第7話 マネー

ある晩、美生と佳、有希と陽は佳の部屋に集まっていた。有希が実家からいいワインを数本もらってきて、みんなで飲むことになったのである。


リッツにクリームチーズを乗せただけの簡単なつまみを用意して、美生たちは乾杯した。


ちなみに、4人の酒量だが、有希が酒豪、佳がいい感じの酔っ払い、陽は嗜む程度で、美生は弱かった。


最初はたわいない話をしていたが、早速いい感じに酔っぱらってきた佳が


「有希と陽は、バイクにかかるお金はどうしているの?」とぼやいた。


この4人の中では、おそらく佳の実家が一番裕福であろう。だが、佳の自由になるお金はほとんどない。子どもの頃から欲しい物はたいがいおねだりで手に入れてきて、そのテクニックにも自信がある佳だったが、父や兄たちは佳がバイクに乗るのを心配していて、バイク関係のおねだりはあまり成功率が高くない。モトムを買った時に貯金をほとんど使ってしまい、バイクの小型免許を取って、ヴェスパを美生から譲ってもらう時も金策で苦労した。結局、月々の仕送りを節約したり、洋服などをおねだりした時に定価でお金をもらって、安いところを探して購入して差額を懐に入れるなど涙ぐましい努力をして、バイク関係の費用を捻出している。


そんな佳にしてみると、バイクをぽんぽんと買える有希と陽が羨ましくも、不思議なのであった。


一人でワインを半分以上飲んで、少し顔が赤くなった有希が


「私はね〜、おじいちゃんが死んだ時に嫁入り道具を買うためにって、少しまとまったお金を直接、私に遺してくれたの。」


「あきれた、バイクが嫁入り道具なの?」


「うるさい、うるさい! おじいちゃんはバイクのコレクターだったんだから、天国で喜んでいるわよ、きっと。」


「陽は?」佳が陽に振った。


陽は口ごもった。普段は開けっぴろげで、どちらかというと毒舌な陽には珍しいことである。


有希が口を挟む。


「モデルをしていた時のお金があるんじゃない?」


美生と佳には、初耳だった。陽があきらめたように話し出す。


「私は高校に入るまで、子どもや少女向けのファッション誌でモデルをしていたの。その時のギャラを貯金していたので、バイクを買えている。」






陽の母は、B級のグラビアモデルだった。露出の多い水着で際どいポーズを取ったりして、男性向けの雑誌では人気があったらしい。たまにテレビの番組に呼ばれたりしている内に、地方の名家の御曹司でテレビ局にコネ入社してADをしていた父に見初められて結婚し、陽とその妹が生まれた。


陽の母は、あっさりモデルを引退したが、自分で美容関係の会社を起業し、そのからみで、子どもの頃から美人と評判の陽にモデルの依頼が来るようになった。


陽は『アキラ』という芸名でモデルを始めた。陽自身はモデルの仕事にあまり興味はなかったが、綺麗な服が着れて、周りの大人からちやほやされるのは、悪い気分ではなかった。


順調に人気が出て、高校生になった時、所属していた事務所がそろそろ本格的に芸能界に売り出しましょうと言って、水着のモデルの仕事を持ってきた。水着メーカーの宣伝ではなく、タイアップして『アキラ』を前面に出した企画である。ハワイでロケをするというところまでは良かったが、その水着は高校生が着るにはふさわしくない感じだった。率直に言うとエロかった。


陽は自分が否応無く男性にそういう目で見られる年齢になった、と思わざるを得なかった。どうしたらいいのか分からずに母に相談した。


当時、陽の両親は父の浮気が原因で離婚していて、父は実家を継ぐために地元に帰ってしまっていた。


陽の母は、メンタルの強くない子は芸能界では務まらない。今後もこういうことは頻繁にあるだろう。それが無理と思うなら、モデルはやめた方がいいと言った。


陽は悩んだ。苦労して手に入れた訳ではないから惜しくないようなものだが、周りの人にちやほやされ、お小遣いにしては高額な報酬を得られる立場を失うのがもったいないように思えた。だが、街中で見知らぬ男性に欲望の視線で見られることになったら、耐えられそうもないと思って事務所に辞表を出した。


当然、事務所とは揉めに揉めたが、モデルを引退し、今後は一切活動は行なわないということで何とか収まった。


そんなことがあったので、今でも男性には警戒してしまう陽だった。多少心を許せるのは、バイク屋の店主くらいだろうか。


が、その時のお金があるから、学生の身分でこうして好きなバイクを何台も買うことができる。だから、あの経験も悪いことばかりではなかったと今の陽は思っている。




「人に歴史有りだねえ。」


「引退して5年くらい経つから、もう忘れられてると思ってた。」


「有希はいつから陽がモデルしてたのを知ってたの?」


「私も中学生の時、陽がモデルをしてた雑誌を読んでたのよ。初めて会った時、あれって思ったけど、実家にとってあった雑誌を見て思い出した。すっごくファンで憧れてた。」


陽は真っ赤になった。グラスにワインをなみなみ注いで、あおり始める。


「今日はもうやけ酒よ。つぶれるまで飲むわ。佳、泊めてもらうわよ。」


その晩、佳の部屋にあった酒は料理酒まで全部なくなり、みんなつぶれて雑魚寝したのであった。

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