第36話 シュナーデル帝国皇帝

「ほお、無平原に街とな?」


「は、はい。なんでもホープという名の街の領主を名乗っておりました……」


 帝国領。その首都にあるグラネール城にてその男、シュナーデル帝国皇帝カイネルは部下であるブルズンからの報告を聞いていた。


「ホープか……。あの平原にそのような街などなかったはずだが」


 二十代後半で皇帝の座についたその青年は部下からの報告を吟味するように考え込む。

 やがて、傍にいた兵士達に「無平原の調査を行え」と命令を下す。


「そ、それで皇帝陛下様。いかがなさいましょうか?」


「いかが、とは?」


「それは、連中は我々が保有するダンジョンを無理やり奪ったのですぞ! このままにはしておけません! これは明らかな領土侵害行為! あの小僧への報復、いや王国への戦争に乗り出してもいいはずです!」


 立ち上がり熱弁するブルズンに対し、しかし皇帝カイネルは落ち着いた様子のまま返す。


「落ち着け、ブルズン。元々あの領土はどちらの側のものでもない。ダンジョンとてそうだ。手に入らなかったのは惜しいが、現状我らの方が保有するダンジョン、資源、国力、生産全てにおいて上回っておる。ここで下手に戦争などしては人材と時間の無駄だ。そんなことをする暇があれば新たなダンジョンの捜索か、現在のダンジョンの完全踏破をする方がよほど有益だ。焦る必要などない」


「それは……しかし……」


「それにそのダンジョンに関しても、帝国兵が入れないという制約なだけでだろう? ならば、我ら帝国に属していない冒険者達を雇い、そのダンジョンの攻略に向かわせればよいであろう。すでに王国が保有するダンジョンにも何人かそうした冒険者を紛れ込ませ、戦利品の回収をしているであろう」


「はっ、そうでありました! では、早速冒険者を雇い、例の塔の探索に潜り込ませます」


「ああ。金に糸目は付けるな。腕の立つ冒険者にはそれ相応の報酬を支払うのが道理だ」


 皇帝の指示にすぐさま行動を開始するブルズン。

 通常であれば、せっかく手にした宝を奪われ逆上してもおかしくない状況にも関わらず男の判断は冷静を極めた。

 これこそが彼が若くして皇帝へとのし上がった才能であり、それを重臣達もよく理解していた。


「して、陛下。その問題の都市についてはいかが対処なさいますか?」


「そうだな……」


 控える重臣達からの問いに僅かに考える素振りを見せる皇帝であったが、すでに彼の中である答えは出ていた。


「会ってみるとしよう」


「はっ?」


「その都市の領主と名乗る青年に」


 その答えにこの場にいた多くの重臣が動揺する。


「そ、それは……そういうことでしたらまず我々が視察に」


「いや、それでは足りぬであろう。なによりも私自らその青年と街を確認したい。それになにより――」


 そう笑う皇帝であったが、その瞳の奥には興味以上のある確信が芽生えていた。


「半年前まであの無平原には街はおろか建造物のかけらすらなかった。それがわずかな間に街や人が出来るなど常識的にありえぬ。たとえどのような魔術を使ったとしても。その秘密を探る。そして、私の考えが正しければそのホープと呼ばれる街も抱えているはずだ」


「抱えている……何をでしょうか?」


 問いかける重臣に対し、皇帝は自らの考えを口にする。


「その街を発展させた基盤。ダンジョン、がだ」


◇  ◇  ◇


「トオル殿! 見てくださいー! この鉱石! あの塔で発見された新種の鉱石なのですが、なんとこの鉱石、魔法を受けるとゼリーのように柔らかくなり、しばらくすると元の硬さに戻るのです! この鉱石を使えば、新しい建造物の製作や魔法道具の製作が行えますよー!」


「おお、そいつはいい発見ですね。ぜひ、あとでオレの街のギルドの人達にも見せてください」


「それはもう!」


 あれからしばらく。

 新たなダンジョン。オレがケインに取り戻した塔のおかげでケイン率いる王国の兵やギルドのメンバー達が塔の攻略を始め、そこで発見された新たな宝や収穫物で大いに賑わっていた。

