第5話 ハオ、ソワ視点・王城内王室にて

《1》


「久しぶりの感覚ですね。人の手というのは。」

 わたしは左手の包帯をほどきながらそうつぶやきました。


「余裕そうだな。」

 わたしがいる部屋の奥に鎮座するジュラスト王が嘲笑を見せます。

「ハオ⁉大丈夫⁉」

 驚愕した様子でこの部屋にまだ入っていないソワさん。

「ハイハーイ、ハオは大丈夫ですよー。」

 わたしはあえて明るくあっけらかんと返事をします。正直言ってかなりの棒読みですが。キャラもぶれていますし。でも、こうでもしないとソワさんが落ち着かなくてわたしも集中できませんから。


「⋯⋯では、本題に入りますね、ジュラスト王。」

 わたしはとりあえず笑顔を向けた後はソワさんを放っておくことにしました。まぁソワさんはまだこちらの部屋に入っていませんし。それにわたしもまだ、ですから。そして私はジュラスト王を見据えます。今は龍の目ではないですが、少しは威圧できたと思います。ジュラスト王はそれを見て⋯⋯

「ハハハハハッ!!面白いやつだ!あぁ、いいだろう!」

 ⋯⋯ジュラスト王すごく笑っていますね。まぁいいです。


「とりあえず、わたしたちの要件を言っていいですか?」

「あぁ、いいだろう。」

「はいありがとうございます。簡単ですので。」

「なんだ?」

 少し間をおいて、息を深く吸って、その深い息の割には小さく、ただしっかりと聞こえるように述べました。

「⋯⋯シナさんを返していただきたいです。」

 ジュラスト王は眉を動かします。

「返す?まるで君の所有物のような物言いだね。」

「えぇ、それが事実ですから。」

 そうわたしは、サラッとと答えます。王はまた大笑いしそうでしたが、かまわず続けました。

「シナさんをあなたたちからいただいて、別の場所に持っていかなければならないんですよ。」

「⋯⋯別の場所?」

「これ以上はプライバシーの関係で話せないんですが⋯⋯」

「プライバシー⋯⋯ってなんだ?」

 ここで王が急にきょとんとした顔になりました。ここでまさかの『異世界内現代言葉通じない現象』が勃発ですか⋯⋯⁉まさか『プライバシー』という言葉が通じないとは⋯⋯。

「⋯⋯個人の秘密って解釈でいいです。」

「⋯⋯愚弄する気かね?」

「なぜそうなるんです?」

「⋯⋯まぁいい。」

 ジュラスト王が一度話を打ち切りました。この瞬間に、(まさかOKなのでしょうか?)なんて考えた人はあほです。⋯⋯はいわたしのことですそうですよ。

「⋯⋯理由は専門家に聞くがよい。」

ジュラスト王はそういうと、サッと左手をあげるそぶりをしました。誰かへの合図だということしかわたしには分かりませんでした。何を隠そう、この部屋の中へ入ってから、『テレパシー』が使えないんです。

「はい?」

 私がそう言った瞬間、

「⋯⋯私が説明いたしましょう。」

 という声が響いた。どちらかというとチャラい感じの男の声です。

 その言葉が響き出た方向に目を向けると、そこから細長い男の人が歩いてきました。そのひょろ長い体をジュラスト王ほどではない装飾に施された鎧で隠しているように見える人でした。髪は普通に黒髪の適当な長さですが、目が少しひきつっていて、それに負けぬ程度に口角が上がっていました。⋯⋯例えるならば、『口裂け男』でしょうか⋯⋯。

「⋯⋯誰です?」

 わたしはとりあえず訊いてみました。お願いだから、この人がこの国の幹部とかではありませんように⋯⋯。

「ここの国の軍部を総まとめしている、ウベリアスと申します。」

 ⋯⋯嘘ですよね?エブリデイフールですよね?

「頼んだぞ、ウベリアス。」

「はい、国王。」

 そう言ってウベリアスさんはこちらを見ます。そうであってほしくなかったです⋯⋯。

「では、お名前は?」

「ハオです。」

 とりあえずわたしは答えます。

「なんで暴れたんですか?」

「本当はシナさんが返してもらえればよかったんですが⋯⋯死にそうだったので。」

 私は平然と答えました。まぁ事実しか言っていませんが。

「とりあえず言っておきますが、無理です。」

「なんでです?」

 わたしは訊きました。

「我が国の戦力をそんな簡単には渡せないんですよ。それに⋯⋯」

「それに?」

 私は訊く。すると口裂け男ウベリアスさんはただでさえ高い口角を少し上げて、こう言いました。

「⋯⋯こんだけ暴れておいて、生かしてはおけませんからね!」

 その瞬間に、わたしの視界からウベリアスさん消えました。



「『高火炎斬ドファイレード』!!」



 わたしはその瞬間に後ろにちょんとステップします。それをした理由は⋯⋯


 ⋯⋯ドボボオォォォォォォ!!!


