第13話 年末

世間は年末年始の休みに入った。そして仕事納めとなって、佳の上の兄がイタリアのバイクを購入すべく東京にやって来た。バイク屋も休みになっているのだが、美生が頼んだところ、佳の兄が来る時間だけ特別に開けてくれることになったのである。新幹線で来る佳の兄を迎えに、美生は東京駅まで車で行った。


その頃、佳は自宅で寝込んでいた。美生たちと4人でクリスマスパーティーをした翌日から急に具合が悪くなり、高熱を発した。インフルエンザだった。美生が泊まりがけで看病してくれて症状は落ち着いたものの、まだ治ったとは言えず外出は無理だった。


佳は、美生と兄を二人きりにしたくなかった。当初は、二人をくっつけて静岡で一緒に暮らすという作戦だったが、美生が佳のうちの会社に就職してくれたので、慌てる必要はなくなった。まだまだ美生は自分のものだ。


うとうとしながら熱っぽい頭で、佳は思い返していた。美生と佳が付き合い始めた時、佳は美生がやんちゃな弟のように接していた。末っ子の佳は姉のように振る舞うことに憧れがあったし、美生は背が高くて少年のような風貌だったので、つい、そのように美生を扱ってしまったのだった。


美生は、実際は内気で心の優しい乙女であり、佳のそういう態度に少なからず傷付いていることに気が付いて、佳は美生を弟扱いするのをやめた。二人が打ち解けて仲の良い友人となったのは、それからのことである。


美生は周囲の男性からあまり女性扱いされることがなく、親切にされることもなかったので、もしそういう男が現れたら、コロッといってしまうんじゃないか? と佳は心配だった。


一方、佳の兄は佳を溺愛していて、兄に彼女がいたとかいう話は聞いたことがない。容姿は悪くないし、穏やかで親切な人である。しかも佳のうちの会社の次期社長であり、将来性も申し分ない。その気になれば、モテるはずであった。だが、今のところは仕事一辺倒で、そのような様子は全くなかった。


その兄が美生に対しては、何となく優しいように佳には思えるのであった。


インターフォンが鳴って、ドアが開く音がした。美生と佳の兄がバイク屋に行く前に、寄ったのである。


「もー、うつると困るから連れて来ないでって言ったのに。」


「そうはいかないよ、妹なんだから。」


兄が持ってきたお見舞いのケーキの箱を美生が冷蔵庫に入れた。


帰りに又寄るよと言って、兄は美生とバイク屋に行った。佳がいくつになっても、優しい兄なのだった。美生にはそんな兄がふさわしいし、兄にも美生がお似合いだと思わないでもない佳だった。


美生たちは、バイク屋に行った。店は閉まっていたが美生が店主の携帯に電話すると中から開けてくれた。



「何か、お目当てはありますか?」


「正直、何も知らないんです。逆におすすめはありますか?」


「見て気に入ったバイクを選んでもらえば、いいと思いますよ。あえて言うなら、背も高くていられるから、パワーに余裕のある175から250ccの排気量のバイクがいいかな。」



なるほどと、兄は倉庫のバイクを歩きながら1台1台眺めた。一周すると、今度は何台かの前に立ち止まって、ゆっくりと見る。そうやって、2、3周するとあるバイクの前で立ち止まって、店主に声をかけた。


「これがいいと思うんですが。」


それは、黒のくたびれたバイクだった。


「何か、すごく走り込んだ歴戦の勇者みたいな佇まいがありますね。」


「これは、モトモリーニというメーカーの175ccのバイクでセッテベロと言って、公道レース向けに作られたスペシャルなモデルです。慣れれば、公道のツーリングでも乗れないことはないですが、1台目のバイクとしては難しいかも知れません。」


スペシャルなモデルだけあって値段も素敵だった。たぶん、美生の一年目の年収より高いのではないだろうか?


「これがいいんですがねえ。」


兄はあきらめきれないようだった。店主はその様子を見て、正月明けに何台か入荷があるので、もう一度来れませんか?と尋ねた。もちろん商売だから欲しいと言われれば売るのだが、できれば最初の一台は足に使えるようなバイクの方がいい。


結局、また来れるかどうかは別にして、今日のところは見送ることになった。


「美生さん、手間かけさせちゃってごめんね。」


帰りの車で兄が言った。


「いいえ、今日は楽しかったです。」


美生は答える。


行き帰りの車の中で、色々な話をして本当に楽しかった。この人と4月から同じ会社で働くことになる。それが嬉しい美生だった。



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