第7話 ソワ視点・宿の部屋の一角にて

「⋯⋯それにしても、お主はまた恐ろしいものだ。」

 シナさんが苦い顔をしてそうつぶやいた。


「やったものしょうがないではありませんか。」

 それに対してハオはそう何もなかったかのように答える。

(⋯⋯しょうがなくないんだよなぁ⋯⋯。)

 こう私が反射的に考えてしまうのも仕方ないものだ。というかそんなこと考えない人はハオと信時君以外はいないと思う。

 ただいま私たちは、さっき出て行ったばかりの宿にいる。いまだに他の建物の陰に入ってしまい、少し薄暗く少しじめっとしているジュラスト王国西大通の宿で、またハオ、エリナさん、少女、そしてシナさんがそろった。(もちろんまだハクさんと馬はハオの体の中に溶けたままだ。)ただ、出かける前の状態と比べてみると、少し暖かい空気に包まれている。エリナさんの笑顔の方も少しばかり自然なものになった気がするのだが、気のせいだろうか。


 結局、私とハオ(それになんでか知らないけどあの女の子)で行ったシナさんを取り戻しに行くという名目の城攻めを、わずか2時間足らずで終わらせて帰ってきてしまった。てくてくと帰ってきた私たちに麻酔が切れて起きたのであろうシナさんが

「⋯⋯どうであったか?」

 と平然と私たちに聞いてきたのもかなり驚くものだったけど、その結果をシナさんに聞かせたときのシナさんの驚きようを見ると、こっちの話もだいぶ信じがたいものだったのかもしれない。




「⋯⋯『蘇生そせい』。」

 さっきまで強風や業火の音で辺りを揺らしていた王室がとうとう与えられた静寂を、ハオの声が破った。王室ごと取り囲んだ巨大な水の玉が淡く光りだす。その光は明るく適度に乾燥している森林の木漏れ日さながらだった。


 さっきまでハオと私は国のトップとその部下との戦いを繰り広げていた。最初は部下のほう・ウベリアス。その戦いは結局ハオの不戦勝(私の乱入&私の勝利)に終わった。その後のジュラスト王もハオが何とか倒して、ハオが2回とも勝ってしまったのだ。

 その後ハオは、ハオの絶対的強さを誇るSSサポートスキル蘇生そせい』で、なんとジュラスト王どころか王室まで、さらには跡形もなくなっていた⋯⋯というか私の攻撃で骨すら残さずに燃え尽きていたウベリアスまでをも蘇生させた。「立つ鳥がなんとやらのあれです。」なんてハオの方は言っていたが、その後、「さて、シナさんを返していただきませんか?」と笑顔で迫っていたところ信用できないところがある。もちろん私がそんなことを考えていたこともハオの『テレパシー』でばれてしまい、それ以上の笑顔で迫られたときには恐ろしい寒気が私を襲ったが。

 ちなみにさっきコテンパンにぶちのめされたジュラスト王は完全に怯えきっていて、これはこれは盛大にこの写真または動画を撮って国中にばらまきたくなるほどだった。ジュラスト王とウベリアス両方が口をそろえて「返します!返しますからぁ!!」って言っていたところを見て、私は我慢できずに腹を抱えてしまった。ついでに言っておくと、こんな感じのハオのやり方には頭を抱えてしまった。



 一旦回想から戻ろう。

「⋯⋯ついでに聞いておくが、それは『アイム』様ではないか?」

 シナさんが首をかしげて指をさす方、私の左肩の上あたり、そこに浮かんでいる小さな悪魔。その小悪魔は顔を盛大に綻ばせて、にへへと笑う。


 容姿は普通に悪魔である。⋯⋯という説明で終わらせるわけにもいかないので説明しておく。

 さっきのジュラスト王の格好のように蛇にまたがっていて、その上に小さな女の子が乗っているようだ。肌の色が薄くピンクがかかっていて、額に二つの星が輝いている。服装はミニスカートらしき物を穿いていて、上半身に来ているのは何かわからないけど、割とギリギリな服装だ。髪の毛は濃い方のピンク色のふわふわなウェーブのかかったロングで、その両側からは赤い三角耳が突き出してピコピコ動いている。そして、その悪魔の右手に、体の癪に合わないサイズの大きな杖を握り、その先端についている大きな二つのリングの中にある深紅の球体では、真っ赤な炎がナウで燃えていて、辺りを少しばかり明るく照らしている。


「様は余計だヨー。」

 ちょっとばかり特殊なイントネーションでその小悪魔⋯⋯ほんとは26の軍を従える大侯爵とかいうかなり強い悪魔⋯⋯、『アイム』は杖をビシッとシナの方の向けて答える。顔をクシャッとして見せる天真爛漫な笑顔やどこか子供を思わせる仕草を見ているとなんか微笑ましい。

