9 過去 5

 私は家の居間でTVを見ている。

 家族を二人失い軽いPTSD状態。

 いや二人失ってはいない、父は怪我をさせられ拉致されただけ生きている可能性がある。

 ニュース番組を避けるべきなのだが、心の奥底では姉の死に関する情報を欲している。どうしてもニュース番組を寄って見てしまう。

 母は、捜査本部が置かれている家から一番近い警察署に行っている。パトカーで送迎してもらえるとはいえ、被害者の遺族は信じられないくらい忙しい。

 そして、その忙しさと反比例して事件の情報は教えてもらえない。


『重要な事件解決への捜査情報ですので秘匿が求められます。』


 どの刑事、被害者遺族の対応をする制服の警官、婦警ともこれの一点張りだ。


 秘匿!?。 


 犯罪被害者遺族が容疑者へ捜査情報を漏らすとでも思っているのだろうかと怒りすら感じる。

 ニュース番組では普段忘れさられたようなこの街の一住宅の間取りがCGで再現され荒くレンダリングされ色でのみ人と性別がわかるCGが襲い襲われている。


『まず、止めに入った父親の近田知史ちかだともふみさんを刺した、、、』


 どの局も姉と違い父への凶行はごくごく簡単に報じる。


 そしてCGで再現された正に仮想空間の住宅の間取りが我が家であることはまちがいない。事件のショックからか変に現実感がなく、逆に生々しい。つい昨日の出来事だ。

 

『このように、犯人は幾度も、近田奈央ちかだなおさんの腹部を数回刺したのち、、、』


 なんの感情もこもっていないナレーションが続く。

 どうして数回刺したとわかるのか?あ、検死結果でか、、とか、変な堂々巡りの考えが私の頭をよぎる。

 落ち着いてはいるが心臓はドクドク音を立てて鳴っている。 

 まだ矢部翔一やべしょういちの名前は一切報道されていない。

 矢部翔一が非常線の外に出たのか、有力な情報を県警が掴んでいるのかすら私にはわからない。

 単純に教えてくれないのだ。


『竹田町に住む、近田奈央さんは、、、』 


 SNS上に姉が上げた画像の姉の写真が満面の笑みでTVの画面いっぱい映る。

 まるで生きているかのようだ。

 でも死んでいる。

 昨日の晩、心肺停止で救急搬送された。

 優秀でルックスの良い姉は幼い頃から学級委員とか生徒会とかでも活躍していたが、同じようにSNSなんかでも堂々と実名で派手に活動していた。

 姉は実名アカウント。

 冴えない弟はこそこそ匿名のアカウント。

 姉の画像が幾枚もTVに大写しになる。どの画像もアイドルや女優のようで美しい。


『まだ将来を嘱望され20歳だった奈央さんは、、、』


 ここから、やや私の知っている姉と報道される姉と<ずれ>が生じてくる。

 ニュースでは美しく若く将来の夢のため努力していた将来を嘱望された女性がいかにその大切な命を失うことになったか切々と語られるが、私はそうでないことを知っている。

 若く、美しいのは認める。比較されてありとあらゆることに凡庸ぼんようで平凡な私がどれほど苦労したか身をもって体験している。

 が、努力をしていたかは疑問。

 良く言えば、要領よく生きていたというのがギリギリのライン。

 将来を嘱望され、前途有望だっただろうか?。

 未来のことは誰にもわからない。

 要領良くというのが一番的を得ているかもしれない。

 あまり努力の必要とされない幼稚園や小学校では神童のように勉強ができたが、だんだん努力と勉強時間の分量そのものが必要となる中学、高校となると姉の成績は徐々にだが右肩下がりに下がっていった。

 恐らく普通に勉強していたら、中学や高校でもよく出来ていただろう。

 単純に、姉は勉強をあまりしなかった。いやほとんどか?。小学校でさえとなりの部屋で過ごしているのだ。どれくらい勉強しているかはなんとなくわかる。あの勉強時間であの成績をキープしているのは脅威だとさえ思った。

 それにあのあかるさとルックスだ、周りも放っておかない。

 私の両親もこのことに早く気付いたらしい、あっという間に姉にお嬢様学校の名門女子大の付属高校を受験することをかなり強く勧めた。

 無理強いしたと言ってもよい。

 父と母は中学校の成績が姉の生涯での学歴内でのピークだと思ったのだろう。

 この名門女子大付属に入ったのも姉には良くなかったかもしれない。

 ”遊び”のレベルが質量ともに格段にレベル・アップした。

 服装が派手になったとか金遣いが荒くなったとかではない。

 単純に遊びのレベルがあがったのだ。

 中学校のころから大学生の男の車の助手席に乗って帰宅していた姉だ。

 天下無双になったといっても良い。


 近所の人からは白い目で見られ、小中の同級生の友人は離れた。

 交際相手も二股三股は当たり前。家族でもが姉が誰と付き合っているのかわからない時期さえあった。

 寄るものは拒まず、去るものは追わず。

 今さえ楽しければ良いといった感じがいつも姉からは伺えた。

 一番辛かったのは、父だろうが、父は究極のリベラルで放任主義だった。

 また姉の無垢さが姉の生き方に修正を加えることを難しくしていた。

 姉は幼い頃から変わらず、スーパー・ヒロインで超人気者だったのだ。それが八方美人で平均的に誰とも公平に付き合うと遊ぶということになるのだろうか?。

 私にはまったくわからない。


 TVのニュースでは、規制線の解かれたのち近所の人への取材が流れる。

 これからも永遠に住み続けるのだ。

 姉が夜遅く男の車で送られて帰ろうが、朝帰りしているのをみていようが、


『かわいそうにね』


 の一言を中心にコメントが展開され姉の近所の人なら誰でもわかる<派手な遊び>についてはほぼ言及されなかった。

 しかし一人だけ居た。


「頑張られてましたよ」


 <遊びに>という目的語を飛ばしてコメントをしていた。顔は撮影されていなかったが体型と服装でわかる。

 斜向いの白岩さんだ。


『犯人は、以前逃亡中である』


 決まってこのコメントで姉の事件のニュースは終わる。


 セダンが家の前に静かに止まった。エンジン音でわかる。

 母が帰宅したのだ。

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