第43話 対峙、漆黒の翼

 その後、十階層を探索するオレ達の前に無数の魔物が現る。

 それら全て上級魔物と呼べるほど強力な魔物達であったが、そのことごとくが忍び達の疾風迅雷とも呼ぶべき一閃により片付けられていく。

 ここまでケルちゃんもセバスも全くといっていいほど手を出していなかった。

 忍び達の戦力がオレの予想を遥かに上回った活躍をし、正直彼らだけでも十分ではと思い始めるほどである。


「トオル殿。彼らの戦力は思いの外、強まっているようです。恐らく現在ホープの街にいる冒険者達よりも彼ら忍びの方がレベルは上かもしれません」


 マジか。そんなにか。

 思わぬ戦力の上昇にこれなら行けるのではと思い始めるオレであったが、その瞬間、先頭を歩いていたカエデが何かに気づいたのか足を止める。


「! 主殿! 下がって!」


 カエデがそう叫ぶや否や前方から通路すべてを覆い尽くすような炎が吹き出す。

 慌てるオレであったが、それまで隣に控えていたケルちゃんが一歩前に出ると目の前の障壁を生み出す。

 障壁はそのままオレ達に迫った炎を打ち消すと何事もなかったかのように消失する。


「あ、ありがとう、ケルちゃん」


「いいえ、ご主人様を守るのは当然のことです! それよりも……」


 キッとケルちゃんの視線が通路の奥を睨みつける。

 すると、その奥から数人の男女が姿を現した。


「ほっほっほっ、今のを防ぐとはやりおるのぉ」


「ほーんと、って言っても今のは挨拶がわりだしー。それくらい防いでくれないと困るみたいなー」


 そこから現れたのはいかにも魔術師といった風貌の老人と女性。

 それから片目に怪我を負った屈強な戦士に、長髪美形の剣士、更には神官と思しきメガネの女性によるパーティであった。

 一見するとただの冒険者グループであったが、なによりも目を引いたのは彼らそれぞれが手にしている武器や防具。

 それはオレが知る通常の武器やましてマジックアイテムとは異なるものであった。

 ある者は漆黒に濡れた剣を持ち、ある者は漆黒に彩られた腕輪を手にし、またある者は漆黒に染まった首飾りを身につけていた。

 そこから溢れる魔力は常人のオレでも計り知れないものを感じ取られた。

 あれは恐らく、普通のマジックアイテムとは一線を凌駕する何かだと。


「主殿。彼らが『漆黒の翼』です」


 目の前の冒険者達の姿を確認するとカエデが冷や汗混じりにそう呟く。

 そうか。やはり奴らがそうか。

 対峙するだけで、異様な圧迫感すら感じる。

 それは先ほどの奇妙な武具を抜きにしても、目の前の冒険者達の実力がここにいるカエデ率いる忍び達よりも遥かに上であると感じられるほどであった。


「ほお、この十階層の魔物をものともせずここまで来るとはな。なるほど、てめぇらがあの街の最高戦力ってわけか」


 片目に傷を負った恐らくはリーダー格と思しき男が前に出ると手に持った巨大な漆黒の剣を構える。


「おもしれぇ、ならここでどっちがこの階層を制覇するに相応しいか。勝負しようぜ」


 そう言って男が剣を構えるとその周囲にいた連中も同じく戦闘態勢を取る。


「ち、ちょっと待ってくれよ! オレ達はあなた達と争いに来たわけじゃない。ただ単にこの階層のクリアを目指しているだけで……」


「あん? それはつまりオレ達との争いに他ならねぇだろう。ダンジョンは最下層をクリアした奴の手に握られる。それは果たすために自分達以外の冒険者達は全て倒しねじ伏せ、その上でこのダンジョンを手にする。別に間違ったことじゃねぇだろう?」


 確かにその通りではある。

 ダンジョンは最初にクリアした者がその恩恵を手にする。

 ならば、そのためにダンジョンの制覇を目指し、自分の障害となる他の冒険者を倒す。

 それは競争という概念に照らし合わせれば、なんら間違ってはいない。

 とは言え、それをそのまま看過させるわけにもいかない。

 恐らく、ここでオレがこれ以上何か口論をしても相手は言うことを聞きはしないだろう。

 なによりも、これは直感だが、目の前の男は単純に自分達以外の冒険者をたたきつぶすことに何らかの悦を見出している。

 その証拠に先ほどから剥き出しに浮かべている笑顔がそれを物語っている。


 仕方がない。こうなった以上やるしかない。

 オレがそう決断すると隣にいたセバスが前に出て宣言をする。


「トオル様。ここは私と忍び達が受け持ちます。トオル様とケルはそのままこの階層の最奥、ボスの間へと向かい、このダンジョンを制覇してください」


「なっ!? セバス!?」


 思いもよらぬセバスの発言にうろたえるオレ。

 しかし、そんなオレとは正反対と隣にいたケルちゃんが静かに頷くとそのままオレの手を握る。


「ご主人様。セバスの言うとおり、ここは彼らに任せてケルとご主人様だけでも奥のボスの間に向かいましょう。このダンジョンさえ制覇すれば、それでダンジョンの機能を使い、彼らを外に出すこともできるのですから」


