14 過去 8

 初七日、二七日、三七日と姉の法事は次々と過ぎていく。

 しかし、捜査に進展はない。

 いや正確にはないらしい。私の推定でしか無い。警察官は相変わらず捜査状況を逐一教えてくれない。

 捜査も、事件より一週間二週間経つとどんどん縮小されているのが露骨に感じられる。近所を昼の日中からうろつく露骨に刑事とわかるペアが目に見えて減っていく。

 それだけ目的を絞って捜査しているのだと県警はいうのかもしれないのだが。


 一方の私は、センター試験まで日数が数えるばかりの状態になり忙しく、大きいのか小さいのか他県のことはしらないが学区内でトップの進学校のカリキュラムに身を任せて日々を過ごしていた。

 私が通っていた高校は公立で私立の特進クラスほど露骨に3年間のカリキュラムを2年間で済まし3年生の一年間は全部受験対策に当てるということはしていなかった。

 だが、毎年、毎学期、成績順にクラス分け、講座分けされ、高校3年間のカリキュラムは3年生の一学期、夏休み前で終了し、9月が始まると同時に第一週で簡単に文化祭と体育祭を済ませるとそこからは授業が受験対策一色となる。

 半年遅れぐらいで私学の進学校をおいかけるわけだ。

 その日も6限まですべてセンター試験でなく、二次試験のかなり難度の高い問題に取り組み、補習授業もすべて受験勉強に当てられる。

 本音を言えば、数日に迫ったセンター試験対策をやりたいが私は進路指導部のやりかたに身を任せていた。

 そう、教師、生徒一体となって現役合格というゴールを目指す。

 うちの学校の生徒たちは自身の補習授業が終わるとバラバラに三々五々に帰宅していく。

 もうクラスメイトという感覚も希薄になってきている。


「じゃあな」


 参考書とプリントをカバンに仕舞い教室を出ようとする私に友達の中林なかばやしが声を掛けてくれた。

 事件と受験できりきり舞いの私には、ただただ普通に接してくれるのが一番助かる。

 警察と関わるようなことが身のの近くでおこった場合、なによりも普通、平穏が一番大事だということをいやというほど思い知らされる。

 私は、遠路輪行して帰宅する。

 そう姉が事件に巻き込まれたあの日と同じ様に。

 あの日より更に日は短くなっている。

 帰宅路はもう真っ暗だと言っていい。

 歩道を走っているが、県道をバンバン大型トラックが私を追い抜かしていく。

 通学用のママチャリのライトの負荷が重い。

 ボアのネックロールをしているが、風が制服を突き抜けていく。

 私は知っている。

 姉は遊びまくって無理やり大学、高校一貫の女子校に入れられたが、本当は私が今通っている高校に通いたかったことを。

 また姉がその能力を十分に持っていたことを。

 

 事件が起きてしばらくは、帰宅するたびに誰かが近くで死んでいるのではないかと、恐怖の帰宅を何日か経験した。

 しかし人は着実にありとあらゆることに慣れる。それが逆に怖い。

 かどを曲がり家の前の通りに入る。

 誰も居ない。ほっとするのが半分。刑事が居ないことに怒り半分。

 逮捕状はもうでているのだ。

 矢部翔一に関わりがある物をすべてを炙り出せ。

 矢部翔一に関わりがある者にはどんな過酷な手段をとっても情報を炙り出せ。

 拷問したって良い。人質をとっても良い。

 あの美しかった姉を殺した人間が未だに裁きを受けていないことを考えれば、考えるほど怒りが湧いてくる。

 家の前で降りて、車庫の脇に自転車を押して行こうとした時、うちと隣の平田さんとの壁の深淵しんえんともいえる影からいきなり男が現れた。

 一瞬息が止まった。


りくくんだね」


 声が出ない。二の句が継げないとはこのことだ。


「近田陸くんだね」


 男は三十代程度か。散髪に行きそびれているらしく髪の毛は長め、ヒゲとモミアゲだけは丁寧に剃ってある。伸びた頭髪は仕事が極度に忙しいことを物語る。もしくはスケジュールどおりにいかない仕事を抱えているか。

