第8話 シナ視点・西大通宿の前にて
「ハオ!出てくるがよい!」
全く、先ほど言っていたハオ殿の話は何だったのであろうか。
我は先程ハオ殿との決闘に敗れ今は西大通の宿にて休んでいる。ついさっき起きてすぐエリナ殿の悲しい話を聞いてこの世界を憎んだ。ただ、この時の考え方に我は少しパニック半分疑問半分で混乱している。それもそのはずだ。我は考えもしないことを考えたからだ。
(やはり、『神』という名が我のもとに少しばかりあろうと、神など本当は存在しないのか)
ここまでは普通だ、いくら考えが固くてもこれは出てくる。しかし我ながら驚いたのは次の方だ。
(⋯⋯この世界にも⋯⋯神はいないのか。)
そう、まるで我自身がほかの世界にいたかのようにそういうのだ。全く我ながらおかしいことを言う。我も記憶がおかしくなっているのか⋯⋯と思ったが、そもそもそのいわゆる『
『ハオ』という凶器のような強さを誇る絶対零度の異端児が。
ハオ殿の目の色は藍色。そこらあたりではなく空気の澄んでいるところで星とともに移る夜空の色だ。しかし、その中にある瞳の色は、そのはるか奥、宇宙のさらに奥をも見据えていそうな、吸い込まれそうは深淵の黒。その瞳に感情やら生死やらの話は通じなさそうな、『命』を宇宙のみなしご⋯⋯というか細かなうえに細かな塵のように見ていそうな、全ての感情を無視していそうな冷酷な目。
しかし、その奥に何かしらの裏があることは明白だった。あの深淵の黒の奥深くに2人目の人格がある、なぜならあのハオ殿は『
しかし結局、一瞬たりとも『この世界にも』と考えた我の無視はできぬ。
その我こそまでも『
⋯⋯わからない。何がどうなっているのだ。
「シナさん?」
急に話しかけられてしまい、体を大きくビクッとさせ驚いた。危なく「ひゃう!」なんていう間抜けな声を漏らしてしまいそうになった。
「⋯⋯あ、あぁどうしたのだエリナ殿?」
一応答えておく。
「そろそろ、ハオさんたちが帰ってくるみたいです!」
すっかり元気に装っているエリナ殿の声が部屋に響く。この声もさkほどとは比べ物にならないくらいには明るくなっている。
「⋯⋯あぁ、『テレパシー』で分かるのかエリナ殿は。」
「はい!」
とりあえずそう答えて、
「我はどれくらい寝ていたのだ?」
そう問いかけた。エリナ殿は壁につってある時計に目を向けて、
「えっとー⋯⋯、20分くらいでしょうか?」
エリナ殿が答える。今は午後の1時頃。昼飯をまだしていないな⋯⋯。といったのんきな我の考えはこの後すぐに思いだす事実に粉砕される。
「⋯⋯あれ?」
そう何かを思い立って。我は袴の左のポケットからケータイを取り出す。これは軍部のもののみ使う、いわば業務用だ。その着信履歴を確認する。
「⋯⋯起きてからどれくらいだ?」
何か嫌な予感を覚えつつ我はエリナ殿に再度問いかける。
「えっと、30分くらいです!」
エリナ殿はいつも通り答える。
「⋯⋯これは恐ろしいなぁ⋯⋯。」
そして着信履歴を見て大きくうなだれる。
⋯⋯通報、ハオ殿との決闘のコングになったこの電話は、12時55分だ。
つまり、この後ハオ殿に会うまでが5分、今までにエリナ殿と話した時間と寝てた時間は50分、我とハオ殿の決闘は10分で終わって、その後の城攻略も50分で済ませている。あまり正気とは思えない時間だ。
「手際がいい方がいいではないですか、シナさん。」
「うわぁ!!」
唐突に別の声が混じったと思いきや目の前にハオ殿が立っていた。後ろにはソワ殿と我がハオ殿と会う直接的原因になったあの女の子もたっていた。
「⋯⋯いつからいたのだ、ハオ殿⋯⋯?」
「今来ました。悪いですが、今までシナさんが考えていたことは全部わかりますからね。」
「⋯⋯そうか、すまない⋯⋯。」
完全に撃沈、いや、轟沈である。
「⋯⋯それで、どうだったのだ?」
気を取り直して我は問いかける。後ろ手はソワ殿が驚くような顔をしている。我も心底驚いていた。何を隠そうこの内容の話は、我の主の戦いの話である。それを敵に聞くなど言語道断なのだが、それにしてのなぜだろうか。こやつならよい気がした。
「⋯⋯えぇ。⋯⋯」
ハオ殿も遅れて反応して答える。ハオ殿の場合顔には出ていないが、少しばかりは驚いているらしい。
⋯⋯ここからは、前話につながるらしいので我の回想はここまでとしよう。
さて、最初唐突に話をそらしてしまったが、話はウベリアスだったか⋯⋯。
「⋯⋯倒したのではないのか、ハオ殿?」
我は心底呆れてハオ殿に問いかける。
「⋯⋯わたしは一応後片付けはするようにしています。」
そうハオ殿はそっけなく返事をする。どういううことだかさっぱりわからないぞハオ殿。
「戦い終わった後、跡形もなく『
ソワ殿がそう続ける。なるほどそういうことか。というか、ハオ殿は高度な
「⋯⋯仕留めてきますね。」
ハオ殿の行動で呆れたり感心したり忙しい我は、そう言って突然部屋の窓を開けてそこからばっ!と音を立てて飛び降りたハオ殿にさらに驚かされる。
「お、おい!」
「ハオ!?」
我とソワ殿が声を揃えハオ殿をとめようとするも時すでに遅く、ハオ殿がこの宿屋の前にごった返しているウベリアスと
「「⋯⋯はぁーーーーーーーーーー⋯⋯。」」
2人揃って伸ばし10本分のため息ををついた。エリナ殿はもう慣れたらしく、