 ⋯⋯ご覧のとおりです。


 わたしが立っていて所には、少し右のところから真横に、右から左にかけて真っ黒な焦げができていました。

 そしてその焦げの右端には、先程視界から消えたウベリアスさんが立っています。


「⋯⋯まさかよけられるとは思いませんでしたよ。」


 ウベリアスさんがその不気味な笑顔をこちらに向けます。⋯⋯ウベリアスさん、恐らくその笑顔の方がよっぽどいい武器になりません?なんてことは到底言えませんでした。


「⋯⋯まぁまぐれじゃないですか?」


 わたしはとりあえずそう言っておきました。


 わたしはできる範囲でビジョンを立てることにします。なんせ『テレパシー』ができませんから。


 しかしすかさず⋯⋯


高火炎斬ドファイレード!!」


 またもウベリアスさんは『瞬間移動しゅんかんいどう』(おそらく)をして、今度は私の後ろからその技を放ちます。


 わたしは横に転がって回避しました。これをしながらも冷静に考え、


「⋯⋯宣戦布告⋯⋯という感じでいいですか?」


 私は転がりながらジュラスト王に聞こえるおように大きな声で訊きました。


「⋯⋯そもそも勝てるのか、おぬし?」


 ジュラスト王はあごひげを触りながら訊き返します。先程から私とウベリアスさんの戦いごっこを見ていたようです。


「⋯⋯まぁどうにかなりますよ。」


 私はまだ何もバトルのビジョンを考えていない状態でそう言いました。



《2》


 こんなに逃げているハオは初めてだ⋯⋯。

 そんなことを私は考えていた。

「⋯⋯勝てるのかなぁ。」

 さっきハオに『入るな』と言われた後からずっと、私は王室の扉の前で立っていた。ジュラスト王やウベリアスの意識は今までずっとハオの向いていて、私が襲われることは今のところない。それでも、いや、だからこそ私はものすごく心配している。おかげでさっきから私の意識もハオの方に集中されていた。ハオとはいえジョブの効果がない状態でしっかり戦えるのかなぁ⋯⋯。

 私の心配は、さっきからウベリアスとかいう男の攻撃を軽やかに、それでも少し慌ててよけているハオの姿で増幅していっている。

「⋯⋯今私は、何ができるかな⋯⋯」

 私はぽつりとつぶやいた。


「⋯⋯ハオは、大丈夫そう⋯⋯。」


 隣で女の子の声がした。

「⋯⋯え、」

 私は高速で右の下の方を見る。

 ⋯⋯そこには、西大通の宿に置いてきたはずの道の途中で拾ったあの女の子がいた。まだ名前のないあの女の子が⋯⋯!?

「えぇ?なんで⁉」

 私は大声を出しそうになる。今ぎりぎりで声をトーンを落とし、小声にはなったが、まだ驚愕を抑えられない。

「⋯⋯まさか、ずっとついてきてたの?」

「⋯⋯うん。」

 ⋯⋯え、うそでしょ?なんでついてこれたの?確か、私たちハオの『状態変化じょうたいへんか』で水蒸気になって、誰にも見えないようになっていたはず⋯⋯。じゃあなん⋯⋯

「⋯⋯それより⋯⋯、」

 その女の子は私の思考を遮るように口を開いた。

「⋯⋯ソワは、ジョブ効果、消されてない?⋯⋯」

「え、あ、うん。」

 私は話題の変わりように驚いていた。しかも私の名前をこの女の子に名乗った覚えはないんだけど⋯⋯。とまぁこんな感じでいくつかの疑問がよぎったものの、その女の子の遠く深くを見据える目に圧倒され、それどころではなかった。瞳の中は何か今現在以上のものを見ているようだった。

