13 過去 7
被害者家族が警察から捜査情報を教えてもらえることは一切ない。
私は葬儀社の担当者が声を掛けるまで今で姉のニュースを居間でTVで見ていた。
事件は大きく進展していた。というより県警が事件経過数日にして公開捜査に踏み切ったのだ。
当たり障りのない矢部の免許証の写真だ。私が知っている矢部翔一の印象より無表情で凶悪そうに見える。
今までは、矢部翔一は姉の恋人で事件の重要参考人としてとの報道のみだったが、この日で世間的には一変した。
警察はそれでも、犯人の決め手になる犯人しか知りえない情報をまだ隠しているはずだ。
それで犯人を確定する。
それがなにかは被害者家族でもわからない。矢部翔一が逃走に使ったとされるシルビアか?血まみれで落ちていた大型のカッターナイフか?。
矢部翔一が非常線と検問には一切引っかからなかったのが公開捜査への判断の決め手になったらしい、と近所では噂している。情報の共有化、並列化はITだけの専売特許ではない。
人間の
「近田陸さん、時間です」
三十代の葬儀社の担当の女性職員、斎藤さんが私に声をかけた。
「ハイ」
葬儀社はすべて執り行ってくれる。喪主は顧客としてただただぼーっとしていればいい。スケジュールから、立ち位置。セリフ。進行すべて決めてくれる。事故死であろうが事件による被害者であろうが関係ない。
この日、もう一つ辛かったのは、父が刺されて拉致され72時間が経過しほぼ生存の希望が
母の話だと、冬の真っ只中なので厚着をしていたから父はそれほど出血はみられなかったそうだが、胴体のどこかを矢部翔一ともみ合いになって刺されたことはまちがいないらしい。
だが、日本の法律では
父、
姉の葬式の日は寒い寒冷前線が丁度県上空を通過し雨となった。天も泣いているのだろうか?
いや姉の日頃の行いに喜んで泣いているのかもしれない。
それぐらい姉の葬式は寂しいものだった。
逆に言えば、姉は外側に対して交友を広げていて、近所や親戚には対してはあまり興味がなかったとも言える。
にしても、姉の友人の参列の少なさは異常だった。特に同性の友人の少なさは。
姉が女性の友人に嫌われていたということはないと思う。
姉はよくある、同性と異性の前で極端に態度を変える女性ではない。あのルックスそして性格ならそんな必要すらないのだ。
しかも、姉は高校大学とエスカレーター式の実家から通えるキリスト系のお嬢様学校の女子大に行ったのだ。小学校や中学校の友人がもっと参列してもいいはずだ。女子大学ゼミの講師と学生の仲間がパラパラと行ったところ。
姉が広く浅くという付き合いをしていた証明みたいな葬式だ。
そして基本警察とは関わり合いたくない。これが犯罪被害者の実情なのだろうか?
当時の私には知り様がない。
喪主はどうにか天からぶら下げられている蜘蛛の糸に操られている感じの母なのだが、私が挨拶したり、遺影を持ったりと透明なビニール傘を葬儀社の人が掲げてくれるものの雨のしぶきに濡れながらきりきり舞いで頑張った。
姉の葬式の主な参列者は我が家の親戚と同じ宅地分譲住宅の近所人が主だった。
そして、これが犯罪被害者の葬式だと思わさられたのが、参列者より多い警察関係者とその遠巻きの数は極端に減ったがメディア。
もう捜査一課の概ねの刑事とは名前こそ当てられないがほぼ顔見知りである。参列者に化けて、あの人が来ている。あの人も着いてくるのかとか、そんな感じ。
また悲劇のどん底に落とされる犯罪被害者のカウンセリング専門みたいな制服警官も母に一人私に一人と付けてくれている。
矢部翔一の逮捕状が出ているのにまだ捜査するのかとも思った。
しかし、その中に私の目に焼き付いた参列者が居た。ギリギリスーツと呼べるものを着て、ギリギリネクタイを締め上の第一ボタンを大きく外し喪章を付けて立っていた男。
私の視線は釘付けになったが直ぐ私のほうから目を反らした。
どうしてかわからないが反らさないといけないと思った。
挨拶の草案から焼き場まで、すべて葬儀社が取り計らってくれる。私と母は言われたとおり車に乗るだけ。
死体となって帰宅した姉の死に顔を見たときより、焼かれて骨になった姉を見た時のほうがショックが大きかった。
こんなになるまで焼く必要があるのかとさえ思った。
人がこうなり果てることのほうが驚きだった。
姉はいつでも私より何事においても先行していろいろとおしえてくれる
そしてその骨を拾えという。
本当にショックで膝から崩れ落ちそうになった。
もう姉の躰の一部であるとは言えそうになかった。
私も死ぬとここまで焼かれるのかと思うと急に死にたいする恐怖が芽生えてきた。
姉の事件以降、普通の精神状態であることのほうが少ないというかおかしい。
このあたりも、私の記憶があいまいになる。
覚えているのは、姉の遺骨を持って母と帰宅したときにはもう既に警察が葬式の受付の記帳の名簿を確認していたことだ。
「こんなに少ないと新しい発見はあまりないな」
上がり框で一人の刑事が言っていた。
「おい」
もう一人の刑事が私に気付き相手を咎める。
最初にいった刑事は、私と目を合わしそうとう困った表情となった。
私と母は葬儀屋がとった高そうな弁当を目の前にしてへたりこむように座り込んでしまった。
これで、終わったのだろうか。
私は高校の制服の上着をいつも置いている応接間に行った。応接間からは外の車がやっと通れる程度の表の道が庭木の間から見える。
もう寒冷前線は通過したのか雨は小降りになっていた。
表の通りに一瞬だったが青黒い傘が私には揺れて見えた。
さしていたのは坂木栄人だった。
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