第4話 エリナ、シナ視点・王国内宿にて

《1》 


 なぜかは分からない。

 でも、置いていかれた気がした。



「⋯⋯なぁエリナ、お父さんはいつでもエリナの味方だよ。」


 ⋯⋯もうあれからそんなに経ってしまったのか。4年。宿を受動的に継いで4年。ジョブ専用や他人からの継承で使える特殊なスキル・ESエクショナルスキルの1つ、『害悪無効がいあくむこう』をお⋯⋯さんから受け取って4年。テレパシーで私の心が他人に見られなくなってから4年。


(わたしは人のためなら、自らの死も迷いません。)


 なぜあの時止めようと思ったのか、なぜあの後泣いたのか、私にも分からない。でも、また置いていかれると思ってしまった。


 私は、バッと顔をあげる。見慣れた⋯⋯とまでは言わないが、前方には毛布に身を包み静かに寝ているシナさんと、その奥の壁が見えた。私はあのまま泣き寝入りしてしまったのか、ベッドの上、シナさんがかけている毛布の端っこに涙のシミが見られた。

 涙を流していたことを悟られないようにと慌てて右手の方のローブの袖で拭きとって、私は身なりを軽く整えて辺りを見回した。この部屋には今、私とシナさんしかいない。急遽宿の部屋を取ったので一部屋しか取れず、ベッドも一つしかない。ハオさんたちは床に布団を敷いてやり過ごすと話していた。その狭い部屋に、私を励ましてくれるような温かい日差しは相変わらず差し込んでは来ない。その事実に、私は何も理由もなくしゅんとした。


 私はテレパシーを発動した、今ハオさんとソワさんは頑張って走っているようだ。どうやらハオさんが使うSSサポートスキル(戦闘時の強化や回復、または日常的に使うスキル)、『状態変化じょうたいへんか』がなぜか解けてしまったようで、ソワさんがハオさんにネチネチと叱責を食らっている。くすくすと私は笑う。やはりハオさんはわたしが知ってるような人だ。わたしを何度も慰めてくれた⋯⋯お⋯⋯

 私はその単語がまたのどに詰まり、吐き出すのが苦しくなり、ついには吐き出すことなく飲み込んだ。そして代わりにまた目から謎の雫が垂れた。それをまたローブの袖で拭く。


「⋯⋯どうしたのだ、エリナ殿⋯⋯?」

 急に静かな声が部屋の中に響いた。私はびくっとする。前を見ると、シナさんが目を開け、体をまだ仰向けに倒したまま目だけでこちらを見ていた。

「あ、シナさんでしたか!麻酔切れたんですか?」

 私はこの涙についてのことを隠そうと、慌てて話を逸らそうとした。

「⋯⋯あぁ、悪くはない。⋯⋯まだ麻酔が効いているのか⋯⋯体がだるくて動かないがな。⋯⋯あのハオというやつ、⋯⋯おそらく麻酔の分量を間違えているはず⋯⋯。」

 そう言ってシナさんはゆっくりと顔を動かし天井を仰いだ。

「ここは西大通の宿か⋯⋯。ハオというやつがここまで運んだのか⋯⋯?」

 続けてシナさんが私に問いかける。というか天井の模様だけで場所が分かるのだろうか?

「え、あ、はい!そうです!」

 私はそんなのんきなことを考えている暇はないと自分を叱責し、慌ててそう答えた。ここで慌てたのは自らの性格のあるが、何よりこの人は話の展開が急すぎる。この人はどちらかというと話を聞く側ではなく話す側にいることが多いらしい。そんな気がする⋯⋯。

「⋯⋯あやつもほっとけないようだな、あの⋯⋯ハオというやつは⋯⋯。」

 そうシナさんは感慨深げに呟き、フッと微笑んだ。そしてシナさんは、何かを考えるような少し鋭い目つきをし眉間にしわをよせたが、やがてそれをやめた。何をしていたのかは『テレパシー』持ちの私ならすぐに分かった。おそらくシナさんは、あのハオの姿に少し既視感を覚えたのだろう。

