8 さらに過去 1
私は、階下に行くタイミングを見計らっていた。
昨日夜遅くまでネットをしていたら寝過ごしたまぁ予定どうりなのだけれども。
朝起きたら昼前だった。今日は日曜日。
私は廊下のような細長い部屋を割り振られている。
この家をデザインした建築家ご自慢の部屋らしい。外を見張るのには最適だが西日や近所の人の車庫入れのエンジン音がうるさい。
姉の
「いや~だ~」
階下からは姉の楽しそうな声が床をとおしてくぐもって聞こえる。
「それさぁ、、違うんだよ」
同じく階下から若い男性の声。恐らく
一番
モテる姉の彼氏はそうやって認識するしか方法がない。
寝ぼけた頭をフル回転させていろいろ思い出してみる。
日曜日。父は城址巡り、たぶん。母はなんだっけ生花教室での知人と繁華街で会うと言っていた。もう出掛けたのかな?。
11月の低い太陽はもう燦々と照っている。
突然尿意を覚えた私はこらえきれず、自分の部屋を出た。
姉の部屋の扉が開いている。
やらしい気持ちはないが、つい覗いてしまう。
姉は現役の女子大生だが、はっきり言って部屋の中は汚い。それは幼い頃から変わらない。一方の私は拘置所か刑務所かというほど整理整頓が行き届いている。
というよりモノがない。
姉の部屋は、飲み干したペットボトルにCDケース、DVDケース、ノートPC、壁には色あせてしまったアイドルのポスターに抱き合ってどうにか座位を保つ特大のぬいぐるみ。衣服もたたまれてはいるが直に床に積まれていてその高層タワーが乱立する。整理するという気がそもそも皆目ない。こんな感じで小学校、中学と結構勉強ができたので不思議でしょうがない。
いわゆるドラマとかに出てくる年頃の女の子の部屋ではない。
階段をそろそろ降りてトイレで用を済ます。
下に降りると露骨に姉と矢部翔一の声が聞こえる。
便器で水を流したのが失敗だったようだ。
「あれ、弟」
姉の声が聞こえる。
私はそのまま二階に上がっても良かったが、自分の家でコソコソするのも変な気がしてそのまま、居間に朝食兼昼食を見に行った。
というか、本当は矢部翔一をきっちり見たかったのかもしれない。
幼い頃からよくできる美人の姉と何かと比較されてきた”できない”私はどうやっても勝てない姉のことをわざと無視しつつも、人一倍姉の動向を気にして生きてきたのだ。
居間には低いテーブルに足を上げた部屋着の姉と姉に比べるとキチンと座っている矢部翔一が居た。
下はスウェットだがテーブルの上の姉の足は揃っていない。
「リク、その格好、ちょー恥ずいんだけど」
姉が言った。
私も部屋着兼寝間着だった。しかし姉も同じだ。
「陸くんだったっけ?」
矢継ぎ早に質問が矢部翔一から飛んでくる。
「ハイ」
「ハイだって」
姉がすばやく茶化す。
「日曜だけど起こしちゃった?」
と矢部。
「いえ」
実際はそうだ。
姉の交際範囲の拡大はエスカレーター式の名門女子校に受かってからも広かったが、そのまま名門女子大にステップアップして大幅に狩りの縄張りは広くなった。
私の両親も薄々気付いているらしいが社会人とも付き合っていた。母のどこで知り合ったの?の疑問には、サークルで、の一言ですべて解決するようになった。
矢部翔一は大学生、いわゆるダサい大学生でなくイケてる系だ。イケてるかイケてないかは、世の中ひと目だ。身につけてるものがかっこいい。なんとなく高感度が伺える。遊び人風とも見える。
背もそんなに高くないし顔も驚くほどハンサムなわけでもない。
どうして姉と付き合えているか謎なクラス。
私もたくさんの姉の交際相手を見てきたが、これが不思議と特別ハンサムだったり、勉強ができたり、スポーツが出来たりとかそういったことがない。
まぁルックスの良いやつもいたが、いかんせん姉が付き合う母集団が多すぎるのだ。
「
「
「ショウキチ、ショウキチ」
と姉は言ってクスクス。
「陸くん、ごめんね。奈央ちゃんの設定タイムが早くてね、飯も食べないでバイクですっ飛んできたんだ、で、美味しそうなご飯があるじゃないだから、つい我慢しきれなくて」
姉は両親が留守になる日を狙って矢部翔一を呼び出したのだろう。そして姉も同じくダラダラ寝過ごした口か。
「俺ら、これから出掛けるから、あのさ、これで、なにか食べて」
矢部翔一はそう言うと、ソファに投げ出してあった革ジャンを寄せるとポケットから財布から二千円だした。
千円でも多いぐらいだが、迷惑料込みらしい。
「リク、ラッキー」
と姉。
私は食パンを齧るか買い溜めのカップ麺を食べればいい。二千円丸儲けになるが赤の他人に勝手に食事を横取りされたことに対しては多少イラつく。
そして矢部は私の手に無理やり二千円をもたせる。
「ね」
と矢部翔一が念押し。
「この革ジャン、、、、、」
私は高校在学中に中型の免許をとったりするほどの根性はないがバイクに多少興味がある。原付きの免許はもう持っている。ゆえに防寒のライダース・ジャケット、革ジャンに興味が多少ある。
「おお、陸くん、知ってるの」
「ショットの」
私がメーカー名を言うと矢部翔一の表情が急に明るくなった。
「五万ですわ、でも、全然風入ってこないよ。防寒暴風完璧」
だろう。五万円も出せば、中古の原付きそのものか、ゲーム機器が買える。
「今度さ、バイトの先輩が元いいヤツ売ってくれるらしいのね、そしたら、これ陸くんに安く売ってあげるよ」
くれるわけではないらしい。私は無言のまま。私と矢部翔一が革ジャンについて論じている間に姉はダッシュで自分の部屋に戻ると外出用の服に着替えて降りてきた。
そして、二人はきゃっきゃっと嬌声を上げながら家を出ていった。
バイクの排気音が聞こえる。
そうして、冴えない弟は家で留守番をすることになる。
楽しそうな姉、いや事実楽しいだろう。
つまらなそうな弟、いや実際つまらない。
このあとTVを見るぐらいしかすることが思いつかない。
しかし慣れている、いつものことだ。
私は出来の良い姉の出来の悪い弟を17年近くやっているのだ。
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