 確かにその通りだ。

 しかし、果たしてセバス達を残して行って大丈夫なのだろうか?

 逡巡するオレであったが、セバスは何も心配はいらないとかけていたメガネを指で押さえながら呟く。


「ご安心ください。こういった時のために私にも秘密兵器があります。あなた様の執事を信頼してくださいませ。トオル様」


 そう微笑むセバスと、彼の周囲にいたカエデ率いる忍び達も「ここは自分達にお任せください」とオレに語りかける。

 オレはしばしセバスと忍び達の顔を見つめると、彼らの意思を汲み、静かに頷く。


「……分かった。すぐにこのダンジョンを制覇する。だからセバス達も無理はせず、時間を稼ぐだけでいいからな」



「はい。ですが……別にあれを倒してしまっても構わないのでしょう?」


 と言ってセバスはどこかで聞いたようなセリフをドヤ顔で宣言する。


「はっ、言ってくれるじゃねぇか。メガネよぉ。だがな、そう簡単に行くと思うかぁッ!!」


 瞬間、隻眼の男がセバスに向け、剣を降る。

 だが、その一撃を片手で受け取ると、もう片方の余った手で再びメガネを押し上げる。


「おや、失礼。この程度でしたら私一人でも十分すぎですね」


「てめぇ……!」


 驚く男の横目に、ケルちゃんがオレを抱き抱えると瞬時に奥へと駆け出す。

 その行く手を阻むように漆黒の翼のメンバー達が構えるが、忍び達のそれを牽制するように武器を投げ、その隙を突くようにオレとケルちゃんは奥へと向かう。

 背後にて再びセバスへと剣を振り上げる男の姿を見ながら、オレは前を向き、セバス達のためにもこの先にいるボスの間へと向かうのであった。






「はっ、なるほど。どうやら口先だけの奴じゃなさそうだな」


 数撃の連打の後、男は自分の一撃を全て片手で受け止める目の前の執事にそう賞賛の声をかける。


「そちらは口先だけの人物のようで少し拍子抜けですね」


「はっ、ほざいてるんじゃねぇぞ。本番はここからだ」


 セバスからの挑発に対し、男達は手に持った漆黒の武具を構える。

 それを目にした瞬間、カエデ率いる忍び達が警戒するようにセバスの周囲へと下がる。


「セバス様、お気をつけて。恐らくあれこそがダンジョン踏破者が手にすると言われる秘宝。制覇武具に違いありません」


「ほお?」


 カエデの進言に対し、興味深そうに目を細めるセバス。

 一方の漆黒の翼達はその武具を中心にその身が漆黒の闇に覆われ始めていた。


「そのとおりだ。言っておくが、こいつはただのマジックアイテムとは訳が違うぜ。オレ達が制覇したダンジョンにあった特性。それを一つ自在に外でも行使できるようにしてある。ダンジョンには様々な宝や魔物、特徴なるものがある。その中でもオレ達が持ち出したのはそのダンジョンの最下層にいた最終ボス。つまりはそのダンジョンを支配していた魔物の力を引き出すというものだ。この制覇武具を通して、その魔物の力がオレ達の身体に宿る。それがどういうことか分かるよな?」