「⋯⋯じゃあ、私の言うとおりに、動いて。⋯⋯」

「⋯⋯あぁ、うん、わかった。」

 私は慌てて落ち着こうとする。こんな感じで気づかずに矛盾していることを言ってしまうほど動揺していたのかもしれない。


「⋯⋯いくよ。⋯⋯」

「⋯⋯うん⋯⋯!」


 私は声を少し大きくして気合いを入れる。『爆炎の使い手・フレスト』の赤い石を軸に回る2重の輪が、淡く光りだした。


「「⋯⋯我が『爆炎の使い手・フレスト』よ!」」


 私とその女の子は声をそろえる。私はさっきの様に前に『フレスト』を構える。


「「我とともに荒ぶり、その力の全てを解き放て!!」」


 すると『フレスト』の赤い石がその色のまま光りだし、それを軸に回る二重の輪が真っ白に輝きながら、『待ってました!!』と言わんばかりに高速で回転しだした。やがてさっき『放射バースト紅炎波紋フレアライプリング』という大技を撃った時のように、いや、それ以上に真っ赤な炎が吹き上がる。


「「我の邪魔者を、射貫いぬくがよい!!」」


 すると、今度の技は炎の形が違って動いた。吹き上がる炎は形を変え、『フレスト』の前に固まり渦巻く。やがてその炎は、大きな燕のような形を作り出す。


「⋯⋯ウベリアスの剣に、あてないように、体を狙って。⋯⋯」


 その女の子が少し大きな声で私に助言をした。私の方はかなり必死だったので声を出さずに目だけでOKのサインを送った。


 そして私は、気持ちを込めて叫んだ。


「⋯⋯『放射バースト火燕飛矢フレアロスト』!!!』


 その飛燕は、いや、『火燕』は、ウベリアスめがけて、轟音を立てて発射された。



《3》


 ⋯⋯ん?誰でしょうか?


「よそ見とは余裕ですなぁ!!」


「⋯⋯おっと⋯⋯!」


 先程からウベリアス戦にて、ウベリアスの剣技『高火炎斬ドファイレード』をよけるゲームをしています。そろそろそのスキル名を聞きすぎて、『ドファミレード』なんて音楽の音階の様に聞こえ始めているところです。

 しかし先程からこの王室に入らず待っているソワさんの面影(少し暗くて見えずらいのです。)が二人に見えます。しかもその影はソワさんの半本くらいの身長です。(⋯⋯誰でしょう⋯⋯。)

 なんて考えながら、ひょいひょいよけています。


「⋯⋯射貫いぬくがよい!!」


 ふと、なぜか王室の扉の方から声が聞こえます。⋯⋯この声はおそらくソワさんですね。⋯⋯まさかっ⋯⋯!


 わたしはその瞬間にウベリアスさんを視界にとらえます。前方2メートル前後のところにウベリアスさんを見ます。そこからわたしはある程度力を入れてバックステップしました。ウベリアスさんは今、一度止まってわたしと距離を取っている状態です。先程から見て気づいたんですが、『ドファミレード』⋯⋯ではなく『高火炎斬ドファイレード』を複数回繰り出すには20秒前後のインターバルが必要みたいですね。ならその間に休憩⋯⋯いや、しましょう。


「⋯⋯気を抜いてはいけませんよ?」


 ウベリアスさんは口を開きます。


「⋯⋯あなたこそ。」


 私がそう言いました。ソワさんらしき声が聞こえてからここまで、3秒。途端、



「⋯⋯『放射バースト火燕飛矢フレアロスト』!!!」



 王室の扉の方から気合いのこもった声が聞こえました。


「ん?」

 ウベリアスさんもそちらの方に目を向けます。


「⋯⋯やはり来ましたか。」

 わたしはとりあえず、ジョブ効果が消されていなくてよかったとひとまず安堵。

 それにしても、まさかあの女の子が来ているとは思っていませんでした。なぜ来ているのでしょう?わたしたちをついてきたというのはなぜできたのか、後で訊いておきましょう。


 わたしはやけどをしないようにさらに距離を取ります。


「⋯⋯なっ⋯⋯!」


 ウベリアスさんは固まっています。本当にガッチガチに。


 カラァーーーン


 ウベリアスさんが先程まで猛々しい炎をあげさせていた剣は、高らかな音を立てておちました。


 ウベリアスさんの視線を追うと、そこには巨大な火の燕がいます。ウベリアスさんの方に飛んできています。


「⋯⋯だから言ったでしょう。」


 わたしは口を開きます。まるでわたしの手柄かのように言い放ちます。⋯⋯あ、すみませんねソワさん。


「気を抜いてはいけませんって。」


 私のその再度の忠告は、業火の渦の音に無情にもかき消されました。ウベリアスさんの大きな悲痛の叫び声とともに。




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