第2章 放浪者H・旅路 ジュラスト王国

第1話 ハオ視点・王国城門前にて

 突然ですが皆さん、イメージしてください。

 あなたの目の前に、小さな女の子がいます。今にも倒れそうな女の子が。

 あなたは1つのおにぎりを持っています。昼食にて食欲が出なくて1個残していました。

 あなたは気づきました。その女の子は万引き犯で逃げてきた子だということを。

 もしあなたがおにぎりをあげないと、この女の子は死んでしまうでしょう。しかし、あなたがおにぎりをあげれば、あなたは犯罪に加担したとして捕まってしまいます。

 さぁ、あなたは今持っているそのおにぎりを女の子にあげますか?


 ⋯⋯戯言です。頭の片隅にでも置いておいてください。



「⋯⋯ハクさん、あとどれくらいですか?」

「もう少しで城門が見えるはずだ。」

「⋯⋯。」


 草原に、そんな声が響きますが穏やかな風に少しずつかき消されました。

 旅の始めにふさわしい快晴の中、短めの少し青の残った茶色い草たちと低めの木々がところどころあり、その下には少しばかり落ち葉が音を立てながら風によって移動に移動を繰り返しています。

 サバンナを思わせる草原の道は、わたしたちの気持ちを明るく、それでも穏やかにさせます。

 日差しはまあまあ強いですがそれほどギンギラギンで熱いというわけでもなく、それに加え少し涼しめのゆったりとしたそよ風が頬を優しくなでていく感触に季節の変わり目を思わせられます。

 確か2学期の学年末テストが終わったところなので、季節は秋。ここの世界の季節も現代⋯⋯つまりは信時さんや蒼さんがいた、蓮さんがいる世界とはあまり差異はないように思えます。

 草むらの間から根元から周りの様子を覗いてはわたしたちの足跡に驚き隠れる魔物⋯⋯という名の癒しキャラがかわいいです。先程まではイノシシが立っているような生き物⋯⋯オークとか言うんでしたっけ?⋯⋯のようなものが多かったんですけど、この頃は小動物が多く顔を出しています。

 そんな一本道を、わたしたちはかなりのスピードで駆け抜けていきます。実際走っているのはハクさんとエリナさんの馬だけですが。


 わたしはハオ。グレーのパーカーを着た夜明けの藍の瞳を持つ少女。深い事情の末男から女となり、この世界に迷い込んで『放浪者ほうろうしゃ』となった友達を見つけつつ元の世界に戻ろうとしています。

 わたしが乗っているのは、たてがみのきれいな白い狼のハクさん。その後ろには、緋色のローブ姿に白髪の少女のソワさん。ハクさんについていく形で馬を走らせるガルドシティの宿主のエリナさん。そして⋯⋯


「⋯⋯。」


 わたしの座席のリングをつかむ両手の間に収まる薄汚れた静かな女の子。名前はまだありません。名前が「まだありません」さんということではありませんよ?⋯⋯そんなこと思うのはわたしだけでしたかそうですか。まぁそう思っていなかったにせよ、ここは少し説明を要すると思います。



 それは、約1時間前、つまりガルドシティを出発して3時間ほどの頃。

 というか最初から話しましょうか。



 城門を出ると、そこは広い広い草原でした。

 かなりバタバタした旅の始まりでしたが、言うほど急いでるわけではありませんでした。ですので、のんびりするはずだったのですが⋯⋯

「今日は忙しいですよ!今日中に隣の国で申請を済ませないといけないですから!」

 エリナさんは急にそんなことを言いました。

「⋯⋯なんであんなに昨日ゆっくりしていたんですか?」

「安心しろ。ジュラスト王国なら半日で着く。」

「⋯⋯ハク速い。すごいねー。」

 その言葉を発端として、色々なトーンの会話が飛び交っています。元の性格もあってかかなり急いでいるエリナさんに、それを聞いて呆れているわたし。余裕そうなハクさんとそれに乗って感動しているソワさん。