「なんか⋯⋯2日しか見ていませんが、ハオさんらしいですよね⋯⋯。」
と苦笑いを浮かべている。いつの間にかその膝の上にあの女の子を収めて頭を撫でているあたりは、やはりベテランである。女の子の方も既にうとうとしてきている。
ついでに言っておくと、今飛び降りたハオ殿の口端がなぜか妙につっていたように見えたのは我だけであろうか。
「ハオ⋯⋯だったかな?君を逮捕する。」
上から気づかれないように我は用心して窓から下を覗く。
その上からソワさんが鏡餅になるように乗って下を見る。「少し重い故どいてはくれぬか?」等とは口が裂けても言えない。
少し話がそれてしまったが、下でハオ殿に向かってウベリアスはそんなことを言った。もちろんハオ殿の反応は、
「これはまた唐突ですね。」
これである。正直、まったくもって同感である。
「えっと、まさか知らないというのですか?」
ウベリアスがそうハオに問いかける。
「傷害罪ですか?それでしたらそんなもの存在しないようにしましたが。」
ハオ殿はそう棒読み口調で答える。おそらく今の言っていることはハオ殿の
「いいえ、まさかそんなことは問おうとしていません。」
ウベリアスはそう顔色を変えずに答える。その顔色というのは、薄く肌寒い笑みを浮かべるイラっともぞくっともさせるものである。こやつの
「あなたの罪は、
その言葉に誰かが過剰に反応したのは顔を動かさなくても分かる。
顔色を変えたのは我やハオ殿も間違いではないが、それ以上に反応したのは⋯⋯
「⋯⋯!」
エリナ殿だった。エリナ殿が硬直しているのが見ないでも分かる。目を見開いているのが、そこから流れ出るものはすでに枯れていて、この苦しみが水に溶けて見えなくなったりしないということさえ、手に取るように分かった。
「へぇ、」
ハオ殿が答える。少し下の方に視線を落としている。どこかで重いものを持っているのは確かだった。しかし彼女の口調は、それを軽々と飛び越えそうな軽快さを持つ『嘲笑』。これにビクッとしているエリナ殿の反応は言うまでもない。
「何を言っているのかさっぱりなのですが?」
ハオ殿がその視線を動かさずに、その言葉をつづける。
「いえ、だから。あなたが行った罪h⋯⋯」
ウベリアスがこう嘲笑うように説明をつづけようとしているが、それを遮るように、
「⋯⋯わたしはここの法律は知りませんが、」
ハオはそう口を開いた。その嘲笑の口調から怒りのようなものが見える。
「私はこの罪は無き最高法規に違反しているように聞こえるんですよ。」
この言葉があたりを包みみんながあざけ笑おうとした。「何を言っているんだ!」「こいつ頭が⋯⋯!」といった具合で。ウベリアスも同じ対応をしようとしたのであろう。それを制止させたのはやはり凛としたハオ殿の言葉である。
「わたしは親のいない子を連れてきただけです。その子を助けて何が悪いんです?それはただの⋯⋯」
その言葉がだんだん
「⋯⋯『人道』違反ではないですか。」
巨大な力となったもの。
ザッ
その言葉を境にハオ殿は足を前に出す、その瞬間に空気がビリッと揺れる気がした。
ザッ
ハオ殿が足を進める。一歩一歩丁寧に。一歩足を踏むごとにザッと足音がするほど辺りは緊迫していた。静かなる恐ろしさはこういうことだと唐突に思った。
ザッ
足音にエコーを感じさせる響きがある。一歩一歩がズシリと重い。街の人々はそれに対して対応ができるわけがなく、尻餅をついてまで後ずさる人さえいた。
ザッ
我も硬直している。勿論上のソワ殿も動かない。このあたり一帯だけ気圧が上がっているような気分だ。
ザッ
ウベリアスの方も完全にダメである。さっきの笑顔(?)は完全に消え失せ、その代わりに顔が少し青白くなっている。涙が出そうになっている。
ザッ
「先程の余裕はどこへ行ったのでしょうか、わかりませんが。」
ハオ殿が口をおもむろに動かし始める。その音でさえ人を吹き飛ばしてしまいそうな気迫が籠っている。
ザッ
「人も人道も、欲まみれです。だからこそ、人道が最善として成り立つんです。」
その口調を静かに強くしていくハオ殿。ウベリアスは、尻餅をついた状態で後ずさろうとし、それでも手を滑らせてしまう。
ザッ
「だから、法は破るために存在するんです。その汚く美しい人の欲によって。」
ハオが左にこぶしを握る、その包帯の巻かれた左手が瞬時に凍り、包帯は割れ落ちる。
(え、⋯⋯あれは、なんだ?⋯⋯龍の手⋯⋯だと?)
我はその瞬間をしっかり身にとらえてそこから理解するまでかなり時間を要した。きれいに澄んだ碧い龍の鱗をまとった龍の手が見える。凍っているのに色は褪せていない。まさかこんなものがあの左手にあったとは⋯⋯。我の刃をはじくのも分かる気がする。
「一応わたしの力を見ておいてください。」
ハオ殿がその左拳を後ろにスッと引く。鱗が青白く光っているように見える。
「な、や、やめぇ、ろぉ⋯⋯。」
ウベリアスはもう完全に体の力が抜けきっていた。かろうじて上半身を起こすだけになっている右手に力が入っている程度だ。
「⋯⋯ 10億倍 “
その直後、轟音があたりに轟いた。風が来ないのはハオ殿が
ドゴオォォォォォォォォォゥゥン!!!
あとその盛大な爆発音に似た空震も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます