第15話 パリラ
正月が明けて、世間も通常運転に戻った頃、美生たちにバイク屋の店主から連絡があった。さる筋からイタリアの旧いバイクが10台ほど入荷したので、見に来ませんか? とのこと。
昨年末に来た佳の兄が気にいるようなバイクがないか、美生は佳と有希、陽と4人揃って、バイク屋へ行った。入荷したバイクは、ふだんは客の目に触れない倉庫にしまってあった。
今回、入荷したバイクは国内の老コレクターが終活の一環として、断捨離したいということで放出されたそうだ。そのコレクターは英国車、特にヴェロセットのコレクションで有名で、イギリスの信用できる代理人からバイクを購入していた。イタリアのバイクに特に興味はなかったのだが、その代理人が、たまにイタリアのバイクの話を持ってくると、付き合いだからということで購入していたらしい。
それらのイタリアのバイクは店主が整備を一手に引き受けていて、今回の放出についても任された。さすがに目利きの代理人が選んだバイクだけあって、どれも素晴らしいコンディションなので安心して購入してほしいと、店主にしては珍しく熱心なセールストークであった。
「アイローネだ〜。」
有希が駆け寄った。モトグッツィの250ccのクラシックな外観のオートバイである。店主の許可を得てアイローネに跨がった有希はガソリンタンクに抱きついた。
「君は私のものよ〜。離さないわ〜。」
「500ccのファルコーネもありますよ。」
ファルコーネは、アイローネとよく似たスタイリングの、同じ水平単気筒の4ストロークエンジンを積んだバイクである。当時のイタリアでは超高級車であった。
有希はファルコーネを見ると、ほうっと溜息をついた。店主に値段を尋ねると店主は電卓をたたいて、有希に数字を見せる。
「来週、お父さんを連れて来ます。」
「毎度あり。」
「店主さん、店主さん。このバイクは何ですか? こんな素敵なバイク見たことない。」
陽が尋ねた。
「それは、ルーミと言って、イタリアのベルガモというところにあった、潜水艦を作っていたメーカーのバイクです。125ccの2ストローク水平二気筒のエンジンを積んでいます。性能も良くて、すごく速いですよ。」
電卓を見た陽は
「貯金は全部なくなるけど、我が生涯に一片の悔いなし。」
「どうも、ごひいきに。」
「これは、年末に兄が見たのと同じモトモリーニですか?」
「そうです。これはGT、グランツーリズモと言って、スタンダードなモデルです。これなら街乗りにも全く問題ありません。できれば、こちらも一緒にご検討いただけないか、お兄さんにお伝えいただけますか?」
「ちょっとメールしてみますね。」
佳は、スマホで写真を何枚か撮って、メールを送った。五分程して、佳のスマホに着信があった。
「あ、お兄ちゃん。うん、うん、分かった。お願いしとく。」
「両方、お願いしますとのことです。」
「ありがとうございます。お兄さんによろしくお伝えください。」
みんな、すごいなぁ。美生は思った。美生はこれから静岡への引越しにお金がかかるので、バイクを買うどころではない。
美生の横では、兄のバイクの件が片付いた佳が、ヴェスパのレアなスポーツモデル90SSに目が釘付けになっている。
美生が、残りの5台のバイクを眺めていると、ふと、その内の1台に目が止まった。生きているんじゃないかと思わせる形をしたエンジン、コロンとしているが豊かで綺麗なラインを描くガソリンタンク。
美生の胸が高なる。ついに出会った。
自分が乗りたいと思う一台に。
美生の様子を見て、店主が声をかけた。
「美生さんは、パリラがお気に入りのようですね。」
「パリラは、イタリアのバイクメーカーの中でも有名なメーカーの一つです。このモデルの後期型は流麗なスタイリングで今でも大変人気があります。これは前期型のスポルト(スポーツモデル)ですが、このアルカイックというか、ふくよかなラインも大変美しいと思います。」
「後日改めて相談させてもらっていいですか?」
美生は、それだけ言うのが精一杯だった。静岡への転居費用も母に借りることになっているので、しばらくは給料から月々返済しなければならない。それに就職しても、しばらくはローンを組むことができない。
だが、美生には確信があった。どんなことをしても購入するとかという大げさな決意ではなく、肩の力が抜けた自然体でそう思える。
このパリラは自分の元にやって来る。
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