第3章 放浪者H・旅路 コニコ王国
第1話 ハオ視点・コニコ王国初訪問にて
「これはまた大きいですね。城壁も続くよどこまでも、ですね。」
左手をとした夜明けの藍の瞳の少女が言いました。
「⋯⋯我らの国より広いのではないか?」
その乗り物⋯⋯というより、生き物⋯⋯の一番後ろで寝ていた長髪袴の少女が、体をおこしてそちらのほうを見やりつつ呟きました。
「科学技術ではあの国に劣るそうだが、ここも負けてはいないそうだぞ。」
その乗り物役を買って出た白狼がナビゲートすると、
「⋯⋯おぉ。」
夜明けの藍の瞳の少女の手元に収まる無口な女の子が珍しく言葉を漏らして、
「楽しみだねー。」
その女の子に向かって赤いローブの少女がその言葉の通りの楽しそうな口調で声を掛けました。
夕日によって、なびく草原の草が色を変えているのを見て、わたしは少し鈍い痛みを感じました。
時々シナさんの様子を見ようと振り返った時に目を潰されそうになる位きれいに輝いている夕日、先程話した草、そして前に伸びるわたしたちの影⋯⋯。そのどれもが、よくよく考えれば異様で、かつ当たり前の風景でした。
それはそのはず、
だからわたしは、そのあまりにも普通の光景が、奇跡のように思えてしまってしょうがないのでした。というのも、わたしたちは今、全く普段と変わらない光景を見ているはずなのに、それを全く同じ状況で、同じ場所で見ていたはずの人が、今はとてつもなく遠くにいるからです。半異世界転生状態⋯⋯でいいのでしょうか?⋯⋯のわたしと、信時さんはあまりにもかけ離れて存在しているのですから。
耳元でゴウゴウ音を立てているのは、わたしたちのスピードについていけなかった空気たち。この草をなびかせているのも、わたしたちです。その音に、少し嫌気がさして、前でなびいている白狼⋯⋯ハクさんの
「あれが、コニコシティだ。」
わたしたちを運んでくれているハクさんの、しわがれた声のナビゲートが入りました。
ここはガルドシティ、ジュラスト王国とさらに太陽ののぼる方⋯⋯すみません回りくどくいってしまって、東の方ですね、そちらの方に向かって進んだ先に合った大都市、コニコ王国です。
外壁は先程も少し説明しましたが、このサバンナの空気にもよく似た草原にはとてもではありませんが合わない、重厚感あふれる巨大な金属板でできていて、その門の開閉は大きなマシンが動く時のような重苦しい駆動音が、地響きとともにあたりに響きます。わたしたちも小刻みに揺らされていました。
ただ、だからと言ってそこのセキュリティチェックは精密機械かというとそういう訳でもなく、ジュラスト王国と同様、門番役の兵士たちによる対応でした。その時にはあの女の子には申し訳ないですが、体の中に入ってもらいました。⋯⋯
『でも次からは私の顔パスができなくなるので、⋯⋯』
そう言ってエリナさんがジュラスト王国出発時に準備してくださった、エリナさんの印鑑が入った書類をその兵士さんたちに提示したところ、
「あぁ、エリナさんとこの。どうぞ。」
なんて言って何一つ言わず通してくれました。エリナさんの信頼度高すぎませんかね⋯⋯。これはこれで異常なのですが⋯⋯。そもそもエリナさんが「私の顔パス」とか言ったときに気づいてはいましたが。
中に入るころの空は、とても不思議な色をしていました。
それもまぁ、かなり不思議な色です。この街の色と言うわけではありませんが、快晴の青と、夕焼けの赤が混じった。薄紫色のような空が広がっていました。その元のせいか、薄暗いながらまだ先の方が見える程度の明るさの街並みを、その不思議な色で装飾していました。大体紫色となると何か不穏なものを感じるのが普通のような気がしますが、この景色は、むしろすがすがしい、というか、あまり寂しさを感じさせない1日の終わりを彩っているようにさえ見えました。
その時間帯ということで街灯がつき始めているコニコ王国の中は、ジュラスト王国とは違い、その薄紫の装飾はまぁ除いて、薄く黄色がかった白や、グレイのレンガや一枚岩で作られた建物が立ち並んでいました。しかし、その壁にペンキの施しのようなものはなく、その少し穴がぼこぼこな表面があらわになっています。
