6 現在 3

 OASISってバンドが"Wonderwall"って曲を書いてたけど、本当に男の私からすると杏奈あんなはというより女性はすべて<不思議の壁>だ。

 代わり映えのしない、いつものウィーク・デイのショッピング・モール。

 何でも揃っているけど、本当に欲しいものはない気がする。

 本当に欲しいものというより、どうしても欲しいものだ。

 杏奈の帰りの電車の駅に併設されているので、自然とここがデートの場所となる。

 というか、杏奈の帰り道に私が原付きで無理やり乗り付けていると言ったところが正確なのかもしれない。

 杏奈は職場での資格試験の為に参考書と過去問が必要だという。


りくくん、頭良いから選んでほしいんだわ」

 

 私は、その資格に対してはド素人だ。

 ショッピングモール内の書店へ二人でいく。最近は書店でもカバーのバーコードで自動発注とかになっているらしく、どこの書店もだいたい同じ本が同じ配置で並ぶ。

 バーコードを読み込ませると売上のランキングまで出るらしい。

 雑誌の立ち読みで客が店に入っているように見せかけ、一番最新の売れ筋のエンタメ小説を目につく所に大きく平積みで展開して客を引きつける。

 私は、テキトーに雑誌でも立ち読みするつもりだったが、杏奈に袖をしっかり引っ張られて資格本のコーナーまで連れて行かされた。

 このあたり、女性は本当にしたたかだ。


「山本先輩も言っとったけど優しい目のがいいのかな?」

「杏奈が良いと思ったんが良いと思うよ」


 と私が無難な返答すると、杏奈は急に厳しい目つきになり


「陸くんはどうよ?」


 これも杏奈の十八番おはこだ。私の考えを尊重してくれていると思えば嬉しいのだが、常に共同体として真剣に自分の悩みを分かち合って考えろと、言っているのだ。


「難しい目のと優しい目のと両方買ったら」

「なんで、そんな塩対応なのよぉ」


 杏奈が斜め下から私を見る。これは多少怒っているサイン。


「本もけっこう高いんだわ」

「会社の業務で必要なものなんだから買った領収書で経費で落ちるんじゃないかな?なんとか先輩に相談したら」

「なんとか先輩と違って山本さん。ど硬派のシングル・マザーでうち一応尊敬してるから。だけどうちの会社ブラックなんだわ」

「へー」


 杏奈を見ている限りそんな風には見えない。杏奈がしゃがみ込み本格的に吟味しだした。こっちは一切興味も関心もない。悪いけど、スキを見て逃げ出した。新刊本のチェックに向かうがミステリばかりで辟易する。

 犯罪被害者の家族になって以来、好んでドラマやミステリを読んだりすることがなくなった。別にそれほど苦ではないが、なんとなく嫌だ。

 時代小説や歴史本のハードカバーを見る。が、2000円近くも払えない。文庫で待つしかと思っていると後ろから分厚い本でどんっと背中を突かれた。

 杏奈だ。


「敵前逃亡は銃殺」

「決まった?」

「まぁうち的なやつがいいのかな。本は重いから逃げたやつが懲罰で持て。少しは貢献せよ」

「らじゃ」


 杏奈に本を持たされてカウンターまでいく。

 前から思っていたが、杏奈は財布を本当に少ししか開けない。まるでお金がこぼれ落ちるのを嫌っているかのように。コンビニからどこでお金使うときもそうだ。

 杏奈の5000円札が飛んでいく。購入後も重い本を持つのは私だ。


「レシートは一応貰っといた。ダメ元で山本パイセンに相談してみよう」

 

 と杏奈。


「5000円だったらここの駐車券もらえたんじゃないの?」 


 と私が訊くと。


「一回、陸くんの軽自動車でここへ来てうちを家まで送るか、そろそろ陸くんの家までうちを呼びたまえ」

「会社に駐車場がない」

「そうすか」

「週末来るかな」

「らじゃ」


 私達はショッピングモールの二階に併設されている電車の駅にすごすごと向かう。

 今日は5000円も使ったのでレイト・ショーの映画はなし。

 私は今日こそは打ち明けようと思う。私が犯罪被害者の家族であることを家族の半分が凶行にさらされたことを。

 何も隠し立てする必要はない。コソコソ生きる必要もない。悪いのは矢部翔一で近田家の人間ではない。

 しかも、座って真剣にする話でもない。知っといてくれれば良いだけだ。

 駅の改札が近づいてくる。


「14分の快速急行が行っちゃったよぉ。びぇーん」


 とスマホを見ながら杏奈が言う。

 資格本と過去問が入った5000円分の手提げ袋を私は杏奈に私ながら言う。


「あのさ、、、」


 やはり、さっとは言えない。言葉が詰まる。

 私は大きくツバを飲み込む。


「5年前におきた竹田町の刺殺事件って知ってるぅ?」

「竹田町って陸くんの家の近くでしょ」

「・・・・・・・・・・・」


 黙ってしまった。

 杏奈もいやに真剣な目で黙っている。


「あれ、うちなんだ」


 今度は杏奈が無言。


『間もなく、新玉田行しんたまだゆきの電車が、、、、』


 と駅の自動アナウンスだけが改札まで聞こえてくる。


「女の人とそのお父さんが刺されたって」


 と杏奈が言った。

 急いで私も思い切って続ける。

  

「それって、俺の姉貴あねき親父おやじなんだ」


 杏奈が急に笑顔になる。そして。


「そんなことで、うちの電車一本遅らすなよ、陸くん」


 私は、杏奈につられて無理やり大きな笑顔を作る。

 私は無言だが杏奈が続ける。


「陸くん、それがどうしたんだよ。うちのパパも10年前に行方不明だよ」

「えっ?」

「じゃあね」


 杏奈が私の手から手提げ袋をひったくり、軽くキスを無理やりして身を翻し改札口に消えてゆく。

 私を残して消えていった姉と父親と同じ様に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る