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 いつものショッピングモール。

 杏奈あんなとのデート。

 土曜で夕方過ぎ、杏奈の会社はきっちり土日祝と休みがあるのだが、私の会社は土曜日も開けてというか、人を配置しておかなければいけない職種なので変なローテで週休二日を守っている。

 日曜に会えば良いのだが、なんか日曜の昼下がりの月曜日が待っている悲しい感じが私も杏奈も嫌いなのだ。

 土曜日でも結構混んでいる。


 私達は名栗渓谷なぐりけいこくでの軽い事故未遂があったのちもその日だけはかなりぎこちなかったが、最近はスマホでのLINEとかメールとかじんわり距離感を縮めていく便利な意思疎通の手段が多数ある。

 平穏な日常を取り戻しつつある。

 ただ、なぜグローブ・ボックスを杏奈が抑えたのかは、私としてはとても気になるし訊きたいが、今のところ鉄壁のタブー。

 でも、男女の関係って完全にわかり合うとか、埋まらない溝はないとかそんなことではなくて、こういういろんな出来事を通してお互いをよりよく知っていくんじゃないかと私は、前向きに考えている。

 しかし、杏奈があの件をどう思っているかはいっさいわからない。

 前にも書いたが女性の心は男にはわからない。

 

 今日は事前に連絡をLINEで単語で取り合って私が小型車に乗ってショッピングモールに二人できている。

 これも、二人の決めごとでこのあと、男女の間でだけとはかぎらないが、重要なまつりみたいなイベントが待っているのだ。

 SEX、もしくは Hである。

 別にショッピング・モールでゲームをしたり映画をみたりしてもなにかHな気分になるわけではないけど、なんか最終的なところまで行く感じがどんどこどんどこ祭の太鼓のように鳴っている気がする。

 ショッピング・モールにラブホテルがあれば、いいが、これだけ子供がたくさんいる場所にない。で、仕方なく、概ね私の小型車でバイパスや県道沿いのところまで、早い夕食をちょっとだけ高めのお店で夕食を店の前で座らされて待たずに食べてから行く。

 はっきり言って、この小型車に乗るたびにHまでいくわけなので、マンネリ化はかなり進行しているが、どうにもできないのでふたりとも妥協している。

 お互いで


「いきますか、」

「やりますか」

「これは、あれだね」

「やっぱりですか」

「きましたね」

「きますか」


 とか、指示代名詞が多くなるとサインなのである。

 これだけで意思が通じれれば、おそらく言語学上の新発見である。

 流石に祭と私が、書いたようにことに及ぶ前はドキドキするのだが、二人の肉体関係を簡単に表すには杏奈の名台詞がぴったりだ。


「どうして、うちらは映画とか小説とかドラマみたいにならないんだろうね、陸くん」


 しかし、これだけは、私の責任でもないし、杏奈の責任でもないし、こうなっちゃうとしか私としても言うことができない。


 今日も、馴染みの最安値のラブホテルのいつもの駐車場の位置に停めてよく使う部屋をチョイスして、、と全てで習慣化が起こる。

 これが庶民なのだろう。そう思い込むしか無い。


 ことが済んだあとは二人ともめちゃくちゃ対照的である。

 私は、急に眠くなって、ドカーンと4時間位深く眠ったあと、バコーンと起きて寝られなくなる。

 一方の杏奈はずーっと翌日の朝遅くまで長く寝ている。それも、こっちが心配なるほどの無防備な素っ裸でベッドに突っ伏して寝ている。

 ちなみに、私は、パンツを履いて寝巻き的なTシャツでも一枚ないと寝られない。

 もし杏奈と結婚した時のことを考えるとちょっとやっていけるか、かなり不安になる。


 今晩も同じである。早めに夕食をとっているため、総じて早く寝ることになり、私は、4時間か5時間ほど熟睡したあと、バッコーンと起きてしまう。

 隣の杏奈は素っ裸でうつ伏せで寝息をスースー立てている。

 時計を見ると夜中の3時半。バイパスを轟音を立てて走る長距離バスか大型トラックの走行音だけが室内に静かに響いてくる。

 TVはみるものないし、ラブホテルのちょっと前の大ヒット作ばかりでDVDは面白くなさそうだし、TVゲームは私がほとんど興味が無いせいで、時間を潰すのに大変苦労する。

