第9話 ハオ視点・宿の集まりにて
《1》
「これまたド派手にやられましたね。」
わたしがぽつっとつぶやくと、
「誰がしたというのだ、ハオ殿。」
シナさんが嫌味に近い感覚を思わせる視線を向けてきます。イヤミったらしくぐちぐちというような口調⋯⋯全くひどい話です。
何とも驚いた話でした。まさかあのウベリアスの動きも、ジュラスト王の権力も、非合法的だっただなんて。
住民の話によると、かの王、ジュラスト王はただの汚職政治をしていた大臣程度(程度とはいえかなりの権力を持っていたそうですが。)のものだったそうです。その時の王を濡れ衣で逮捕し、その後は口封じを行ったそうです。
エリナさんによると、ここはかなりの古い時代から剣舞等の武道でその幹部を見極めていて、その中から住民の押しの強い人を王にするという制度だったのですが(つまり、信時さんの世界で言うところの「投票」のようなものをしているようです。)、その前の王がこの国の最高法規として新しく制定した法律の裏の裏の裏を突き、その王を引きずり下ろしたそうです。その時に最大限協力したのがウベリアスさんだとか。
で、この後長きにわたり独裁政治が行われてきたのですが、それでもこの大都会ともいえるジュラスト王国が崩れなかったのは、ここの科学技術のリードによる収入の大きさ故だそうです。
「気分はどうです?ジュラスト⋯⋯王?」
「やめてくれよ、もう王ではないのでな。」
鉄の棒の区切りを境にわたしとジュラストさん(元王)は話します。ジュラストさんは少し子供っぽく、でも疲れた感じではにかんで見せました。
私の連れの方々⋯⋯というか全員はこの城への入場許可が下りなかったですので、他の方々は外で待機してもらっています。多分西大通の宿の方に帰ったと思いますが。わたしが入れたのは、
⋯⋯でいま、このかなり湿気のこもっていて、日の当たらないせいか体感温度の低い石造りの監獄にわたしは来ました。私が手持ちで運んできた⋯⋯もちろんわたしの
「この野郎、覚えていやがれ!!」
なんてわめいて止まらなかったので世間話をするのはやめていましたが、ジュラストさんの方は、
「久しいな。」
なんて声をかけてきました。これはこれで怖いのですが。というか久しいも何もさりげなく最初にあって、戦ってから数時間しか経っていませんよ。
「⋯⋯で、シナを連れてこの国を出るのか?ハオ殿。」
ジュラストさんはわたしに問います。どこか穏やかなのがなんか不思議でした。
「えぇ、そうするつもりです。」
わたしは先程の戦いのときのように答えました。するとジュラストさんはわたしの方に近づこうとしました。ジュラスト王の両手についている鎖が重苦しい音を立てます。
「話をするには微妙な距離だなこれは。」
ジュラストさんがもう少し近寄れないものかと少し思案し、その両手の鎖を引っ張ったりしてみて、そしてあきらめてこちらのほうに顔を向けました。
「とは言えども、話すことなど何にもないのだがな⋯⋯。」
ジュラストさんが自嘲するように笑みを見せます。ちょうど、フフッという感じで。
「国からの援助金が入るはずだ、こんな国にとってかなり栄誉なことをしたのだからな。それの中には、我の貯めていた金を入れておくように手筈してある。それを有効活用するのだぞ。ハオ。」
ジュラストさんはその笑顔のまま、語り掛けるように言いました。というか、さりげなく権力をまだ持っている件について⋯⋯大丈夫かなぁ⋯⋯?