「これはこれで風情があるね。」
ソワさんがそんなことを呟きました。
「シラスか何かでしょうか⋯⋯。」
わたしはその壁に触れてみながらそう言いました。少しさらっとした粉がその手にかかり、街灯の光によって少しキラキラとしました。
「これはこれで不思議な眺めだな。」
シナさんがそう言ってその壁から広い方へ視野を向けました。時間が秒を刻むごとに濃くなっていく空の薄紫は、シナさんにとっても不思議なのだそうですね、まぁ、きれいでいいですが。そして、その景色の中で少し映えるシナさんの横で、
「⋯⋯。」
あの女の子はわたしの真似をしてその穴ぼこの壁をペタペタと触りました。そうして、その両掌をみて、粉のキラキラを目をキラキラさせながら眺めていました。
「ここの街の明かりは、何か星のように瞬いていますね。」
街の中の方へ足を進めていく頃には、すっかり夜の暗さになっていました。街灯の明かりをたどった末についたその夜市のようなところは、このコニコ王国の中でも人通りは多く⋯⋯とは言ってもまぁこの国に入ってまだ1時間程度ですが⋯⋯、その賑わいはジュラスト王国を超えずとも劣らないような状態でした。
道行く人の中には、ここに何十年と住んでいそうな老人や、ここで生まれ育ったような若者たち、さらにはジュラスト王国ではあまり見かけなかった獣人のような方々も普通のヒトのような方々と笑い合い話し合いながら歩いているのさえ見かけました。
(獣人は差別を食らう、というファンタジーお決まりが存在しないのでしょうか。)
そんなことを考えて、
(すごいですねぇ、この仲良しと言ったら。)
と一人で感心していると、
「急にどうしたのハオ、しみじみとまたさ?」
ソワさんは不意に横から話しかけてくるので、
「いいえ、別に。」
そう返しておきました。事実、特になにもありませんでしたし。
そして、ジュラスト王国との大きな違いは、この夜市の中でも親しみを持ちやすい方々が多くいた、というところでしょうか。
「おう、嬢ちゃん!ここで夜食っていかないか?」
「そこの旅の方、旅用品はウチでそろえるといいよ!」
とまぁこんな感じで、店員さんは特に話しかけてくれるのですが、それに負けないくらい、お客さん側の方にも話しかけられました。
「あら、ここら辺では見ない顔だね?どこから来たの?」
夜市の方へ足を運んで、その人の多さに酔いそうになっていたところを、不意に横を通った陽気なおばさんから声がかかりました。この方が初めてという訳ではありませんでしたが。
「うん?私たちのことです?」
ソワさんが先に答え、
「⋯⋯あ、えぇ、西の方から。」
わたしはその不意な言葉に少し驚いたような口調で答えました。事実からいうと、『テレパシー』が役割を果たして、他の人も含めて話しかけようとしていたのが確かだということもすぐにわかりました。とはいえ、ここまで親身に話しかけてこられるとは思ってもみませんでしたが。
「何か探しているのかい?」
そのおばさんと言ったら他の人と違ってそれ以上に積極的に話しかけてくるので、
「はい、とりあえず宿の方を。」
とりあえず失礼のならない程度に答えておきました。
「なんだ、そういうことかい。」
そんなことを言ってアッハッハッハッと高笑いしながら手をたたくおばさんを不審に思って顔をしかめましたが、
「宿ならうちがやっているよ、ついてきな。」
やはりそう親切なだけでした。
「これはすばらしいな。いい
「この本面白いね。」
エリナさんはその商品を街灯にかざしながら眺め、ソワさんはその本をぱらっと斜め読みしながらそう興味深げにつぶやいているのを聞きながら、わたしたちはその夜市のようなものの陳列台1つ1つを横目に、主にそのおばさんに置いていかれないように確認しながら歩いていました。
「⋯⋯あら、すまないねぇ。ちゃんと確認しながら歩かないとだね。」
おばさんは時折そう言いながら、足を止め待ってくれました。が、普通に足取りが速いです、すごく。かなり足取りからして若そうというよりは、スポーツしてたんですか?っていうところまで至ってますね⋯⋯。
