第6話 ハオ視点・王室にて
私はおもむろに足を動かします。
その王室には、つかつかと軽快な音が響きます。
その王室の中央、大きな真っ黒いクレーター。まだ焦げたにおいが立ち込めるその王室にて私はその中心に立ちます。
しかし中央と言っても王室の床の面積の大半に至るそのクレーターの中心に移動したわたしの足元には、先程までウベリアスさんが使用していた剣が転がっていました。それは無機質のはずなのに真っ黒に焦げているような、または炭と化しているようなそんなことを思わせる黒に染まっています。ちなみにここ周辺にこれ以外のものは特にありませんでした。例えば人の死体などもありませんでした。
「⋯⋯さてと。」
わたしは静寂に包まれた王室にあえて空気の振動を加え、視線を足元からジュラスト王の方へと向けました。龍の左目はこの部屋の効果で消えてしまいましたが、それでも少しはひるませられるような眼をします。
「⋯⋯!」
王はというと、先程の爆撃と見間違えるほどの業火を目の当たりにし、ガタガタと震えています。王は無言で私の声にびくりとします。ここまでくるとそのいかついあごひげが飾りのようです。
「話し合いを続けましょうか⋯⋯ジュラスト王。」
わたしは王に告げました。
「⋯⋯ふざけるな⋯⋯!」
⋯⋯ん?
「⋯⋯ウベリアスの仇を取ってからだ。」
⋯⋯なんだ。怒りに震えてたんですか。ガタガタというよりは、ワナワナでしたね。
「⋯⋯わたしを殺すつもりですか?」
とりあえず私は訊いてみます。最近挑発の癖でもついてきたのでしょうか。
「⋯⋯当たり前だ。私は王だ。
そう言って王は続けます。
「フンっ、ジョブ効果のないお前など造作もないことだ。」
わたしは少し眉を顰めます。まだあの人は気づいていないようですが、それでも放たれたその一言は、少しはわたしの癪に触れました。まぁそれより怒ってしまったのは⋯⋯
「⋯⋯その考え間違ってる⋯⋯!」
⋯⋯こっちの人の方でしたね。
奥から声が聞こえます。互いに少しばかりイラついているわたしとジュラスト王二人が同時にその声の主の方へ向くと、そこにはあの女の子を連れたソワさんがいます。その女の子は少し怖がっているようにソワのローブの裾を引っ張り身を縮めています。怖がっているのはソワさんも例外ではありませんが、前で杖を握るその両手には、力がこもっていました。
「ハオをバカにしないで⋯⋯!」
少しの恐怖心をその声に込めながらソワさんは言います。しかしその声は私たちのような聞き手に対して少しばかり圧倒を覚えさせるものでした。
「ハオは⋯⋯強いんだから⋯⋯誰よりも⋯⋯!」
するとジュラスト王はそのソワさんの声を鼻であしらうと、
「⋯⋯まずはお主からだ!」
と声を荒げます。
それにしても、なんでソワさんはそういつもわたしのハードルを上げてしまうのでしょうか。本当に前から思っていましたが。
「ソワさん、やめてください。」
私は静かな声でソワさんを制します。
「⋯⋯うん。」
ジュラスト王が怖かったのか素直に従うソワさん。
「⋯⋯
わたしは顔をジュラスト王に向け、そういいます。
しかしその方向にはジュラスト王はおらず、
「⋯⋯セイッッッ!!!」
目の前に剣が振り下ろされます。わたしはぎりぎりでその剣を右に飛び跳ねよけます。もちろんその剣の持ち主は、ジュラスト王です。
「茶番だと?笑わせるな!」
ジュラスト王はその芯の太い声で憤りを見せつけます。
「あなた笑っていないではないですか。」
わたしはと言うとかなりバカにしている口調になっています。
「うるさい!!」
その声の響く方を見る合間さえもくれずに、ジュラスト王は再度一振り。わたしは体を少し反らしてサッと回避しました。
「⋯⋯なぜ私の剣をよけれる?」
ジュラスト王はそのひと振りをよけられ地面に食い込んでいる剣を取り出し、肩に乗せます。ここの世界での剣もに本当なんですね⋯⋯。てっきり両刃かと。
「⋯⋯私が本気出してるとでも?」
わたしは相変わらずバカにする口調で答えます。多分立場が違ったらわたしはかなり怒っているような気がします。今は違いますが、わたし基信時さんはかなり短気な方ですので。
「⋯⋯あなたがこの部屋に連れ込んだのが悪いんです。」
そのわたしの声がこの部屋の響くと同時に⋯⋯
ドゴオォォーーーーン!!