「それは失礼しました。では、なぜここに?」

 シナさんが丁寧な受け答えをしていく。この人はここにどれくらいいたのだろう、この敬語の適応力はかなりのものだと思う。

「気に入ったんだモン。このソワって人、気に入ったノ。」

 アイムは少しくすぐられるような口調で答える。それを聞いて「ソワ殿が?」と言わんばかりの視線を私に向けてくる。シナさん、私の方も気にいられるとは思っていなかったんだが。



 さりげなくまた回想である。

「ちょいちょい、そこのきミー。」

 ハオが『立つ鳥がなんとやらのあれ』をしてその他私たちで後片付けを終え、ガタガタしているジュラスト王とその配下にシナさんについての了承を取ったうえで、さあ帰ろうと思ったところで、誰かから声がかかった。ちょうどジュラスト王にハオが

「⋯⋯では、またどこかで。」

 なんて帰り際の挑発をかまして背を2人がシンクロして向けたところで背後から声がかかったので、2人がシンクロして後ろを向いた。しかし⋯⋯

「⋯⋯いませんね。」

「⋯⋯今誰が声かけた?」

 私たちが見たところ王室の玉座側の壁にできた大きなクレーターのところでガタガタしている王と配下を除いて、特に変わった点はなかった。そのちょっと滑稽な光景も含めてさっき見たまんまの景色だし⋯⋯。

「⋯⋯空耳⋯⋯でしょうか?」

「うーん⋯⋯そういう訳ではないと思うんだけど⋯⋯」

 私たちが首をかしげながら、さらにまた2人がシンクロして前を向きなおしたところで、

「きゃ!」

「ひゃ!」

「⋯⋯その反応はひどいヨー。」

 その悪魔は現れた。私たちの目の前に。ほんとに目の前に、私の目線の高さで30センチくらいの感覚をはさんで目の前にふわふわしている⋯⋯。⋯⋯誰だ?

「⋯⋯反応も何も⋯⋯。」

 そうは言いつつも私はそう口ごもる。かなり急で思考が回り切っていないのもあるし、確かに出合い頭に驚かれるのは嫌だし悪いことをした気にはなっているが、それでもまぁもう少しさ⋯⋯

「⋯⋯もう少しましな登場の仕方はありませんでした?」

 といった私の考えを、付け足してハオが代弁してくれた。ナイスフォロー。

「いいでショー別ニー。」

 そう言ってほんとに私の目の前でふわふわしている悪魔は少し拗ねて見せた。イントネーションが時々外国語風になるのが、なぜかALTの先生が片言で日本語をしゃべっているような姿を連想させられる。ただ、その蛇にまたがる悪魔にデジャヴっているのは私だけだろうか?