 エリナさんは、わたしたちが先程出発した『ガルドシティ』で宿を経営している少女です。ジョブは『WNワールドナビゲーター』で、わたしたちのような異世界から迷い込んでしまった人々、人呼んで『放浪者』と言われる人たちを世話しています。

 今日は隣の国に用事があったため、この世界での旅の初めであるわたしたちに同行する形となっていたのです⋯⋯が、彼女のあわてんぼうな性格とそれが生み出してしまったとてつもなくハードなスケジュールのせいでエリナさんはわたしたちの方に等脇目も降らずに乗っている馬をビュンビュンとばしていました。そのスピードは乗用車程度はあって驚きですが、さらに驚くのはそれを横目に⋯⋯


「おい馬。もっととばせよ。」

 と白いたてがみをなびかせながら馬をあおっているハクさん。先程どのく

 らいスピードが出るのか訊いてみたところ、

「空を飛んでるドラゴンを追い越せるぐらいのスピードは出せるぞ。」

 と言っていました。⋯⋯時速100キロは普通に出せそうですね。それに乗っていてもとばされないわたしたちと掴んでいるつり革のようなものがどれだけすごいことか。

「⋯⋯力加減ぐらいはできるよ。」

 ⋯⋯すみません。ハクさんもテレパシー使えるんでしたね。


 そんなこんなで急いでいるエリナさん一行でしたが、彼女もいつもの仕事も忘れてはいませんでした。

「そういえば!お二人さんはレベル上げはしているんですか?」

「「⋯⋯はい?」」

 わたしとソワさんがはもりました。というか私たちの身の回りのことなのに、忘れていたのはわたしたちの方でした⋯⋯。


 ⋯⋯エリナさんとジョブペディア⋯⋯ソワさんも登録しましたので、今は2人分の情報が載っています⋯⋯によると、異世界に来たばかりのわたしとソワさんはまだレベルが低いということで、レベル上げをしなければならないということでした。

 わたしは出会い頭のドラゴンと闘技場で戦った兵士さんで12レベルまで上がっているのですがそれでもこれからこの世界で旅をしていく上ではかなり低いですし、ソワさんに至ってはまだ根っからの1レベルですし⋯⋯。実は敵なしでもレベル上げはできるのですが、エリナさんがお勧めしないといっていました。今草原にいますから魔物という絶好の敵がいますし。それで何か効率のいい方法はないかと3人で考えて一つの答えにたどり着きました。

 わたしの体の左腕以外の箇所から小さな氷のかけらを勢いよく撃ち出し銃の玉のように使うスキル『氷粒弾ひょうりゅうだん』を使えばいいのではと。


 ということでわたしは、ハクさんが走っている上から道端にいる魔物に向かって『氷粒弾』を撃ちます。槍を持ったイノシシのような生き物⋯⋯オークとかいうんでしたっけ?⋯⋯の眉間を的確に打ち抜いていきました。一発で急所を当て倒せるように。そして魔物は少しばかりの悲鳴のような鳴き声を上げ倒れます。その瞬間、ソワさんがすかさず回復をします。

 エリナさんの話によると、そのモンスターが絶命してからそのモンスターを倒した人の経験値に反映されるまでに、他の人が何らかの形でそのモンスターに干渉しておけば、その人も含め二人でモンスター撃破の経験値が得られるのだとか。その話を聞いたうえで、こうやれば、わたしとソワさん両方がレベルを上げることができるということを発見したのです。


 こうして、わたしたちは魔物が割と強いところだったこともあり40レベル程になりました。ん?すごい残酷だなぁ⋯⋯。って思いました?ちゃんと回復してるので生態系には影響ありませんよ。

 では気を取り直して⋯⋯それをしながら道を進んでいると、ハクさんが急にスピードを落としました。何事かと思い辺りを見回すと、道の先に何やら倒れている影が見えました。その影は道端の草むらから上半身が出ている状態で、シルエットを見る限り人のようです。