 ケインも塔と、オレが保有するダンジョンを行き来しながら何かあればオレに色々と報告してくれる。

 それから王国から着てくださった姫カテリーナさんについても、


「トオル様。本当に色々とありがとうございます。それであの……本当にこんな素敵なお屋敷までもらっていいのですか?」


「構いませんよ。カテリーナさんはオレの街との同盟締結のためにここに滞在することになったのでしょう? なら、それらしい館を用意してあげないと」


「トオル様……。本当に何から何までありがとうございます」


 そう言って頭を下げるカテリーナさんの背後にはオレの館に負けず劣らぬ立派な館があった。

 これはオレが彼女のために一円玉を消費して作った館。

 性能もオレの館とほぼ同じものであり、彼女の館にケインをはじめとする王国の兵や騎士達も厄介になっている。


「それにしても、そろそろ交易についても本格的に着手すべきかもしれませんね」


 見ると、オレの隣にいたセバスが街を歩いている王国の兵士や冒険者達を見ながらそう呟く。

 確かに。ここ最近、カテリーナさん達のおかげで王国とのパイプが出来て、オレの街に多くの旅人、王国からの住民がやってくるようになった。

 その多くがオレの街が保有するダンジョン目的であり、事実、今やオレが作ったダンジョンにはオレの街の住人だけではなく、よそから来た人達も挑戦している。

 オレのダンジョンは基本的に制限はしておらず、誰であろうと入るのはフリーにしている。勿論、そこで得た宝の持ち帰りも自由だ。

 そのせいもあってか街は以前よりも活気に満ち、買い物で賑わう客が多くなっている。

 中にはオレの街で売っているマジックアイテムや、セバスが作った街目的にここへ来る人達も増えている。


「うーん。旅行客って言うと変だけど、その人達用の施設とか作るべきかもなー」


「確かに現状の宿だけでは足りませんね。生産系ギルドが新たなホテルなどを開発しておりますが、王国との交流が本格的になれば、とても手が足りないでしょう。やはり、もう少し街を増やし国らしい礎を築くのがよろしいかと」


 セバスの言う通り、現在オレの街はこの首都ホープとセバスが作った街セバストスだけ。

 もう少し増やして国らしくしてもいいかもな。

 あるいは、やはりダンジョン。

 この世界の発展の要とも言えるこれを新たにもう一つ、いやもう二つくらい作っても――。


 そんな風にオレが思っていると慌てた様子のケルちゃんが駆けつける。


「ご主人様! 大変です!」


「どうしたのケルちゃん?」


 珍しく慌てる彼女にオレが問いかけると、そこから驚くべき答えが帰ってくる。


「それが、帝国領からたくさんの兵士達がこっちに来ているそうです。その数、およそ千。なにやらただ事ではない様子です」


「帝国から!? しかも千!?」


 思わぬ報告にその場にいたセバス、カテリーナさんまでその顔に緊張の色を見せる。


◇  ◇  ◇


「……かなりの大所帯だな」


「ですね」


 街の入口にセバス、ケルちゃん達と共にこちらへ向かってくる帝国兵を眺めていたオレ達であったが、平原を埋め尽くすほどの大軍勢に思わずそう呟く。

 かつて、色々な来訪者は何人かおり、ここ最近はそれが特に増えてきたが、今回ほどの大軍勢はさすがに初めてであった。

 あれほどの大軍勢で一体何をするつもりか?

