第16話 店主

美生たち4人が常連であるバイク屋の店主は、売約済となったバイクの整備に取り掛かるところであった。老コレクターから売却を頼まれたバイクは、美生たちが購入した以外に、モンディアル175オコーネ、ジレラ サトゥルノ500、MVアグスタ175CSディスコボランテ、ラベルダ100があったが、あらかた新しいオーナーが決まったので、その納車整備をしなければならない。いくらコンディションがいいと言っても、前のオーナーはほとんど乗らない人であったので、少し距離を乗ってみないと安心して納車できなかった。店主にとっては、楽しみなひとときでもあり、緊張のひとときでもある。


またバイクが売れれば、下取りが入るのが常であり、そのバイクの整備もしなければならない。店主が旧いイタリアのバイクの販売と整備、修理を生業としてから、もう20年近くなるが、そうやって整備をしている内にあっという間に過ぎてしまったような気がするのだった。



陽は、ルーミの納車に少し時間がかかることを聞くと店主にせがんでちょっと試乗させてもらった。2ストロークの甲高い排気音を響かせて走った陽は、


「血がたぎるうう〜。」と叫んでいた。



有希は父を連れてやって来た。人の良さそうな有希の父はモトグッツィのファルコーネを見て一目で気に入り、じいさんのガレージのぬしにふさわしいとご満悦であった。バイクの免許は持ってないので有希が大学を卒業したら、高崎の教習所で一緒に大型二輪教習を受けるそうだ。大丈夫かなと店主は思ったが、


「これでも若い頃は、じいさんのバイクを内緒で乗り回していたもんです。」


豪快に笑う有希の父だった。



佳は、美生と兄と一緒に来た。スタンダードのモトモリーニ175GTは、そんなに手はかからなそうだったが、セッテベロはちょっと時間がかかりそうだったので、先にGTだけ納車することになった。練習するには、ちょうどいい時間となるだろう。


佳はヴェスパのレアなスポーツモデル90SSにすっかり心を奪われてしまい、父に一世一代のおねだりを仕掛けた。激しい父娘の攻防の末、父は陥落した。高価なバイクなので、さすがに買ってはもらえなかったが、親ローンで毎月少しずつ返済するということになった。


「あれは踏み倒す気、満々だよ。」


佳の兄が苦笑いしながら美生と話しているのが、店主にも聞こえた。



美生のパリラは、商談継続中だった。静岡への転居を控えている美生に今バイクを買う経済的余裕はない。母に借りようにも、少々パリラは高額過ぎた。美生がパリラを購入するには、就職してある程度継続して働き、ローンが組めるようになるまで待つ必要があった。なら、それまで待ってあげよう、と店主は思っていた。他のバイクがほとんど売れたことで、売り主への支払いも問題ないし、整備の順番を後回しにすれば一年や二年はあっという間だ。


美生は憶えていないようだが、美生は子どもの頃、祖父に連れられて一度この店に来たことがある。店主は美生のぼさぼさの茶髪の頭を見て、ああ本当に彼の子なんだなと思った。美生の祖父が亡くなってバイクの引き揚げに来た時、美生に会って、祖父から美生の今の様子を聞いていた店主は、ついクッチョロに乗ることを勧めてしまった。


美生は祖父や父に対する想いから、クッチョロやカプリオーロに乗り始めた。そして、佳や有希、陽とバイクに乗る友人を連れて来た。その美生がついに自分が乗りたいと思うバイクに巡りあった。


店主が今回の入荷に当たって、美生たちに最初に声をかけたのには、理由があった。最近はバイクに乗る若い人が少ない。旧車の世界では尚更であり、店主の店でも店主より若い客は少ない。バイク業界はこの先、先細りであるように感じられた。若い客がとりあえず見に来て、お金がないから買えないというのではなく、そもそも若い客が来ない。それは、すなわちバイクに興味がないということであろう。


美生さんたちが大学を卒業してしまったら、寂しくなるな、店主は思った。だが、バイクの整備などでたまには顔を見せてくれるだろうし、そのうち恋人や伴侶と一緒に来るようになるだろう。やがては、その子どもたちがバイクに乗りたいと言って来てくれるかもしれない。その日まで頑張って店を続けよう、店主はそう思っている。

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