「おい、人倒れてんぞ。」

「ええ、見えました。」

「⋯⋯誰だろう⋯⋯。」

 ハクさん、わたし、ソワさんの順で口々にそうつぶやきました。

「ハクさん、止まれますか?」

「止まらんとでも思ったんか?」

「いいえ、ではよろしくです。」

「あいよ。」

 そういってわたしはハクさんを止めました。


 ハクさんが余計な砂ぼこりや大きな音を立てずにスマートな原則、停止をした直後、私はすぐにその影の正体を目を凝らしてじっと見ます。倒れているのは見たところ5歳くらいの女の子でした。

「大丈夫ですか?」

 わたしがハクさんから降りてそう話しかけました。女の子は⋯⋯

「⋯⋯。」

 喋りませんでした。

「⋯⋯死んでいるのでしょうか?」

「⋯⋯ハオ、そんな縁起の悪いこと言わないで。」

 わたしが少し心配になって、脈と呼吸を確認していると、

「⋯⋯ご飯⋯⋯」

 女の子はそうつぶやきました。生きててよかったとわたしたちはひとまず安堵の吐息を漏らしました。

「ご飯ですね?ソワさん、準備お願いします。」

「⋯⋯あ、うん!」

 ソワさんがそう言って昼食用のコッペパンを後部のカバンから取り出して差し出しました。女の子はおもむろにそれを取ると不思議そうにそれを眺め、急に急かされたようにそのパンの袋をこじ開けてパンをモリモリ食べました。がっついて食べていたところを見ると、かなりお腹がすいていたんだなと少し心配にもなりましたが、同時にここまで一気にパンを食べるほどには元気があるのだと思い、それなりに一安心します。


「⋯⋯ありがと。」

 そのコッペパンをわずか5分程度であっさりと食べ終わり、口元を手で拭いた後女の子はそう言いました。お腹が減っていたとはいえ5歳児にも見えるというのに、とても食べるのが速いですね。余程お腹がすいていたのでしょうか。

「おなか一杯になりましたか?」

「⋯⋯うん。」

 少女はそうつぶやくと、自分の口を右手の甲でぬぐいました。そういえばと思い女の子の服装に目を向けると、それはもう質素という言葉が似合う服装でした。黒い短パンに白いシャツを着ていますが、口などがボロボロでしっかり土や泥に汚れていました。これは質素というよりは⋯⋯


「⋯⋯お父さんやお母さんはいますか?」


 ここで私はある種の疑問を持ちました。するとそれは大きな心配、言い換えれば疑いになり、その後にどこぞのBTBとかの薬品ですぐにまるで当然ですぐに起こる反応のように確信へと変わっていきます。そんな勘を振り払うように首を振った後に訊いてみました。女の子の口からは、

「⋯⋯。」

 特に単語が出てくることはありませんでした。まさかという私の疑いがさらに革新へと変わっていきます。何かを察したのか、エリナさんが目だけで目に見えない涙を流し、無言の慰めをしているように見えました。そこでふと思い立ったわたしは、ESエクショナルスキル『テレパシー』を発動させます。



 脳内は、沈黙に近い状態でした。やがて少しずつ聞こえてくる喘ぎ。ひぐっ、ひぐっと繰り返されるその声にならない声にもう少し耳を傾けてわたしはその正体を知りました。


 喘ぎ⋯⋯ここで言うならば、“嗚咽”。


 ほぼ何もない無の状態で聞こえる嗚咽の理由は、少しばかりならばわたしにも分かります。つい昨日、をしているので。


 ガルドシティの、小さな宿の、小さな中庭のど真ん中。

 この女の子は、このわたしの体験に当たる場所はどこにあるのでしょうか。


 ⋯⋯この“無での嗚咽”の理由は、ある種の宝を失った、ただの絶望感。



 ⋯⋯わたしのどこかの確信はやがて虚像であってほしい真実へと化けました。わたしは顔にその何にも例えがたい感情を出さないようにしていましたが、ソワさんの方は後ろで少し顔をゆがめていました。そういえば、女の子の目は少し赤く腫れていました。きっと先程わたしたちと会うまで泣いていたのでしょう。女の子の顔が少しゆがみますが、その目にあるであろう泉はスッカリ枯れ果てているようでした。これがまさに“無での嗚咽”の証拠だなと、わたしは密かに思いました。