 しかも相手が帝国と聞いて、先日の諍いを思い出し、もしかしたら争いを仕掛ける気かもしれないとオレは多少の覚悟を決めつつあった。


「と、トオル様。今回の帝国の件、おそらく……いえ、間違いなく先日の我々王国との問題によるものです。もしも、帝国がトオル様に敵対するようでしたら、このカテリーナ。身命に変えましても王国へ向かい、トオル様の力になるよう懇願致します」


「カテリーナさん……」


 カテリーナさんのそのセリフに僅かに勇気づけられるオレだが、「そんな心配は必要ありませんよ」と震える彼女に声をかける。

 そうだ。仮にそんな事態になったとしても、オレにはケルちゃんやセバス達がいる。

 一国と戦うのは正直避けたいが、それでも避けられないのなら……。


 そんなオレ達の前に一人の男が近づいてくる。

 傍らには数人の騎士達を連れて、その身なりは明らかに貴族か王族、それらに属する高貴な立場であるとすぐに理解できた。


「やあ、はじめまして。君がこの街の領主かね」


 その男は金の髪に荘厳な衣装をまとった派手な人物。

 しかし、その派手な衣装が男の外見に非常に似合っており、いわゆる衣装負けしていないある種のカリスマ性を感じさせた。


「……あなたは?」


「申し遅れた。私の名はカイネル。シュナーデル帝国の皇帝だ」


「!? あなたが、皇帝!?」


 思わぬ青年の名乗りにオレだけでなく、隣にいたカテリーナさんも驚く。

 身分の高い人物であろうとは思ったが、まさか皇帝が直々に来るとは……。


「これは驚きましたね。一国の王がわざわざこんな辺境の街に足を運ぶとは」


 一方のセバス含むケルちゃん、メイド達の態度はいつもどおりの冷静さであり、むしろ相手が皇帝であろうと「それが何か?」と言わんばかりの威圧感があった。


「いや、実は先日の非礼を直接詫びたくてね」


「非礼……?」


「そう。聞けば、そちらの王国の民が発見したダンジョンを私の部下が独断で奪い、これを独占したと聞いた。これは許されぬ横暴だ。そもダンジョンとは先に見つけた者に探索の資格がある。にも関わらずそれを横から奪い、独占するのは帝国市民としてあるまじき暴挙。その非礼をお詫びいたします。カテリーナ姫」


「……っ」


 そう言って皇帝を名乗った男はカテリーナさんに対し、素直に頭を下げる。

 あれ、この人、意外といい人というか物分りがいいのでは?


「……とはいえ、先にも申した通りダンジョンとは本来、万民に広く使われるべきものでしょう。自らの領土にあるダンジョンならともかく、そうでない自由地帯にあるダンジョンを国一つが独占するのはあまりに勝手というもの」


 だが、すぐさまカイネルはオレやカテリーナさんに対し、そう非難めいたセリフを吐いてくる。

 なるほど。そういうことか。


「分かりました。ようはあの塔のダンジョンをオレ達が独占しているのが問題なのですね? それなら問題ありません。もとよりオレ達は帝国とも共有できないかと話を持ちかけました。ですが、あのブルズンという帝国兵にダンジョンの返却、共有すら断れ、そのためこちらも致し方なく、あのような手段を取りました。それに関してはこちらも謝罪いたします。ですので、そちらがお望みであればであれば、帝国側にも塔を使えるようにいたします。無論、その前に一度こちらの王国側の代表であるカテリーナさんと話し合ってもらう必要がありますが……」


「ふむ」


 オレからの提案に対し、興味深そうな目を向ける皇帝。

 おそらくはこれがこの人の狙いなのだろう。

 だが、それならそれで構わない。言ったとおり、オレとしてはまずダンジョンの共有から帝国と王国の橋渡しをし、二つの国が争わないよう介入できればと考えていたのだから。これはそのいい一歩につながる。そう思い、相手の返答を待つが――


「いや、結構。そちらの王国と仲良くダンジョンを共有する気はない」


「はっ?」


 と皇帝は思わぬ拒絶を口にする。

 どういうことだ? それじゃあ、さっきと言ってることが違う。

 そう思い困惑するオレであったが、次に皇帝が提案した内容に思わず息を呑む。


「だが、そうだな。共有を許してくれるのなら、ホープの領主よ。君が持つダンジョンの共有を我ら帝国にも許可して頂けないかな?」

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