 派手なだけのラブホの天井を見上げる。

 鏡仕立てと赤と紫。私に喫煙の習慣はない。

 酒を飲んで寝てしまえば良いのかもしれないが、愛すべき白い小型車で来ている。

 杏奈を見る。

 杏奈や他の女性すべてには悪いが、射精したあとのこの無防備な女性に色気は皆無である。

 大学生の頃初めて杏奈にガバっと覆いかぶさったときは命がけだったのに、、。

 杏奈の反対側を見る。

 小さなテーブルの上に杏奈のバッグだ。

 紐が細くておしゃれだが、リュック形式の小さなバッグ。

 チャックが開いている。

 スマホや財布、安物の口紅が外に転がりでている。

 見えているだけだ。私は一切触っていない。私は男女の間でも最低限と言うか、ギリギリのプライバシーはあると考えている。

 相手が見られて嫌なものをこっそり見てやろうとか、自分の得になるものをなにか見つけ出し得点をあげようとも思わない。

 その分、自分のスマホにはロックを掛け杏奈に対し自分自身を守りに守っているかもしれない。

 杏奈のスマホは時計の画面。そしてその時刻もラブホテルの時計と一分と違わない時間をさしている。 

 そのスマホの時計画面の薄い明かりで杏奈の財布がぼんやり見える。

 財布には、庶民だけが持つポイント・カードにICカードに、、、、、。

 免許証の端っこ。免許証。

 人の免許証の写真は愉快だ。ブルーバックで独特の変な無表情な犯罪者みたいな仏頂面。

 気がついたら、杏奈の免許証を手にとっていた。

 ここで、誓って言うが、私に悪気や盗み見てやろうと思った感情は一切なかった。

 ただ、免許証の免許証の顔写真を見たかっただけだ。

 女性全般だが杏奈も髪型で恐ろしく見かけが変わる。大学生で初めてあったときなど、ヘルメットのようなおかっぱだった。どうせこの顔写真も、、、、。

 しかし杏奈の名前を見て、心臓がとまった。


 湯浅杏奈ゆあさあんなではない。

 

 浮島杏奈うきしまあんなの免許証。顔写真は杏奈のままだ。

 私はものすごい速度で反対側の杏奈を見た。素っ裸でベッドに突っ伏している女を。

 こいつは湯浅杏奈ではない。ここで素っ裸で突っ伏している女は湯浅杏奈ではない。私がコンドーム越しに射精した女は湯浅杏奈ではない。私が小型車でこのラブホまで運んできた女は杏奈かもしれないが湯浅杏奈ではない。


 誰だおまえは!??。


 何分たったのかもわからないが、名栗渓谷なぐりけいこくでグローブボックスを抑えた理由もわかっている。中には免許証が入っていたのだ。まちがいない。


「おい、ちょっと、ちょっと、杏奈!、杏奈」


 女性はうつむいていると髪の毛で表情が全くわからない。

 私は杏奈の肩を揺さぶり叩き起こしていた。


「えーっ、なにぃー、陸くん?」


 寝ぼけ眼で目をこすりながら杏奈が胸丸出しで起き上がってくる。

 その無防備な杏奈の顔を見た瞬間に私は我に返った。

 というか、なんと杏奈に事の次第を訊けばいいのだ。

 そこには、片手には免許証を持ち途方に暮れる姉を殺され父を拉致された只の成人男子が居た。

 私は大きく息を吸ってから尋ねた。


「杏奈、名前なんていうの?」


 なんだこの質問は、、、、。


「えー陸くん、なに言っての??」


 私のほうが一手先に行っていたので浮島の名前は意図的に伏せた。

「名字だよ」

 しかし、一手先だったかもしれないがクルーザー級のチャンピオン相手にノーガードでリングの中央に立っていた。

 右手に後生大事に証拠品の免許書を印籠のようにもちながら。

 杏奈の視線が私の右手に行って私の真顔に戻った。経過時間はたった0.2秒。


「あーそれ」


 それ!?。

「いつも運転、陸くんでさぁ、かわいそうだから帰りぐらいいつでも変わってあげようと思って持ち歩いているんだよ」

 かわいそう!?私がか。

 今までの自分の嘘が砂上の楼閣のようにもろく潰れようとしているのに、かわいそう?。

 ラブホテルの光は暗いが杏奈の表情に一切の焦りや嘘をついているとか不審なものは何一つ浮かんでいない。

 逆におかしいのは私だろう。

 私は泣き崩れんばかりだ。

「杏奈、一つだけ教えて、本名はなに?名字、名字」

 私は無意味だが杏奈の免許証を背中に隠した。

「湯浅」

「それは、、、」

 と私が言おうとしたら杏奈が言った。

「前言ったでしょ、うちお父さんが行方不明になっているのよ、私が生まれるかちょい前に、、」

「────────────」

「ほら免許証って警察が管理してっから本籍地がどうのとかで、その行方不明になってるお父さんの名前が浮島なの。お母さんがほったらかしてて、まぁどっちでもいっしょなんだわ」


 どっちでもいっしょ?


 杏奈はそのまま、ベッドに突っ伏しながら言った。

「陸くんそういうの、やめたほうがいいよ。人のもの勝手に見るの」

 正論だ。

 しかし、私は経験で知っている、女は嘘を墓場まで持っていく。

 現に今まで嘘ではないが重要な情報が開示されていなかったではないか。

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