「⋯⋯そうだ。」

 するとシナさんはその行動をやめるとすぐに私に言った。

「は、はい?」

 私は急なシナさんの行動にびっくりしつつも、返事をした。

「⋯⋯あのハオというやつに⋯⋯言っておいてくれ。」

 そうシナさんは言い、続けた。天井をまだ仰いでいたが、かなり力を入れたのか顔を少しゆがめて顔のほうだけこちらに向けて言った。

「⋯⋯『おぬしの旅仲間として、厄介になってもよいか?』とな。」

「え?」

 シナさんが言った言葉を、私は理解できるはずもなかった。つまり⋯⋯という説明はいらないほど単純な申し出だ。ただ、『ハオの旅のお供をしたい』といただけである。⋯⋯とは言いたいが、それでもおかしいのは確かである。なんせハオさんとシナさんは敵同士である。

「⋯⋯私もこの上からの命令を⋯⋯忠実に遂行できなかった。⋯⋯おそらくあやつの首より前に⋯⋯我の首が飛ぶであろう⋯⋯。」

 あぁ、私はそう思った。この任務を遂行できなかったから、シナさんの居場所はないと、そういうことか。やはり『放浪者ほうろうしゃ』を使っているだけのことはあり、すぐに切り捨てることも多いようだ。

「ついでだが⋯⋯」

 シナさんはそう言った後、何かを思案するようなしぐさをしてこう続けた。

「⋯⋯あやつが何者か知りたい。」

 私はさすがだな、と少し感心した。やはりハオさんの姿や行動が気になったらしい。ちなみにだが、シナさんの麻酔が解けてきたのか、シナさんの話し方が流暢になってきている。

「⋯⋯教えましょうか?」

 私は少し冗談を交えて言ってみた。

「⋯⋯そうだな。」

 シナさんはそれを聞いてじっくり考えた後、

「⋯⋯いや、やめておこう。」

 そう言ってこちらを向いて笑って見せた。

「⋯⋯やはり自分で知った方が良い気がする。」

「え、でもハオさんが教えると思いますが?」

「あぁ⋯⋯」

 シナさんが思い出したように唸った。さっき何かを思い出そうとしたときのように少し顔をしかめた。しかしその顔をパッと戻すと、

「⋯⋯その時は素直に聞くとしよう。」

 シナさんが微笑みを作りそういって、その直後、少し声をたてて笑った。意外と気さくな人なのかもしれない。


「そういえば⋯⋯」

 シナさんがまたも口を開いた。

「なぜエリナ殿が泣いておられたのだ?」

「もう!話し戻さないでくださいよ!」

 私は言った。話をさっき逸らしたのにこの人は⋯⋯。

「⋯⋯いや、かなり深いわけがあったのかと思ってな。」

 シナさんは少し困った顔をしつつも悪びれもせず話をつづけた。

「一人で悩むのは大変だろう。どうだ、我でよければ話し相手になってやるが?」

 私は悩む。この人に話してしまっていいのだろうか⋯⋯。

「⋯⋯すまんな、立ち入った話をしてしまって。」

 するとシナさんが顔を私からそむけた。

「⋯⋯しかし、我は困ったやつは放っておけなくてな⋯⋯。」

 その言葉が私の心をくしゃくしゃにした。泣きそうになった。


「⋯⋯聞いてくれますか?」

 今にも泣きそうな声だと我ながら思った。⋯⋯でも、このことを思い出すときには、泣かずにはいられなかった。

「⋯⋯あぁ、聞こう。」

 シナさんの声も少し小さくなった。


「⋯⋯私がいま10歳なのですが⋯⋯」



《2》


「⋯⋯私がいま10歳なのですが⋯⋯」


 その語りだしで、エリナ殿の生い立ちの話は始まった。

 我の⋯⋯というかいろいろな方に知られているエリナ殿はいつもどこか忙しくしていて、それでも全く尽きることのなくすごいといえる底なしの元気を持っている。しかし此度こたびのエリナ殿はまるでしおれ行く花のような口調である。


「その4年前、私が6歳の頃に⋯⋯」

 エリナ殿の会話が止まる。もうエリナ殿の頬には涙が筋道を2本ほど作っている。我は何も言わずにエリナ殿を見ていた。何も話しかけてはいけない雰囲気だった。何を話そうにも似合わない雰囲気だった。

「母と⋯⋯父は⋯⋯処刑⋯⋯されました⋯⋯!」

 エリナ殿は今にもつまりそうはその声を一生懸命に絞り出した。我は絶句する。殺された⋯⋯?何をしたというのだ?