「おいハオ、この世界じゃ何にも珍しくないんだ。」

 ハクさんがそれを見て、あくまで淡々とそう言いました。ハクさんもこの感情を深く理解しているようでした。それでもここにこのままにしていくのは心配ですし⋯⋯。と考えていたわたしは思い付き、あ、と声を漏らしました。ソワさんたちは不思議そうな目でこちらを見ます。それに合わせてその女の子はこちらに目を向けます。その暗い湖を思わせる瞳の中からは、どこかすがるような光が見えます。

「⋯⋯ついてきますか?」

 わたしはとりあえずそう尋ねました。どうしてもここに置いていくという選択肢を、私の中には作ることはできませんでした。

「⋯⋯あ、そうだよ。わたしたちと一緒にさ?」

 何か思いついたように、そのわたしに一声に慌てて合わせてそうソワさんが続けました。

 その女の子の方は少し思案するようなそぶりをすると答えを出します。

「⋯⋯うん。」

 異論はないようでした。

「では、行きましょう。」

 そういって早速先程わたしの乗っていた席に女の子を乗せてあげ、私が後ろに乗りました。エリナさんは、その女の子を見て何か気づいた上、かなり複雑な心境を抱いていたようでしたが、口にはしませんでした。そのしぐさを、わたしたちは気づかなかったんですけどね。


「⋯⋯見えたぞ。ジュラスト王国だ。」

 ハクさんが言いました。

「城壁が長いですね。」

「うん、ガルドシティより大きい街なのかな?」

「ええ!ここはこの世界で3位くらいの広さです!」

「⋯⋯。」

 みんなが口々に言います。最後のはあの女の子です。

 わたしたちの目の前には石造りの城壁が建っていました。確か前読んだ小説で、初めての国の広さを知るときには城壁の曲がり具合で見るということを書いていたような⋯⋯。とするとこの城壁はあんまり曲がっていないのでかなり広いのでしょう。エリナさんが言ったことの踏まえると、かなり人口も多そうです。

 門には昨日わたしが倒した兵士は足元に及ばないような屈強そうな兵士が2人。

 その方向に向かおうとしましたが、ハクさんが足を止めます。それをなんでかと考えているわたしの横を、高らかな樋爪の音が通り過ぎることでやっとその答えを見つけました。

「えっと!エリナです!入国願います!」

 馬の上からエリナさんがそういうと、

「お?エリナさんじゃないか。こいつらは付き添いか。どうぞ中へ。」

((⋯⋯顔パス!?))

 わたしとソワさんの思考がシンクロしました。エリナさんってほんと何者なんでしょうか⋯⋯。

「よろしくです。」

 ハクさんが前の馬に続いて足を進めます。わたしはそのハクさんの上から一応挨拶をして中に入りました。すると、私の腕の間の女の子と兵士の目が合ったように見えました。その女の子を見た瞬間の兵士の顔色の変化は素早いものでした。

「⋯⋯おい。あの女の子?」

「⋯⋯耳がとがっている。マズイ!大佐に連絡だ!」

 わたしたちが通り過ぎた後、兵士たちがそんなことを言っているのが耳に入りました。

(何でしょう。この女の子に何かあるのでしょうか。)

 わたしは少し考え、何も浮かばなかったので、頭の片隅に置いておく程度にしておこうと思いました。ついでに、エリナさんにそのことについてテレパシーで訊いておきました。まぁその質問をエリナさんに訊いた後、その記憶を頭の片隅ではなく真ん中位に置いておくことにしましたが。


 そのころ、ある国のある幹部が連絡を受けました。どうやら東門の警備作業中のようです。

「⋯⋯分かった。おい!西の城門前に行くぞ!」

 その少女はそんなことを言いました。

 なくなった記憶を気にせずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る