「⋯⋯『アイム』様ですか?」

 いや、私だけではなかったらしい。ハオの方もそういったものを感じていたらしい。

「あってるケど、様は余計だヨー。」

 私の目の前の小悪魔⋯⋯アイムが唇を尖がらせて答えた。別に余計じゃない気もするけどな。

「それは失礼。で、なんで私たちのとこに来たの?」

 そう言って私は文字通り首をかしげる。そもそも何を隠そうあのジュラスト王vsハオの戦闘を見るにアイムはどう考えてもジュラスト王のもとにいるはずだ。

「だってジュラスト負けちゃったシ。ジュラスト弱いシ。」

 アイムはそう平然と答える。

「いや、あれはジュラスト王が弱いんじゃなくてハオが強いんだって。」

 私は間髪入れずにそう突っ込みを入れる。しかしそれを聞き流すように続けて⋯⋯

「それに、⋯⋯」

 なんて笑顔で話を続けようとしている。多分悪気はないんだろうけど、これはこれで傷つく。ところが、

「それに、ソワ気に入ったんだヨー。」

 こう即座に傷を癒しにかかられるとこれはこれで困る。反応に。急に褒められて、つい「へ?」なんて間抜けな声を出してしまった。

「まぁ強いですもんね。」

 すると今度は今まで会話に参加していなかったハオの方が追い打ちをかける。急にどうしたあなたたちは。

「ハオ、お世辞はいいから。」

 とりあえず冷静に突っ込みを入れておいて⋯⋯

「⋯⋯でもなんで?」 

 アイムの方に向き直ってもう一度訊く。

「あのウベリアスへのやつすごかったジャン?」

 あぁ、私のASアタックスキル放射バースト火燕飛矢フレアロスト』のことか。


「だから、体をいただこうと思ってネ。」


 急にアイムの声が太く低いものになった気がした。サラッと聞こえたのは文字通り悪魔の発言だ。私の耳が悪くなければそうだ。

「「はい?」」

 隣のハオも耳を疑っているようだ。何を言っているかさっぱりわかんないという顔で訊き返す。

「そんな恐ろしいものじゃないヨー。」

 すると今度はアイムの方が少し慌てて訂正する。

「でも、『対価』には変わりないんだけどネー。」

 アイムがまたそんなことを言い出した。ここまでくると訂正どころか自首である。

「あ、やっぱり悪魔発言だ。」

「あ、やはり悪魔発言ですね。」

 私とハオが口を揃えてそう言う。別にこうなるのも無理はない。なぜなら、今まさにここでがっつりドストレートに悪魔の提案が来ているのだから。

 それを聞いて私は、

(あぁ、異世界に来てとうとう悪魔に魂を売るのかー⋯⋯。)

 なんてのんきにそんなことを考えている。

「だーかーラー!違うってバー!」

 アイムがなかなかに特殊なイントネーションで声を大きくする。頬を膨らますアイムは、どこか拗ねている幼稚園児を思わせる。かわいいなぁ。

「対価って言ってもそんな大したことじゃないかラー。」

 アイムは頬を膨らましながらという器用な状態で話した。ところが、

「まぁ対価っていうぐらいですから、体がどうこうとかじゃないんですか?」

 と、すかさずハオが矛盾商人暗殺用舌剣を振りかざす。なんということだかこの恐ろしい暗殺者アサシンは。ところがところが、

「そうソウ。わかっているネー。」

 なんてことをアイムが言うので血の気が引くと言ったら⋯⋯。

「⋯⋯え?」

 心の底からその言葉が漏れた。自分でもこの一音にここまで感情を噛められるのかとびっくりしたくらいに。


「でもそんな恐ろしいものじゃないヨー。ハオは半分ずつ当たりで外れだネー。」

 そしてさっき私に死刑宣告した時の口調と何一つ口調を変えずにショックを起こしている私に話した。私とハオと、両方がアイムを見る。


「いまぼくが求めているのは、体の共有だヨー。」

 人差し指をぴんと立ててアイムがわざとらしく説明する。

「からだの中と外を行き来出来テ、体調や栄養状態を共有するンだヨー。」

 私は、あれ?と首をかしげる。なんか聞こえがいい。思っていたのと違う。

「その代わり、ぼくはソワに戦闘能力と知恵を与えル。どウ?」

 アイムがまじめな声(それでも上ずっていて、冗談に聞こえたりはする。)での説明を終える。

「割とよさそうだけど⋯⋯。」

 私は少し心配になってハオの方を向く。いくら条件がよかろうと悪魔は悪魔だ。ところがハオの方も少し思案するようなしぐさをすると、

「⋯⋯アイムは72柱のうち上から23柱の悪魔です。26の軍を従える大公爵で、たまに嘘をつきますがそれでもかなりの知識量を持っています。『テレパシー』で見たところ嘘はついていませんし、そもそも悪魔は、対価をしっかり払えば善となるものです。⋯⋯別に問題はないように思えますが。」

 こんな感じでしっかり解説した後のまさかの質問返しを鮮やかに決めてくる。


 ⋯⋯さて、どうするか。


 まぁただ、戦力を持ちたいのも確かだ。でも、信じていいのだろうか?

 ⋯⋯まぁいいや。

「⋯⋯いいよ別に。割と好条件っぽいし。」

 私は普通を装って答える。半信半疑ではあるけど、ただ仲間が増えるのはうれしいものである。

「よろしくね、アイム。」

「オウ!」

 そして笑顔を交わした。


 私の中に『爆炎の使い手・フレスト』と『アイム』が加わった。



「⋯⋯というわけで、私の使い魔のなったの、アイムは。」

 そう言って私はシナさんの方に左手の甲を見せる。

「ほぉ、これが『アイムの紋』か。」

 シナさんがあごの手を添えて呟く。これを見たところ初めて見るらしい。

 2重の円の中にラテン数字で23とあり、毒持ちの大蛇と松明をかたどった模様が成されている。私とアイムが「よろしく」という掛け声を言い放ったところでなぜか日照り手の甲にプリントされたものだ。私も見るのは初めてだが、なぜだかとても貴重なものを見た気がして、それ以外の理由もあり嬉しい。

 それをぼんやりと眺めていると、不意に隣から声がする。


「わぁ、すごい人の量。」


 ハオが窓の外をのんきに眺め、ポッソリとつぶやく。シナさんがベッドから体を動かし窓の外を見て、「うわ⁉」と声をあげる。何だろう。


「ハオ!出てくるがよい!」


 ウベリアスの声だ。まさか⋯⋯

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