 次の瞬間、空間を覆っていた漆黒の闇が晴れる。

 そこから現れたのは即頭部より突き出した二本の角。背から生えた禍々しい黒い羽。更には両足と両腕がまるで獣のような姿へと変貌した漆黒の翼達の面々。

 その瞳もまたこの世ならざる金色の瞳を宿していた。


「どうだ。こいつがオレ達が制覇したダンジョンを支配していた魔物。上位魔人グレーターデーモンの力を宿した姿だ」


「ほお、グレーターデーモンですか。私も見るのは初めてですね」


 目の前で完全に変貌した漆黒の翼達を前に、しかしセバスは僅かに驚くだけであり、それ以外の反応はなかった。

 彼の周囲にいたカエデ率いる忍び達は目の前の漆黒の翼達が放つ魔力と圧力に畏怖し、体を震えさせているにも関わらず。


「はっ、変貌したオレ達を前にそれだけの強がりが言えるだけでも大したものだぜ。だが、それももう終わりだ!」


 吠えると同時に男の姿が消える。

 気づくとその姿はセバスの背後にあり、さしものセバスも慌てたように背後を振り返るがそれより早く男の剣がセバスの体を吹き飛ばす。


「おっらああああああああああああッ!!」


「がッ!!」


 咄嗟に両腕でガードするものの僅かに傷を負うと同時に壁に叩きつけられ、口から血を流すセバス。

 だが、それに追い打ちを掛けるように同じく変貌した老人と女性による魔法が放たれる。


「おっと、我々のことも忘れてもらっては困りますぞ」


「そういうこと。言っておくけれど魔人化した私達の魔力は人間のそれとは比較にならないわよ?」


 二人の両手より放たれた魔法は業火となりセバスを包む。

 その熱量、最初にトオル達へと向けられたものとは比較にならない規模と威力。

 セバスを包んだ業火は爆炎となり、周囲一帯を焼き焦がす。


「セバス様!」


 高密度の爆発の威力に地面に伏せていたカエデ達が叫ぶ。

 この爆発、いくらあのセバスとは言え、ただでは済まない。

 目の前に立つダンジョン踏破者達の実力にさしものカエデや忍び達もこれまでかと絶望の顔を見せる。だが、


「確かにこの力、通常の私でしたら敗れていたかもしれませんね。さすがはひとつのダンジョンを制覇しただけはあります。恐らく神の通貨で測るならあなた達の実力は数十……いえ、百円相当になるかもしれませんね」


「なっ!?」


 だが、次の瞬間、爆風の中からセバスの姿が現れる。

 普通ならば形も残らず蒸発するはずが、五体満足に生きていたことに思わず驚く漆黒の翼達。


「驚いたな。オレ達の全力を受けてまだ立っていられるとは。だが、さすがに無傷とはいかなかったな」


 隻眼の男の言うとおり、セバスの体にはいたるところにダメージがあり、立っているのがやっとの状態であった。


「ええ。さすがにあなた達を見くびっていました。これならばガーネット達を連れてくるべきでしたね。全く油断です。今後はダンジョン踏破者とやらには注意いたしましょう」


「残念だが次はない。君はここで終わりだ」


 ボロボロの体を引きずりながら出てきたセバス。

 しかし、その背後には別の長髪をなびかせる漆黒の翼メンバーの姿があった。

 無論、その者もすでに魔人化しており、放たれる一閃は魔閃のそれであった。

 回避は不可。防御も不可。

 その一閃と同時にセバスの首は落ちる。

 誰もがそう思った瞬間、しかし、予想に反する出来事が起きる。


「確かに私だけでは無理でしょう。ですが、言ったはずです。切り札は用意していると」


「なにッ!?」


 一閃を放った剣士。

 だが、驚きに目を見開いたのは彼の方であった。

 自らが放った一閃が目の前の執事によって受け止められていた。

 いや、問題はそこではない。自らの剣を受け止めた執事が持つ剣。

 それは明らかに通常の武器とは異なるもの。無論、ただのマジックアイテムなどとは比較にならぬ輝きを持つ聖剣であった。


「以前、トオル様が百円をかけて生み出した聖剣。これはトオル様自身には装備が出来なかったため、執事である私が受け取ることになりました。とは言え、神の通貨百円による産物です。通常のそれとは比べ物にならない威力故、これまで使用は控えていました。ですが――」


「ぐぅッ!?」


 一閃。セバスが聖剣を振り上げると同時に眩い光があたり一面を包み、先ほどまでセバスに攻撃を仕掛けていた剣士が逆に吹き飛ばされ壁に激突する。

 それは明らかに先ほどまでの執事とは異なる力が彼に宿ったとしか思えない変化であった。


「さすがはトオル様特製の聖剣。装備者による補正も段違いですね。察するにあなた方の変化と同一の事象が私にも起きているようなものでしょうか。興味深い。これは今後の街の発展にも利用できそうですね」


「て、てめぇ……!」


 光輝く聖剣を構え、セバスは漆黒の翼を広げるダンジョン踏破者達の姿を見据える。


「さあ、では改めて勝負と行きましょうか。漆黒の翼さん達。私もあなた達のことは対等の敵として全力でお相手いたしましょう」


 その宣言と共にセバスは初めて、戦場における高揚感による笑みを浮かべた。

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