17 現在 7
私は原付きで通勤している。
東京本社のいい勤務先もあったが、結局東京近郊のベッドタウンの地元のアットホームな小さな会社で正社員を勝ち取りそこに務めている。
冬の原付きでの通勤は時間がわりと自由になるものの地獄である。
急に尿意を覚えたり、お腹が痛くなったり。事実は夕食の外食での一杯が原因なのだが。
軽快に走行中ポケットのスマホのバイブ機能がヴィーンと鳴った。
私は小さな脇道に原付きを左折させ停車、スマホを取った。
「ハイ、近田ですけど」
会社の残務整理だろうか?そのはずはないのだが。
『近田陸くんかな?』
「はい、そうです」
聞き覚えのない声だ。
サインは<非通知>。
『こんな時間にごめんね。今大丈夫かな?』
「ハイ大丈夫です」
『はじめましてと、言いたいところだけど、実は始めてではないんだな。
父が勤めていた出版会社だ。父は東京の新聞社に務めていたあと、上司と揉めたか記者生活の仕事第一主義が嫌になったのか、早期退職してほぼ同じ系列の下請けといってもいい田舎の小さな忍出版に再就職したのだ。
忍出版は新聞に挟まれる小さなタウン誌や地方のガイドマップなんかをほんの数人数で出している。
『私、はね、お父さんの同僚にあたります』
元と言わないところが、事件の顛末を知っているようだ。
「ハイ、わかります」
『いや、あのね、今度ね陸くんのお父さんの
「はぁ」
私は、ため息とも取れない返事をした。街灯にぼーっと照らされたまま両足を原付きの外で踏ん張り関東特有のからっ風が身にしみる。
『でね、近田さんの原稿で一部がねお家のほうに残ってるのがあるんですね』
「ハイ、なんとなくわかります」
実際はあんまりわかっていない。父の書斎は平積みになった紙の山で埋め尽くされている。
父が趣味と実益を兼ねて地元のタウン誌のコラムに城址巡りのコラムを書いていたことは知っている。が、もう一つ興味もないし読んだことはない。
『うちのほうでは、探し尽くしたんであとは、近田さんの自宅しかないというわけで、、』
「はい、」
面倒なことになりそうだと、私の返事は弱い。
『陸くん、お父さんの原稿探してみてはくれないかな?』
「はぃ」
『本も出たらね、ちゃんと印税も入れますから。それと、なかったらなかったで、このままで出すので、、』
「はい、わかりました。探してみます」
『なんかあったら、番号はお母さんがご存知だと思うので
「はい」
『じゃあ、お願いだけね、それでは』
「はい」
物腰は低いけど、きっちり仕事は頼むチョット困った感じの人の声だ。
声だけ残して携帯は切れた。
昏き記憶 美作為朝 @qww
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