第41話 ダンジョン踏破者
「セバス。あれから帝国側に動きはあったか?」
「いえ、街における態度も提供されたダンジョンに対してもこれといった動きはありません。先日、王国側の人間と街中で衝突しそうになりましたが、これに関しては騎士ギルドが双方の諍いをおさえ、事なきを得ました」
「そうか」
セバスからの報告を聞いて、私室で頷くオレ。
あれから忍びに襲われ、彼らを解放してから帝国側にこれといった動きはない。
帝国側には最初にオレが創造した洞窟のダンジョンを共有として渡し、新たに生み出した二番目の砦型ダンジョンには王国側の人達へと提供した。
下手に同じダンジョンを共有させれば、また王国と帝国とでいらぬ争いが起きかねないため、そのための配慮である。
カテリーナさんもそのことについては了承してくれて、むしろ真新しいダンジョンの権利を自分達に譲っていいのですかと驚いた様子であったが、むしろ先日まで探求させていたダンジョンからの移動なので、こちらこそ申し訳ない感じであった。
「しかし、帝国の目的がわからないな……。本当にオレ達の街とダンジョンを共有したいだけなのか……それともそれを口実に何かをする気なのか……」
「まあ、間違いなくただの共有ではないでしょう。それが証拠にあの忍び連中のこともあります。それになにより奴らはトオル様が持っていた『神の通貨』を知っていました。ということはすでに帝国側はトオル様が持つ『神の通過』が狙いの一つなのでしょう」
確かにセバスの言うとおりだ。
ということは、今はおとなしくしていてもまたいつあの忍び連中のような奴らがオレの持つ『神の通貨』を狙うともしれない。
一応、あれから念を入れて館の一角に倉庫を作って、その中に現在オレが持っている『神の通貨』を保管した。
ちなみに倉庫も百円を投資して作った特別製のものなので、まずオレ以外には触れないし、中に入ることも不可能にした。さすがに百円はやりすぎかとも思ったが今後のことを思えば念には念を入れておいた方がいい。
「ご主人様、大変ですー!」
そんなことを思っていると慌てた様子でケルちゃんが扉を開いて現れる。
「どうしたんだ、ケルちゃん?」
珍しく息を切らしたケルちゃんであったが、次の瞬間、彼女の口から飛び出したのは驚くべきセリフであった。
「そ、それが……ダンジョン九階層を攻略中のクラトスさん達が大怪我をしたんです!!」
「な、なに!?」
◇ ◇ ◇
「クラトス、無事か!?」
「りょ、領主様……」
ケルちゃんからの報告を受けたオレは急いでギルドにある教会ギルドへと向かった。そこは教会という名を冠しているが、いわゆる僧侶や回復魔術に関する研究を行うギルドであり、負傷者の手当もここが行っている。
そして、そんな教会ギルドの一室。病院のような部屋のベッドに倒れるクラトス含む“暁の剣”のメンバー達が休んでいた。
「面目ありません、領主様……。こんな無様な失態をするなんて」
「いや、オレに対して謝る必要なんかない。むしろ無事で安心したよ」
倒れたままベッドで力なく笑うクラトスであったが、すでに傷のほとんどは治療されたようであり、見た目にはそれほどの大怪我はない様子であった。とはいえ、彼らを看ている看護師からは「しばらくは絶対安静」ですとの忠告を受けていた。
「それで何があったんだ? 九階層で大怪我をしたというが、ボスにやられたのか?」
問いかけながらもオレはどこか腑に落ちなかった。
確かにダンジョンには危険な罠や強力なボスなどを配置していたが、それでも命の危機になるほど凶悪な罠やボスは配置しないようにしていた。
ボスにしても戦っている相手が戦闘不能になれば、その時点で攻撃をやめて、ダンジョン側も冒険者が倒れればその時点で入口に戻すようにしているため、ここまでの大怪我になるとは思えない。
「それが……よくわからないんです。ボスとは戦っていたんですが、でもオレ達が攻撃を受けたのは後ろからで、その瞬間気を失って……気づいたらここで治療を受けていて……」
「え?」
後ろから攻撃? それは一体どういうことだ?