 スーツに薄手のウィンドブレーカー。しかし、体裁を整えるためスーツを来ているだけでネクタイはしているものの一番上のボタンはこれでもかというほど開いている。中肉中背。特徴がない。何処にも居て何処にも居ない。刑事によくいる感じの男だが、刑事によく似た鋭さも感じるが、なにやら自由奔放な緩さも感じる。根本的に刑事とはなにかが違う気がする。

 私は沈黙の一手だ。


「驚かせてしまったね。私は武蔵新聞むさししんぶんの記者なんだけど、、名前は下川しもかわといって、、、、」


 と言って名刺をさし出す。高校生は名刺を渡し合う習慣はまだ身につけていない。私は受け取るために手を出さない。


「お姉さんの事件のことだけどね、、、」


 カメラマンは居ない。いわゆる突撃取材とかいうやつなのか?。


「取材は断れるって警察の方から聞きました」


 と応える私。

 下川はニヤリと笑う。


「だけど、ニュースは知っているだろう。刑事はいろいろ教えてくれるよ」

 

 そのとおりだ。警察関係者によりますと、、という言葉が付いたあと驚くような事実がTVのニュース、新聞記事で報道されている。

 被害者の親族には一切喋らず、メディアには名前こそ明かさずこそこそ喋っているのだ。

 私が目を細め下川を見る。


竹田孝也たけだたかやって知ってる?」


 あまり印象に残っていないが、ぼんやりと知っている。矢部翔一の大学の同じサークルで先輩だった男だ。矢部翔一はこの竹田孝也から姉を紹介されて付き合いだしたのだ。

 自他ともに認める公認の姉の前の彼氏の坂木栄人さかきえいととの間隙をついて姉と付き合っていた可能性も高いし。

 姉のことだ、二股、三股で同時だった可能性もある。

 そもそも恋愛や人間関係はプチッと線引きが出来るわけがない。

 私は、下川にはこたえない。


「その顔は知ってるね」


 私の中でなにかがカチンと音をたてる。小さな炎だが怒りそのものだ。


「矢部翔一が乗っていて逃走に使った白いシルビアを安く譲ってもらったのも竹田孝也からだということは知ってた?」


 あり得るがどうってことはない。さもあらん、だ。


「Nシステムって知ってるだろう、完全じゃないけど車のナンバーで追跡するシステム。事件後、矢部翔一が君のお父さんを拉致し逃走に使ったシルビアが竹田孝也の住所の近くで確認されているんだ」


 私も黙っていることに耐えられなくなった。


「そんなに詳しいんなら、僕に訊くことないでしょう」

「半分、親切心で言っているんだよ」


 親切心!?。なにを言っているんだ、こいつは。

 私の目つきが露骨に厳しくなったはずだ。


「陸くん、白いシルビアの行き先を知っているんじゃないかな?」


 私は、大きく息を吐いた。そうしなければ耐えられそうになかったからだ。近所の人に助けを求めるか!?。

 もし知っていたら、事件当日に刑事に話している。


「矢部翔一の白いシルビアが今朝見つかったよ。近くに住む人が散歩していて発見して県警に通報したんだ。場所は中越なかごえハイキング・コースの駐車場に置いてあった」


 全身から力が抜けていく気がした。


「中越えハイキング・コースに心当たりはある?」


 下川の追求は止まらない。事実に関する私の応えを警察より早く得ようと家まで押しかけてきたのだろう。


「なにもありません」


 私は無理やり自転車のスタンドを立てると下川を振り切って家の中へと急ごうとした。


「本当かな?お姉さんと竹田孝也との関係は?竹田孝也と矢部翔一とでお姉さんを取り合いになったことはない?お姉さんがデートで中越えハイキング・コースに行くって言っていたことは?」


 下川の詰問は止まらない。

 私が無理やり急いで下川を振り切って屋内に入ろうとしたのは、表情を見られたくないからだ。

 答えは簡単だ。


 花崎城、もしくは花崎山の裏側が中越えハイキング・コースにあたるのだ。

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