「わかりました、大切に使わせていただきます。」
わたしはそんなことを人の話を聞きながらも考えつつ、とりあえずこう返しておきました。
「ところで⋯⋯」
わたしは、こうさっくりと話を変えました。これから、この世界で生きていくうえで訊いていきたいことは、この方に訊いた方が良い気がしたので。まぁ何を隠そうここの王だったんですし。
「今から二つ質問します。『はい』か『いいえ』で答えてください。」
「いいだろう、どうせ暇なんだ。」
ジュラストさんは本当に暇そうにすぐに了承します。
「では1つ目。⋯⋯『精霊狩り』は、この世界で当たり前ですか?」
これはあの女の子に関する質問です。耳の形だけであの仕打ち(シナさんがやってたあれの事です)は元の世界ではありえない話ですから。
「あぁ。ごく一般的な話だ。『
なるほど、これには裏はないな⋯⋯とわたしは考えます。エリナさんが言う通り、かなり普通の話らしいです。『テレパシー』などを駆使して、ジュラスト王国の住民が、今日拾ったその精霊⋯⋯だと思われるその女の子についての感情を覗き見したうえでの結果も踏まえた上で。
「⋯⋯わかりました。では2つ目。」
少し考えつつも間髪を入れずに次の質問です。
「⋯⋯『魔女狩り』も、この世界では当たり前ですか?」
こちらの方はソワさんに関する質問です。あのシャングさんの話していることを疑っているわけではありませんが⋯⋯ただ信じられない話ではあります。
「あぁ。それの方がむしろ多い。特に『
ジュラストさんがさも当然かのように言います。そのソワさんの口から聞いたそのジョブの名前をジュラストさんの重低音で再生された瞬間の悪寒はなぜか、知っていたはずなのに凄まじいものでした。
「ありがとうございました。」
わたしはその感情を隠すようにそういいました。
「もういくのかい?」
ジュラストさんの木の抜けたセリフが帰ってきました。仕方ないではありませんか、ジュラストさん。
「⋯⋯まぁいい。仕方のないことだ。」
ジュラストさんがそう言って壁の方に体を動かします。また鎖の音があたりに反響しました。重く冷たい音が反響しました。
「気をつけろよ。」
ジュラストさんがそういうので、
「気を付けろも何も、わたしは不死身なんですよ。」
そう軽く返しておきました。
それからは何も話さずにそのままわたしは水蒸気になりました。
(「『
脳内で反響するジュラストさんの言葉。
(……現在進行形で一緒に旅しているのですが、どうすればいいでしょうか?)
そんなことを考えていました。
《2》
「⋯⋯悠長過ぎない、ハオ?」
その後、わたしが『状態変化』で監獄内に入ったことを明かすと、不機嫌な顔をしながらソワさんはそう言いました。
「別にそんなことはありませんよ。必要な情報を輸入してきただけです。」
わたしはそれには何も言わずに、何事もなかったかのように返しました。
⋯⋯すうぅぅーーーー⋯⋯。
あの女の子の間抜けな寝息が、エリナさんの膝の上から流れてきました。
「⋯⋯で、わたしがいない間に役人さんからお金が持ってこられて、それを受け取ったんですね。」
わたしが先程の宿に戻ってきて、ベットの上に腰を下ろし大体の内容を聞いて、この中にジュラストさんのお金もはあっているのでしょうか?とか思考を巡らせつつ、そういう風な解釈をすると、
「それで、ハオ殿はジュラストにこの世界の状態を聞いてきた、『精霊狩り
』も『魔女狩り』も実在どころか普通に存在した⋯⋯。まぁ我は普通に知っていた、というか過去の歴史でも普通のことだぞ。」
ベットに寝ていた状態から身を起こしている。シナさんが真似てそう言いました。わざわざ寄せなくていいです、シナさん。
「それで、どうするの?我ながらかなりめんどくさい立ち位置にいる気がするんだけど。」
ソワさんがそう問いかけると、
「ここを早めに出ることをお勧めする。」
シナさんがそう言いました。
「えぇ⋯⋯。」
ため息混じりのわたしの怠惰な口調に
「えぇではない、ハオ殿。」
シナさんの一括。わたしの「えぇ⋯⋯。」にそこまで反応しますシナさん?割と強いですね口調が。
「多分私も同じ意見です。」
割と口調が強くて「うぅっ⋯⋯」というような顔(をしているであろう)のわたしをよそに、その奥、この部屋の端の椅子の上で、膝の上であの女の子を子猫の様に寝付かせているエリナさんが、その寝息に耳を澄ませながら言いました。
「最初のあれを見た限り、連絡が言ったのはシナさんのところだけのようですが、なんせ『
深刻なエリナさんの顔には、その心配以外のものが見えました。先程も『魔女狩り』という単語にかなり敏感になっていました。まぁ、このことについてシナさんと話していたようなので、大体はシナさんへの『テレパシー』で把握済みなのですが。