「それってひょっとして……魔物じゃなく、背後にいた誰か……別の冒険者に攻撃されたってこと?」
戸惑いながら呟くケルちゃん。そして、それに答えたのは意外な人物であった。
「そちらの少女の言う通りだ。彼らを攻撃したのは帝国から派遣された最強のギルド『漆黒の翼』と呼ばれる冒険者ギルドだ」
「!? 誰だ!」
振り向くと、そこにいたのは全身を黒ずくめで覆った小柄な少女がいた。
「君は、あの時の……!」
「ご主人に夜這いをかけた忍び!?」
彼女の姿を見るやいなやケルちゃんが警戒するようにオレの前に出る。しかし、忍びの少女はそれには反応することなく、顔を隠していた黒頭巾を取る。
そこから現れたのは黒髪の美少女。綺麗というよりもかわいい系であり、やや童顔のため年齢は詳しい分からないが、オレや下手するとケルちゃんより年下なイメージを抱いた。
「……私の名はカエデ。先日は寝込みを襲い、申し訳なかったホープの領主よ」
そう言ってカエデと名乗った少女は静かに膝を折り、オレへの謝罪をする。
その素直な態度に逆にこちらの方が毒気を抜かれてしまう。
「いや、そのことはもう気にしなくてもいいよ。それより君がさっき言った『漆黒の翼』についてなんだけど……」
オレがそう問いかけるとカエデは静かに頷き、先ほどの続きを口にする。
「『漆黒の翼』は帝国が抱える最強のギルドだ。話によれば彼らは帝国内にあるダンジョンを完全踏破したという噂がある」
「ダンジョンの完全踏破!?」
その事実にさすがにオレを含むこの場の全員が驚く。
まさか、すでにダンジョンを完全攻略している人物がいたとは……しかもそれが帝国に。だが、それが事実だとすると少し厄介なことになりそうだ。
「私も詳しくは分からないが、ダンジョンを完全にクリアした者にはそのダンジョンが持つある加護を授かるという。これは中継地点を抑えた者がそのダンジョンの入場を制限できるようなものだが、完全攻略者はそうしたダンジョンからの恩恵をダンジョンから出た後も手にすることが出来るらしい」
「ダンジョンの恩恵を外でも……」
カエデからの説明にオレは思わず冷や汗を流す。
ダンジョンの性能についてはオレが誰よりも理解しているつもりだ。そこにある貴重品、マジックアイテム、更には魔物を含むあらゆる機能。
そうしたある種、超常現象の塊でもあるダンジョンを攻略することにより得られる恩恵。
おそらく、それこそがダンジョンと呼ばれる機構の真の価値。
オレ自身、ダンジョンを作った製作者ではあるが、そのダンジョンを完全に攻略した者にどんな恩恵が与えられるのかまでは理解出来ていない。
だが、敵にその恩恵を受けたギルドがいるというのは厄介だ。
そして、そのギルド『漆黒の翼』なる連中が後ろからとはいえ、クラトス達を倒したのも道理かもしれない。
もしかしたらオレが抱えるメイド、セバスチャン達よりも強いのかもしれないという不安も襲いかかる。
「連中が出てきたということはホープの領主。お前が持つダンジョンを完全に奪うつもりなのだろう」
そんなオレの不安を煽るようにカエデが断言する。
だが、彼女の言うことは正しい。その連中でならオレが作ったダンジョンを完全攻略するのも時間の問題かも知れない。
しかも、すでにクラトス達が攻略していた九階層に現れていたのなら、すでに最終階層である十階層に到達しているかもしれない。
となると、そいつらにダンジョンを攻略されれば、ダンジョンの支配権もそいつらに移り、ダンジョン攻略に与えられる加護とやらも奪われるかもしれない。
元々ダンジョンは誰のものでもないという理論はあるのだが、あのダンジョンはあくまでもオレの街ホープの発展のために作ったもの。
確かに帝国連中にも共有を許したが、しかしこのままダンジョンを攻略され奪われるのは……。
思わぬ展開にどうするべきかと悩むオレに目の前に立つ忍びの少女カエデが告げる。
「ホープの領主よ。悩む必要はない。確かに共有は許したかもしれないが、あのダンジョンはお前がお前の街のために生み出したものであろう。ならば、それをみすみす第三者に攻略されるのを黙って見ていることはない」
「え?」
カエデの発言に顔を上げると、そこにはいつの間にいたのか彼女の背後に無数の影、たくさんの忍び達の姿があった。
「お前の生み出したダンジョンだ。他国に攻略されるのを仕方なしと傍観するのは潔しとは言わぬ。我らも協力する。お前が持つ戦力で己がダンジョンを完全攻略せよ。ホープの領主よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます