第4話 ハオこと信時視点・宿内中庭にて

 お母さんが⋯⋯死んだ⋯⋯?


 あのものすごく強そうな⋯⋯怖いもの知らずにさえ見える⋯⋯お母さんが?


 俺はひとまず蓮人の話の内容をしっかり聞いて、

「教えてくれてありがとうございます。」

 そういって電話を切った。


 蓮人がはなしたお母さんについての話はこうだった。

 淡田瑞あわだみず(俺のお母さん) 死亡 享年40 死因は俺が倒れて植物状態になったことに対するショック。ベッドで何にも反応せずに眠る俺を見た後病室から出たとたん、パッタリ倒れて、そっからポックリ逝ってしまったらしい。


 ダサい⋯⋯。ものすごくダサい⋯⋯。どうせなら交通事故で死んだほうがましだ⋯⋯。そんなことをぶつくさ呟いた。


 俺(ハオ。これを機に言っておくが、今の話し手は信時だ)はとりあえず、周りの宿泊客の迷惑にならないように、中庭に出た。俺が住んでた家ひとつはいるくらいの広い中庭だった。本来の目的はそこの片隅に置いておいた狼なのだが、俺はとぼとぼと真ん中のほうに歩いてそこで止まった。


 立ち止まり、ぼーっとしてみた。お母さんの訃報を聞いても、とても悲しいという感情は特に起きなかった。謎のイライラと空虚感が俺を包んだ。まぁ謎とはいっても、イライラの方は理由は明白だったが。


 そして、空を見上げる。まあまあ空気は澄んでいて星もちらほら見えるが、それでも暗い方の星はガルドシティの街灯などの明かりにかき消されている。手前が明るくそして奥は真っ暗に近いその空は、なんでかは分からないが俺を吸い込んでいくような引力のような力を感じた。


 すると急に俺の体が持ち上げられる感覚が起こる。ぼーっとしていたせいか特に驚きはしなかった。


 そしてその仮眠にも近いその感覚の中、視界は急に真っ白になった。そこに、複数の映像が流れてきた。


 まず流れたのは、いじめられて泣いている小1の俺。


 一度フラッシュ


 続いて、テストの点数が高く、友達に自慢している小4の俺。


 間髪を置かずにフラッシュ


 中学入試の面接の結果が不合格と聞かされた時の俺。


 さらにフラッシュ


 妹にこき使われている俺。


 もっとフラッシュ


 習っていたサッカーをやめようと思った時の俺。


 続いてフラッシュ


 怒り狂って椅子を人にむけて投げている俺。


 最後に一番まぶしくフラッシュ


 そして、


 ここ最近の記憶である、ゲームをしまくって現実逃避をしている俺。


 ⋯⋯そのどれもが、俺の嫌なところ。

 そうなのだ。俺はこうして自分を見失い、人を見失い、挙句の果てには自分を嫌いになり、人を嫌いになり、ついには自分は人は自分を嫌っていると思うようになった。だから俺も、人を嫌いになった。


 青春などということは、あらゆる意味で感じることはなかった。


 そのうちに達成感に至ることもなくなった。


 ⋯⋯死のうと思った。


 それでも死ぬことができず、臆病な自分を一段と嫌った。


 ⋯⋯『フラッシュバック』には至らないがそんな感じのことが終わると⋯⋯。

 俺はひとりでに笑い出した。

 同時に、俺はひとりでに泣き出した。


 なぜかわからないが、笑いが込み上げてきた。

 なぜかわからないが、涙はあふれ続けた。


 おそらく俺は、このみじめな自分の姿を嘲笑っているのだと思った。

 おそらく俺は、人に嫌われ、色んなことがうまくいかなかったことを、悔しがったり、悲しく思ったりして泣いているのだと思った。

 そのどちらに対しても、また俺をバカにしているように見えた。


 ⋯⋯ここでなら死ねるかな⋯⋯?


 どうやったら死ねるのかな⋯⋯?


 おそらくエリナも俺のことをうっとおしく思っているのだろう。


 俺は必要のない人だからな。


 なんで俺は死なないのだ?


 神様ももう少しためになる人の殺し方をしてもらいたい。


 俺みたいなくずはすぐに殺してくれ!


 なんで俺は死なないんだ!くそ!!


「うるせぇぞ。」

 急に声を掛けられ、俺はびっくりし瞬時にたくさんのことを考ええていた俺の思考回路は停止した。というか、脳内に直接響いているような⋯⋯。

「さっきからうるさい。お前もテレパシー持ってんならわかるだろ?」

 だ⋯⋯誰だ?

