第2話 ソワ視点・コニコ王国の宿にて

 あぁ、困ったなぁ。

 私は頭を抱える。

 まぁ私が頭を抱えたところでどうなるとかが、ある訳ではないけれど。

 それにしても、まさかこんなことになるとは思わなかったなぁ⋯⋯。

「⋯⋯これはまた、困りましたね。」

 ハオがその感情に反比例の無表情でそう言った。


 ただし、危惧しているのは確かだと、そう思う。

 多分、『テレパシー』がなくても分かるのは⋯⋯


 ⋯⋯“ジョブ効果が消える”という何ともどうしようもない惨劇が起こっているからである。



「あ、消えましたね。」

 さっき『転移ステーション』たるものを使い部屋に移動したハオ一行。そのシステムはかなり便利で、これ以上にない位にホテルのチェックインを済ませてしまった。ただ、これの異変にすぐ気づいたのは、ハオだった。


「消えた?」

 私がその不可思議な単語の耳を傾け、


「ジョブ効果、スキル効果が消えました。」


 そうサラッと答えるハオの言葉を理解するのに、およそ3秒。

「⋯⋯つまり、どういうこと?」

 やっぱり何が言いたいのかさっぱりだ。

「⋯⋯『テレパシー』が使えません。左腕の包帯もゆるくなりましたし、左目の効果もなくなって、『Kキロ状態』になってます。」


 今ハオが言った『Kキロ状態』というのは、ハオの腕や足など色々な部分の力が常人の1000倍になった状態。これは最近ジュラストと戦った時に、ジョブ効果が消された際に発動してしまったというところからである。

 というのも、本来ハオは、元々基本的な能力として持ち合わせている『常人の1000倍の力』とか言うかなりチートなものを、青龍の目である左目を閉じることによって封印している。ハオのスキル名はESエクショナルスキル火力封印かりょくふういん』というらしいんだけど⋯⋯


 ⋯⋯それが使えないって⋯⋯つまりは、あのジュラストとも戦いのときの1000倍の力が発動している、解放されているわけで⋯⋯


「⋯⋯かなりやばいんじゃ⋯⋯」

「えぇ、自力で力加減するしかありません。今夜睡眠をとったら、寝返りでコニコ王国一国分は普通に滅ぶと思います。」

「うわぁ⋯⋯こっわ⋯⋯。」

 絶句である。五言するまでもなく絶句である。


「あぁ、『武装鋼化ぶそうこうか』ができなくなっているな。」

 すると後ろにいたシナもそんなことを言う。これってもしかして、いやもしかしなくても私のジョブやスキルも⋯⋯

「⋯⋯この恐怖に追い打ちかけるのはやめてぇ⋯⋯。」

 もう、泣きそう⋯⋯

「まぁ別にこれと言って生活に支障が出ているのはわたしだけのようですし、大丈夫でしょう。」

 ハオは、慰めにもならないことをあっけらかんと言った。この人、前の世界でもこんな感じだったなぁ⋯⋯。

「いや、そういう訳でもなさそうだぞ、ハオ殿。」

 そんなことを考えて心の中で溜息を吐く私と、それに気が付かないハオの間に、顔を突っ込むような態勢で入って来たシナが言ったことは、


「『転移ステーション』のせいでジョブ効果が消えてるともうわかっているらしく、ホテルの方からもう使えなくしてある。⋯⋯閉じ込められているぞ。」

 とどめ針に相応しい言葉だった。




 ⋯⋯で、とりあえず宿の部屋で過ごすありさまである。

「そういえばさ、ここはどこに当たるの?さっき転移してきたけど。」

 私が二段ベッドの下の方から、シナに問いかける。


 ただいまの時間は午後の11時ごろ⋯⋯と常設の時計で確認した。この宿と今までの宿との違いは、窓がないこと。おかげさまで景色で大体の時間を確認するということはできない。でもまぁそれ以外には、私、シナ、ハオ、そしてあの女の子用の二段ベッド×2が設置されているし、ハオが持っている信時君のケータイは使えるし、ライトグリーンの壁紙やイエローのカーペットなど色合いも鮮やか、文句なしと言えばなしではある。


「基本的にこの世界の宿は、土地をなるべく使わないような工夫が為されている。その代表的な使われ方が、SSサポートスキルの一つでもある『転送てんそう』と、それを手助けする『超空間エリアスペース』だ。」

 シナはあおむけで寝ているわたしの正面の方、つまり、二段ベッドの上の方から声をはる。



 ハオの方は、「ちょっと眠気覚ましに散歩してきます。」なんて言って部屋を出ていたため、今は3人がこの部屋にいる。というか、散歩と言っても、『転移ステーション』の使えない隔離状態のここでの散歩は、かなり狭くてままならない気がするなぁ⋯⋯。

 名前がまだないあの女の子の方は、この状態を知らないでいるのか、ぐっすり眠ってしまっている。この肝の太い性格は、ハオにそっくりな気がする。いやなのを学習しなければいいんだけど⋯⋯。



「後者の方は、同じ空間に質量、体積を重ねて別の空間や世界を作り出すスキルだ。その場合、その空間の中の空気が、その外の空気と触れ合わないこと。基本的にこれさえ守ればどうでも使えるスキルだ。そのため、この『超空間エリアスペース』どうし、またはそれと現実世界などは『転送てんそう』によってでしか移動が不可能となっているのが難点だな。」


 シナは、ジュラスト王国の王宮勤めではあったため、そこの書庫にあった本などをあらかた読み、かなりの知識を手に入れたらしい。シナ自身がまだ気づいていないとはいえ、この人のもとの姿、竹主文香たけぬしふみかは完全に本は読まないタイプだったのになぁ⋯⋯。勤勉だという点はしっかり残っているけど。



「それにしても⋯⋯」

 シナが急に口調を変え、私に話しかけた。その口調は、どこかまったりしていて眠そうな猫のようなものだった。


「⋯⋯ハオ殿も、なんというか、面白いな。」

 シナは口ずさみ、その声は壁に心地よく反射する。

「ソワ殿や名の分からぬ女の子もだ、個々が面白い。」

 懐かしげなこの声が、私には少し悲しかった。

「この状態さえもを、楽しんでしまえるような、そんな感じがするな。」

 この声の主、シナは、もとの声の主『竹主文香』をまだ知らないのだ。


「ソワ殿?」

 シナが声をかけてくる。少し慌てて辺りを見てみるが、シナは別に動いたという訳ではなく、さっきの通り、声が上のベッドから聞こえる。

「ん?」

 一応の返事。

「あ、いや、もう寝てしまったのかと⋯⋯」

 シナが少し申し訳なさそうに呟く。

「なんだ、⋯⋯」

 私はとりあえず安堵して、

「⋯⋯寝たふりしとけばよかったかな?」

 そう冗談を言ってみた。


 まぁ、しかし、その反応より先に、




「⋯⋯さて、そろそろ緊急事態だそうですよ。」

 言葉の相応しくない気の抜けた、ハオの声がした。


「どうしたのだ、ハオ殿。」

 シナが少し眠そうに応答する。私はもうこれにこたえるのが面倒になったので寝たふりを決行した。



「この国が滅ぶ、面白いのが起こるそうです。」

 ⋯⋯前途多難にもほどというものがある。

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