そのわたしのこぶしが放つ爆発音のような音が轟くと同時に⋯⋯
「グハッッッ!!」
ジュラスト王の短いうめき声が聞こえると同時に⋯⋯
トッ⋯⋯
わたしがそのジュラスト王のそばに着地しました。
「⋯⋯何が⋯⋯あった?」
ジュラスト王が身に纏っているその金属製の鎧は、原形をとどめず砕け散っています。
「⋯⋯なぜ⋯⋯私は⋯⋯」
ジュラスト王の寝転がっているところは先程の真っ黒いクレーターの中心に近い場所で、そこに新たなクレーターができています。クレーターができるほどではないと思っていましたが、加減をミスしてしまったのでしょうか。
「⋯⋯飛ばされたのだ?」
「すみません、もう一度いいですか?」
わたしははジュラスト王の隣に立ち、問いかけます。
「⋯⋯シナさんを返してください。」
わたしは再度言い放ちます。はっきりと聞こえるように、それでも怒りは隠しつつ。しかし、とりあえず終わったかなと安堵の息を吐こうとする私に⋯⋯
「まだだ!!」
⋯⋯休憩は与えられませんでした。
その瞬間には、
ドゴオォォ―――!!!
倒れた⋯⋯いや、倒れていたジュラスト王を中心に、3つ目のクレーターができていました。
ジュラスト王を中心に強大な爆風が巻き起こります。
そのとてつもなく強い風にそこのみんなは目を開けることもできずにいました。
わたしはぎりぎりのところで爆風に身を躍らされることはありませんでした。その瞬間にソワさんたちの身の安全を片目で確認し、とりあえずは大丈夫だろうと判断し、それでも王室の近くの壁際に一跳びで退避しました。
その爆風は秒数を重ねることに熱を帯びていき、熱風へと化していきます。
ひゅうぅぅぅ⋯⋯
その爆風が止むと、そこには⋯⋯
「⋯⋯まだ本気は出していまいぞ?」
⋯⋯姿形を大きく変えたジュラスト王が立っています。
その姿は、とりあえず人ではありませんでした。
ジュラスト王の体から防具は取れ⋯⋯と言うか大半はわたしが壊してしまったのですが、その体から淡い赤色の肌があらわになっています。その肌が包む筋肉はより一層力強く膨らみ、額の2つの星が2つの目とともに怪しげに輝いています。先程ジュラスト王が使っていた剣は、その刃の長さと幅ともに大きくなり、赤い炎で燃えています。そして何より、ジュラスト王の股下、巨大な黒い鱗の蛇。ジュラスト王はその黒い大蛇にまたがっています。
「これは確か⋯⋯ソロモン72柱魔神の⋯⋯アイム様⋯⋯?」
わたしは確かめるようにつぶやく。
「フン。おぬしもただのバカではないようだなぁ。」
ジュラスト王は鼻を鳴らしながらそう言います。
「⋯⋯残念ながら、そういう知識はあるんですよ。」
⋯⋯そうなんですよ。残念ながら
『アイム』様はソロモンに使える悪魔『ソロモン72柱』の1柱(神様の単位は~柱です)です。72柱中の23柱目の『火の使い魔』です。確か、エジプトの女神『バステト』と関係があったとかなかったとか⋯⋯といった感じの魔神でしたはずです。
「さぁ、どうする?」
余裕そうなジュラスト王。
「まぁ、何とかなりそうですよね。」
とりあえず答えておきます。
ジュラスト王の下では、黒い大蛇がシューッと鳴き声を立てています。その眼光が細く怪しく光ります。⋯⋯なんか親近感がわくんですが⋯⋯。
そんなことを考えていたら、急に大蛇の眼光が鋭く変わったのに気が付きました。
(⋯⋯来ますね。)
「しゅうああぁぁぁーーー!!」
