の美生と兄をくっつける作戦は成功した。作戦の必要があまりなくなったところで、うまく行くとは皮肉なものだ。だが、こうなった以上、二人には幸せになってもらう。これからも佳は作戦を続けるだろう。美生と佳が姉妹になる、その日まで。

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