「それにしても、⋯⋯」
わたしは、そのスポーツウーマンおばさんの方へ駆け足で追いつき、
「なんだい?」
「⋯⋯ここはとても活気がありますね。すごく。」
その足を止める前に心の底から呟くと、
「⋯⋯そうだねぇ、犯罪も一つも聞かないし、町はこれでもかというぐらい賑やかだよ。住むにはもってこいの国さ。」
心の底からそう感じているようにそのおばさんは言いました。
「まぁ、そうですね。」
「あぁ、ここの国は幸福が色濃く見える。」
追っかけてきて隣にたどり着いたものの、走ったのに涼しい顔をしているシナさんも同意して、そう口にします。すると、
「⋯⋯うん、」
そう聞き慣れない声がしました、下の方から。真下ではなく、少し後ろの方。
「⋯⋯ここの人みんな笑顔、楽しそう。」
そう語りながら、テケテケ後ろから来たのは、意外にもあの女の子でした。名前がまだないあの女の子。
「久しぶりにこの子の声聞いたね。」
その後ろから来たソワさんがそう付け加えるように言いました。全くの同意見です。その女の子を見てそのおばさんは、
「そういえば、ここは種族やジョブによる差別は見ないから安心しな。
そんなことを言いました。
「えぇ、今聞こうと思ったところでしたよ。」
わたしはそう返しておきました。
「さぁ、ここがうちの宿だ。空き部屋は3-2-201号室だ。人数は4人だな。こいつがその鍵。さぁ、ゆっくりしていきな!」
そうおばさんに言われたときに、唖然としていたのは私だけでしょうか⋯⋯。
⋯⋯ここ、あまりにも部屋が多すぎませんか?
そう思いながら、わたしはそのおばさんから受け取った鍵を凝視しました。そこにはカギとひもで括り付けて歩きの札があり、『3 2 201』と書かれていました。
⋯⋯まぁ、これだけ人がいれば、認めざるを得ませんが⋯⋯。
ここはそのおばさんが経営しているという宿のフロント。白く光沢感がありいかにも高級感あふれる床のホテルのフロント⋯⋯という感じですが、その広さはちょうど学校の武道館程度のものでありながらも、その中に50人ほどの人がいるので、さすがに驚きを隠せませんでした。
「ん?どうしたんだい?」
おばさんが不思議そうに訊いてくるので、
「この部屋番号って、どういう数字ですか?」
そう尋ねました。さすがにカタコト感のすごい訊き方ですね⋯⋯。
「⋯⋯あぁ、これのことかい?」
その鍵をおばさんは見て、
「⋯⋯えぇっと、エリア3・フロア2・2階の1号室だね。」
うわぁ⋯⋯ここのホテル、現実世界の感覚では止まってはいけないところなんですね⋯⋯。
「⋯⋯にしては、狭くないか?」
後ろから顔をのぞかせて、シナさんが口をはさみます。シナさん、失礼です。
「あぁ、それのことなら安心しな。ちゃんと部屋はある。あそこの『転移ステーション』から移動しな。」
板についているぶっきらぼうな口調のおばさんが指をさした方向には、申し訳なさそうにたたずむ明るい紫色の魔法陣の模様がありました。そのシナさんの失言をものともしないかの人混みに消えるどころか押し退けるような声が辺りに響きます。
「おぉ、ここにきて異世界の定番登場ですか。」
わたしがそんなことを言うと、
「ごめんハオ。私は分からない⋯⋯。」
そうげんなりとソワさんが言います。
「あぁ、
そう言ってその魔方陣のようなところにまず足を運んだのは、シナさん。
その端麗なる足砂漠に残りの3人はついていき、その模様の中に入りました。
「スキャン、スタルト。」
シナさんがそういうと、足元の模様が淡く光りだしました。
『――スキル使用。『
その様なアナウンスのような声が入ると、
「エリア3・フロア2・2階の1号室まで頼む。」
シナさんがそう返し、
『了解、リスタルト。』
先程の声のアナウンスが入り、辺り一帯がその光に包まれ、
⋯⋯わたしの体重という概念が消えるような感覚に包まれました。
地獄はここから始まります。
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