「ちょうどそのころまであった法律に引っかかってしまって⋯⋯」

「!!」

 我は急に勘が働きガバッと身を起こし、目を見開く。ま、まさか⋯⋯いや、そんなはずはないはず⋯⋯しかし、それでもそれしか考えられない。

「⋯⋯『魔女狩り』か?」

「⋯⋯⋯う⋯⋯⋯⋯⋯うぅ、⋯⋯うっ⋯⋯⋯⋯うぅぅーー!」

 エリナ殿が声を殺しつつ泣きじゃくる。我の入っているベッドにかかる毛布にエリナ殿は伏せたまま。我の方ももう何も言えなかった。「大変だったな。」「辛かったろう。」考えて出てきた言葉はたくさんあるが、そのどれもが他人ごとに聞こえる。この時に我がとるべき行動は⋯⋯と考えてはいる我だが、それでも浮かんでこない答えとそれを導き出せない我に大いに腹が立つ。

「⋯⋯母は『魔女狩り』で⋯⋯父は⋯⋯『共謀罪』で⋯⋯」

 エリナ殿が頑張って話していく⋯⋯。


『魔女狩り』はこの世界の『魔法使い』や『大魔女』のジョブの者を処刑する取り組みである。今も『不認ふにんジョブ』という名のもと、その名残はのこってはいるものの、4年前に廃止された。

 ちなみに、『共謀罪』というのは各々方おのおのがたも耳にしたことがあるだろう。『共謀』というのが一緒に悪いたくらみを考えること、これをもじって、『魔法使い』や『大魔女』のジョブの人をかくまった方も同じく処刑する制度。


「⋯⋯それで⋯⋯?」

「⋯⋯はい。それで⋯⋯父が切り盛りしていた宿を、受動的に継ぐことになったんです⋯⋯。」

 先程エリナ殿は、「6歳の頃」と言ったはず。そんなときにこの仕打ちはかなり酷な話だ。我だったらというか大体の人は生きるのもかなりつらいはずだ。

「⋯⋯でも、町の人は優しかったです。母や父のことは何も言わず、しっかりサポートしてくれました⋯⋯。」

 エリナ殿は少しずつ泣き止んできた。

「⋯⋯では、なぜエリナ殿は泣いておられたのだ?」

 アッと思うのが遅かった。我はつい口にしてしまった。ついとっさに「あ、いや⋯⋯」と言ってしまいそうになったが、それより先にエリナド小野の方が口を開いた。

「⋯⋯いえ、この悲しさもありましたが、⋯⋯ハオさんが⋯⋯」

「ハオ殿が?」

 我は急に出てきたその名に大きな疑問を持つ。その意外さにかなり大きな声で間抜けな声を出してしまったほどである。思わず我の声が裏返ってしまうところであった。それにしても⋯⋯なぜだ?なぜこのタイミングでハオ殿の話が出てくるのだ?

「⋯⋯はい、ハオさんは今、お城に侵入しています。」

「⋯⋯ハオ殿は何をしておられるのだ?」

 我は首をかしげる。

「あ、いや。その話はまた後で何ですけど⋯⋯」

 エリナ殿が少し慌てる。

(こやつ、何か隠しているな?)

 そう唐突に思ったが、今は放っておこうと思い口にはしなかった。どうせ我が聞いたところで我に関係のない話であろうし、それに、あやつの考えはESエクショナルスキル『テレパシー』でもない限り、いや、あっても分からないであろう。

「ハオさん、そこのドアを出るときに、心の中で⋯⋯」

 すると、エリナ殿はまた口をつぐむ。そこのドアというときこの部屋のドアをさしていたので、恐らく城内に乗り込むときだろう。

「(わたしは人のためなら、自らの死も迷いません。)って言ったんです⋯⋯。」

 あぁ、そうか。我は思う。なるほど、悲しいのはそちらの方だったか。でもなぜだ?エリナ殿の話によると、エリナ殿とあやつがあったのは2日3日前であろうものだ。それほどまでに思い入れがあったのだろうか。

「その後ろ姿が、⋯⋯面影が⋯⋯とても母に似ていて⋯⋯つい。『私を一人にしないで』なんて言って泣いてしまって⋯⋯。」

 ここで気づいた。確か、今目の前にいるエリナ殿とあやつ⋯⋯ハオ殿は顔の形、輪郭も髪型も似ている。エリナ殿の母親は4年前にお亡くなりになっておられるが⋯⋯もしかすると⋯⋯