「お前が端っこに置いたんだろ。」

 あ⋯⋯あの狼か。

「さっさと飯をよこせ。」

 あ、すいません。


 結局俺はあの狼に餌をあげることとなった。こういう下働き的なことができるのは、今まで妹他にこき使われてきたからだと思う。ちなみに狼は生肉しか食べなかった。

「ふう。ごっそさん。あんがと。」

「ええ。」

 ちなみに、いくら思考回路が俺でも、口調だけはハオのままだった。読者は混乱しないように。

「そういえばな。さっきの話だが⋯⋯死ぬなよ。」

 唐突だな。ちょっとイラっとした。

「あなたには関係ないでしょう?」

「いや、大いにあるな。」

 はい?俺は訊き返そうとしたが止まった。なぜか気にはなったが⋯⋯。ところがこの狼もテレパシーを持っているだけあり俺の考えが分かるようで、俺が聞こうとしていたことを話し始めた。


「お前が俺を欲しいと思っただろ?」

 急に語りだした狼の話についていこうと、俺は耳をそばだてた。同時に、さっさと死ねよと言ってくる心の中の俺を必死に抑えようとした。なんでかは知らないが。

「はい。」

「あの時俺は、お前にテレパシーを送ったんだ。旅の足に使えってな。」

「はい?」

 俺は良く分からなかった。何が言いたいんだこいつ?

「いわゆる『虫の知らせ』とかいうやつだ。」

「なぜそんなことをしたのですか?」

「簡単さぁ、食われるからだよ。ここの人はどの動物の肉でも食うという習慣がある。あの兵士もそれに使おうとしていた。別にためになる死ならいいんだけどよ、食われるよりはお前を乗せて走った方がましだと思った。」

 俺は相変わらず言っていることの意味が分からなかった。だが⋯⋯なぜか心の中にある分厚い雲からかすかな光が差し込んだような気がした。

「話を戻すが、今お前がいなくなったら精肉所行きだからよ⋯⋯」

 俺はこいつが何を話そうとしているかやっとわかった。俺がよく聞きなれて、安っぽく感じてしまったが、それでも救われてしまう、俺が求めていたひとこと。

「⋯⋯お前は役に立つんだ。だから、生きろ。」

 その言の葉は重く、静かに響いた。雲の間から光がさした。救われたような気がした。

「エリナもお前を嫌っちゃいない。テレパシーを得たお前ならわかるはずだ。それに⋯⋯助けたい奴らがいるんだろ?」

「⋯⋯はい。」

 俺はまたも涙があふれて、止まらなくなった。ある曲の歌詞を取ると、『目の前のすべてがぼやけては溶けていくような』感じだった。


 その涙は⋯⋯もう冷たくなかった。


 ⋯⋯その後、やっと涙を止めるまでに30分ほどかかりました。

 私はその白い狼を『ハク』と名付けました。ハクはこの名前を一応は気に入ったようでした。明日には出発するということを『ハク』に伝え私はその場を後にした。中庭から室内に入るときにわたしはエリナさんと出くわしました。まぁ実際は私が笑いいながら泣いているときに見に来ていたことは知ってはいましたが。あれほど大きな声であんなことしとけば流石に見に来ますもんね。

「放浪者は記憶が戻るとトラウマが発生することが多いんです。というのも、『放浪者』は過去に過ちを犯してしまった人などが多いんです。」

 エリナさんがしんみりとそんなことを言いました。というか先に言ってくださいよ。

「すみません!あ!それでですね⋯⋯」

 エリナさんは私のスマホを取り、何かを入力しました。

「なんですかそれ?」

「私の電話番号入れときました!」

「あぁ、ありがとうございます。」

「あと、明日の日程ってどうなんですか?」

「もう少し買い物をして午後にはこの町を出ようかと思っています。」

「それでしたら、明日役場と隣町に私も用事があるので、ぜひ一緒に行きましょう?」

「ええ、そうします。」

 私はすぐにOKをした。どこか嬉しく思えました。

「では、おやすみなさい!」

 そういって、まるで嵐のようなエリナさんは管理人室に入っていきました。わたしも自室に入りました。


 私は今、ベッドに座っています。ここも信時さんや蓮人さんがいる世界と同じ季節のようで、日が沈むと少し寒いです。暑がりの寒がりもハオになっても健在でした。

 ふと私は外を眺めてみました。さすがに暗くなると、人の行き来は少ないようで、かなり薄暗いですが、近くの建物の窓という窓からは暖かい光が漏れていました。

「⋯⋯頑張らないとなぁ。」

 わたしはつぶやきます。エリナさんやハクに助けられたこの身で、今度は同級生を助けないといけません。今度は私が助ける番です。

 私は窓から空を見上げました。ふと目に留まったのは、赤い1等星と青白い1等星、その間にある3つ星⋯⋯。⋯⋯オリオン座かな。この冬の時期に見える、代表的な星座です。前のところとは変わらない景色。それでもそこまでの距離は程遠いもので⋯⋯。

 ――神様 どうか どうか 声を聞かせてほんのちょっとでいいから⋯⋯

 私が信時さんだったころよく聞いていた歌の歌詞。確か、『八十 八』という感じの名前のアーティストだったはずです。⋯⋯私の頬の上に、一粒の涙が流れました。もういろいろ考えるのはやめよう。一人でむなしくなるだけです。そう思い私は体を寝せ、ベッドで眠りにつきました。


 隣で泊っているソワという白髪の少女も、眠っていました。


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