第40話 忍び解放

「……?」


 通貨を黒装束達に使い、彼らは各々不思議そうな顔をする。


「これでもうあなた達は自由です。好きに行動していいですよ」


「何をバカなことを……。先程も言っただろう、我々にはこの奴隷首輪がある限り……」


 忍びの少女がそれを口にしようとした瞬間、彼女を初めてした黒装束達の首にかかっていた首輪が全て外れる。


「!?」


「こ、これは……!?」


 驚く黒装束達にオレは告げる。


「先ほど、みなさんの首にかかっていた首輪をオレが買い取りました。その権利を持って、皆さんを解放しました」


「な、なんだと!?」


 オレの発言にありえないとばかりに顔を向ける少女。

 しかし、事実は事実。ダンジョンなど、すでにこの世界に存在しているものを神の通過で購入できるのなら、これくらいのことも出来て当然。

 黒装束達は各々、自分達の首にかかっていた首輪が外れたのを確認すると、恐る恐るその場に立ち上がる。


「……な、なぜ我らにこのようなことを?」


「え? いや、そりゃ、そんな風に物で縛られるのはよくないでしょう。あなた達がその首輪による命令でオレ達を襲ったのなら、むしろあなた達だって被害者のはず。それにこれであなた達がオレ達を襲う理由もなくなるのでしょう?」


「…………」


 オレの言葉に黒装束達はそれぞれ困惑しながら、互いに頷き合う。

 やがて、その内の一人がオレに近づくと頭を下げる。


「……感謝する。ホープの領主よ」


 それだけを言い残すと黒装束達はそのまま窓から飛び出し、漆黒の夜に溶けていく。

 うん、これで彼らも自由だ。あとは好きに生きてくれるといい。

 そう思いながら、オレはこの場に唯一残った黒髪の少女に目を送る。


「……わからない。なぜ私達にこのような慈悲をかける。我らはお前を襲撃した敵だぞ。拷問なり殺すなりするのが普通。にも関わらず、このような温情をかけるなど……」


 理解できないとばかりに少女は顔を歪める。


「なんでって、理由なんかないさ。ただそんな風に縛られるのはかわいそうだなって、そう思っただけだ。それ以上の理由なんてない」


「……そんな理由でか?」


 オレからの答えに少女はますます不可解とばかりに顔を歪め、そのままそっぽを向く。

 うーん、せっかく自由を与えてあげたつもりなのだが、彼女には余計なお節介だったのだろうか。どうしたものかと途方に暮れるオレであったが、やがて小さな声で少女が呟く。


「……ありがとう」


「え?」


 ボソリと少女が何かを呟くと、そのまま顔を伏せて先ほどの黒装束達と同じように夜の闇へと消えていく。

 うん、よくわからないが、彼女も嬉しかった……のか?

 なんにしても、これで彼女達が救われるといいのだけど。

 そう思いながらオレは後ろに立つケルちゃんとセバス達を見る。

 彼女達もまたそれぞれオレのやった行動に対し、理解を示してくれたようで笑顔を浮かべていた。


 とにもかくにも、これにてオレの館を襲撃した連中の問題は片付いた。

 だが、真の問題はここから。

 帝国。そこを支配する皇帝カイネル。

 奴らの次なる手にどう対応するか。それは明日からオレが抱えるべき問題であった。


◇  ◇  ◇


 一方、帝国領にて。


「カイネル様!」


「どうした? 騒がしい」


「はっ、それが……例のシノビ部隊からの連絡が途絶えました」


「ほお」


 部下からの報告にカイネルはしかし、意外そうな反応はしなかった。


「やはりシノビ程度では、あの領主を騙し討ちするのは無理であったか」


「いかが致しましょうか? 救援を出しますか?」


「構わん。捨て置け。奴らはそのための消耗品だ。アレが我ら帝国の手先である証拠は何もない。仮に拷問されようとも例の首輪がある以上、自白はせぬよう命じてある。仮にあの首輪を無理に外そうとすれば首輪に仕込んだ毒がシノビ連中を殺す」


「はっ、そうでありましたね」


 皇帝の発言に頷く部下。

 しかし問題はあの街とその領主である。

 さすがにダンジョンを抱えるだけではなく、それらを生み出す不思議な通貨を所有しているだけはある。

 一筋縄ではいかぬ相手だと、ここに至り皇帝はホープの領主の力量を認める。


「仕方がない。彼らを投入するのは最終手段とするつもりだったが」


 そう言って、カイネルは静かに指を鳴らす。

 すると奥にあった扉が開き、その向こうから数人の人間が姿を現す。

 それは帝国の兵士達とは異なる衣装、鎧、武器を身にまとった男女。

 それぞれ身にまとった武器や防具から、帝国で支給されている武具とは異なる強い魔力を感じ、それを着ている者達の実力も周りにいる兵士達と比べるとまるで雲泥の差であった。


「呼び出して済まないな」


「いえ、構いませんよ。皇帝陛下。それで我々が呼び出されたということはダンジョンの攻略ですか?」


 リーダー格と思わしき、片目に傷を負った大がらの男がカイネルに問いかける。


「ああ。君達にはホープと呼ばれる街が保有するダンジョンを攻略して欲しい」


「ほお、ひとつの街がダンジョンを保有ですか? これはまた珍しいですな」


「どーでもいいけど、うちらが出張るってことはそれ相応のダンジョンなんでしょうねー?」


 魔術師と思わしき女性が気だるそうに問いかけるとカイネルは「心配ない」と告げる。


「私の見立てが正しければ、おそらくそのダンジョンは君達がこれまで挑んできたダンジョンとは少し異なる場所のはずだ。それを確かめるためにも君達自身で攻略をしてもらいたい」


「命令とあれば向かいましょう。ですが、一ついいですかな? 皇帝陛下」


「なにかな?」


「そのダンジョン。完全踏破しても別にかまわないのですよね?」


 男の発言にカイネルは頷き、それに対し彼らは不敵に微笑む。


「なら、話は早い。今攻略中のダンジョンも、もうじき最下層だったのでちょうど良かったですよ」


「ほっほっほっ、ちなみにそのダンジョンにあるめぼしい宝も我々が手にしてもいいですかな?」


「そういう契約だからな。致し方あるまい。だが、こちらもダンジョン提供分の宝は譲らせてもらうぞ」


「構いませんよ。オレらは帝国兵じゃないですが、契約は守る。特にアンタのようなフェアな皇帝様ならな」


「ああ、では頼んだぞ。我が国最強の冒険者ギルド。そして、初のダンジョン完全踏破者達。『漆黒の翼』よ」


 皇帝のその宣言に頷くように『漆黒の翼』と呼ばれた数人の冒険者達は扉をくぐる。

 彼らが向かう先は都市ホープ。そこにあるトオルが作り出したダンジョンの完全攻略であった。

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