「でもまぁ、今の状態ならここでの買い物ぐらいはできると思いますが。」
エリナさんがそう付け足しました。
「あぁ、それ結構重要だよね。」
わたしの隣に座っているソワさんが、そう口をはさみました。
「ですね。そこの女の子の方の食べ物とかも必要ですもんね。⋯⋯あ、あとシナさん用の分も。」
そうわたしが言ったところでシナさんが少し驚いた顔をしましたが、すぐに元に戻して、
「⋯⋯あぁ、エリナ殿が言っていたな、ハオ殿も『テレパシー』持ちだったのだな。」
そう溜息を吐くようなしぐさで言いました。その後に、
「なんだかなし崩し的になってしまって申し訳ないな、ハオ殿。」
と付け加えました。
「まぁいいではないですか、別に。」
「そうだよ、大歓迎だよー!」
わたしとソワさんが口を揃えて言いました。
「⋯⋯ハオさん。」
少し騒がしく、ではなく、にぎやかになったところで、深刻そうなエリナさんの声がその場を止めました。
「少し来ていただきませんか?こちらの方に。」
エリナさんがそう言って、手招きはせずに口だけで招きます。わたしは弾力性のあるベッドから立ってエリナさんの方へ足を運びます。そのなんだか悲しそうなエリナさんの顔は、床の少し軋む音が何にも邪魔されずに聞こえるほどこの場を静かにさせました。
「すみません、出かける際に取り乱してしまって、あと、色々と⋯⋯『テレパシー』とか⋯⋯」
「あぁ、いいですよそんなことくらい。」
泣きだしそうになるエリナさんを泣かせまいと慌てて言うわたし。
「⋯⋯理由はシナさんを介して伝わっていると思います。ですので、お願いを⋯⋯一ついいですか?」
エリナさんがそう言い、私の方に手を向けました。私はその掌の上に自分の左手を乗せました。そのごつごつとして重く冷たい青龍の鱗を介して、エリナさんの小さな手の温度が伝わってきました。
「⋯⋯スキル継承『
その温度が、ほのかな光に変わるように見えました。その手から光が出で、それが私の左手を包みました。
ケータイが着信を知らせる振動を伝えます。おそらくスキル追加のお知らせでしょう。
その光の中に、エリナさんの涙の色と、エリナさんの笑顔の色が見えました。
その光が消え、わたしは視線をエリナさんの手から顔の方に移し変えました。エリナさんは少し頬を震わせ、目を潤わせていました。その目をわたしの方に向けて、口を開きました。
「私はこの後、ここの仕事を済ませてガルドシティに帰る予定です。あなたたちはこの後ジュラスト王国を離れて旅を再開して、いずれ『
「⋯⋯私を、忘れないで、ください⋯⋯!」
「⋯⋯分かりました。」
この瞬間でしょうか、エリナさんの小さな手から伝わったこの生きている証にも似た温度こそが、この世界の意味の一つだと思いました。
《3》
その後、わたしたちは出国手続きを終え、またハクさんの上にまたがって走行を再開しました。
「⋯⋯めちゃくちゃ暇だったんだぞ、このやろう、全く。大体なんで俺をてめぇの身体なんざに放……(以下略」
ハクさんの愚痴を延々と聞かされています。先程からずっと、長々と。
「そういわれても、こっちも大変だったんだよ?」
わたしの後ろからソワさんの抗議が聞こえます。
「それにガルドシティの時に比べて、二人分ぐらい重くなっているんだが?」
その次のハオさんのわざとらしい愚痴には、
「重くて悪かったな、ハク殿。」
そのまた後ろ、荷物を入れる箱の上にあおむけで寝そべっているシナさんが応じました。
こうまたにぎやかな会話が、先程出国してからずっと、この草原に響いています。まぁでも、大体がハクさんが切っていく風と共に後ろに流されていました。わたしの前方座席の両手の間、あの女の子は、
「⋯⋯。」
何も話すことなく、周りの景色を楽しんでいました。そういえば、わたしとウベリアスとの戦いのときに、ソワさんに戦闘のアドバイスをしていたそうですが、そのことについて聞くのを忘れていましたね。それもしないと。⋯⋯あと、そろそろこの子の名前が欲しいです。呼ぶときの勝手が悪いです。
緑の中を、白い狼がかけてゆきます。心地よく鳴り響く草原の鈴はとてもきれいですが、このにぎやかな空間をかき消すには至りません。
ただ、そこに流れる疾走の風は、それ以上に私たちの背中を押してくれるものでした。
きっとエリナさんの背中もわたしたちが共有している全く同じ風が吹いていることでしょう。きっとそうです。
そうでなければ、この世界の『記憶』の意味はなされない。そんな気がしました。
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