「⋯⋯エリナ殿。」

「⋯⋯はい?」

「ハオ殿は⋯⋯『放浪者ほうろうしゃ』なのか?」

「へ、あ、はいそうです!」

 もうすっかり泣き止んで元の調子に戻ったエリナ殿はそう答えて、今度はこちらが頭を抱える番である。



 ⋯⋯私が古い書物を読んで学んだ『放浪者ほうろうしゃ』の存在。

 ⋯⋯『ジョブの第0枠』ともいわれるその架空の存在。その強さの話は今は置いておくが、この異世界からきてさまよう存在は、実はが必要になるそうなのだ。この代わりの受け皿に、エリナ殿の母親が選ばれたということだ。まああくまで我の推論が正しかった場合の話ではあるが。

 この代わりの受け皿というのは、この世界での故人のこと、いくら昔に亡くなっていても対象になる。つまり、⋯⋯ハオ殿とエリナ殿が、運命共同体と言わんばかりに密接な関係になり、互いに迷惑と危険が生じる。私にできることはたかが知れてるどころか、何もない。



 しかし殿のことならできることが1つ。

「⋯⋯どうしたんですか?」

 エリナ殿の顔がいつの間にか目の前にあった。エリナ殿は不思議そうな目つきで我を覗く。我は思った以上に深く考えていたらしい。

「⋯⋯いいや。」

 1度断りを入れて、

「⋯⋯エリナ殿。」

 そう静かに呼びかけた。我自身で意識はしていなかったものの、少し重い発言のように聞こえてしまう。

「はい?」

 エリナ殿がキョトンとした顔で我を再度覗き見る。しかしその言葉の重みのせいか、少し真剣な顔になっている。

「⋯⋯右手を貸してごらん。」

 我は意識してあくまで優しく問いかける。エリナ殿はあまり内容を把握できていないが、それでもゆっくりと我に右手を差し出した。

 我はそのエリナ殿の右手を握り、しっかりエリナ殿に聞こえるように唱えた。



「⋯⋯スキル継承『絶対記憶ぜったいきおく』。」



 すると、我が握っていたエリナ殿の右手が淡く光りだした。エリナ殿は何か思い出したようで、急に目を限界まで見開くと、急に⋯⋯

「あ、⋯⋯あぁ⋯⋯わぁぁーーーー!」

 ⋯⋯泣きだした。誰にも隠すことなく、大声で。これまで感情を限界まで隠していたエリナ殿の、最も大きな感情があふれだした。



《3》


 私はめいいっぱい泣いた。

 まるで年齢が巻き戻り赤ちゃんになってしまったかのように。


 悲しみと、苦しみと、不安と、楽しみと、嬉しさと⋯⋯。

 全てあげてはきりがないほどの無数の感情が1粒1粒の涙の中に混ぜ込められていた。


 今日一番の泣く声が室内に響く。

 それ以上の量の感情がこの部屋には立ち込めている。


 シナさんからスキル継承が行われた瞬間、私はすべてを思い出した。

 ハオさんから聞いた第一声。

 ハオさんの心の言葉。

 お母さんの笑い声。

 お母さんがスキル継承を私にした時の、手のぬくもり。


 お母さんが拘束されるときの、お母さんの叫ぶ声。

 お母さんの、最期の言葉。


「私のことは、もう忘れて。」と「私のこと、忘れないで。」


 ただ誰が何を言おうと、シナさんの手によってよみがえったお母さんの手のぬくもりは、何よりも温かく気持ちのいいものだった。


「⋯⋯『絶対記憶ぜったいきおく』はスキルの中で最強の能力を誇るESエクショナルスキルだ。」

 シナさんはその場の空気を読んで黙っていたが、控えめに口を開いた。

「その効果ちからは⋯⋯『生まれてから死ぬまでの記憶を、すべてのスキルや力の邪魔を受けずに保持し続ける。』。⋯⋯ピッタリであろう?」

 シナさんは笑って見せる。

「⋯⋯はい!⋯⋯ありがとうございます!」

 私は大きな声で返事をする。まぁそれが、本来10歳が持つ姿だ。

「⋯⋯それと、」

 シナさんがまた話をする。

「今継承した『絶対記憶』は二人分だ。」

 え?なんでだ?という疑問はよぎったものの、すぐに消えた。悟った。

「⋯⋯もう一人分の『絶対記憶ぜったいきおく』は、に渡すのだ。」

 シナさんが意味ありげな笑みを浮かべる。その人を悟れと言わんばかりに。まぁ悟ったが。


「何から何までありがたいです、シナさん。」


 私は久しぶりに心の底から笑った。

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