考えた矢先、私は何かを勘づき高くジャンプします。
そしてジャンプする前の私がいた場所では、大蛇が壁に突っ込む音が響きます。
それを脇目で確認すると、そこにまたがるジュラスト王は剣を振り上げました。時ジュラスト王の剣に纏われていた炎は渦を巻きながら大きくなり、その色は明るみを増していきます。その時にわたしの方へ剣が振り下ろされます。
すると、その剣とともに炎の塊がまるでジュラスト王の股下の大蛇の様にわたしの方へ塊となり押し寄せてきます。その蛇にも見える炎を、わたしはかなり急に来たものですから、一気に空中で身をくねらせ、落ちる軌道を変えることで何とか回避しました。が、少しグレーのパーカーに火が燃え移り、少しだけ焦げを残しました。せっかくお気に入りだったのに⋯⋯。
しかしそれにしても、ここ異世界に来て初めて、わたしは『危機感』を覚えました。さすがにジョブやスキルの効果がない状態で、あの大蛇と
そんなことを考えていたわたしは、ゴロゴロと藍のショートの髪の毛を大きくなびかせ体を転がし、その回転が止まったところで横にステップを入れ、大蛇との距離を取ります。大蛇は体をくねり体の位置を調整しつつもしっかりとわたしの方を見据えています。残念ながら睨まれても決して蛙にはなりませんが、それでも大蛇の方もすぐ攻撃できるような態勢に入っています。
と、大蛇が別の方向を見ました。大蛇はわたしから目を逸らします。上ではジュラスト王が何か指示しているようです。そしてその後、大蛇がそれに従ってなのかゆっくりと見据えた先には⋯⋯
⋯⋯ソワさんとあの女の子がいます。
「⋯⋯マズイ⋯⋯!」
その音を立てて落ちるように発せられた言葉が落ちて消えるころには、わたしの体は大きく浮いていました。目にも映らぬそのスピードのまま、大蛇に体ごと突撃します。完全に突進の態勢で大蛇の横顔にぶつかります。
「シュルルルウーー!!」
大蛇は巨大な唸り声をあげます。大蛇の体はぐらりと揺らぎますが、それでもすぐに体勢を立て直し、なおもソワさんたちの方を見ます。わたしが本気でタックルしても、ただ体を押しただけになってしまったようです。
「⋯⋯やれ、ウベリアスの仇だ。」
アイムに扮したジュラスト王は、それを気にせずに低く唸るように命じます。
大蛇にタックルした後わたしはその近くに着陸し、大蛇の動きを確認します。私の体の方は大蛇の方にはじかれてしまいます。左手をついたまま、わたしはソワさんたちを確認します。大蛇は明らかにソワさんを狙っていて、ソワさんは少なからず蛙になりつつあります。
刹那、大蛇の目の色が変わります。表すならば、『攻撃色』のような色に変わったその2つの球体の黒い穴は、ソワさんの方へと向けられたままです。しかし、そんなことをわたしが考えている間に、大蛇の方は攻撃に入っていました。巨大なあの口で丸のみにでもしようとしている勢いです。ソワさんはそれを見たままで硬直しています。
(このままでは⋯⋯!)
その考えはいつの間にはわたしの体をソワさんたちの前に突き動かしていました。
ソワさんは完全に硬直していました。あの女の子の方が引っ張って、頑張って逃げようとはしていましたが、それでも間に合いません。おそらく。
ならば、最後の選択肢は一つ。
(わたしは人のためなら、自らの死も迷いません。)
(⋯⋯ほんと誰でしょうね、こんなカッコつけたことを言ったのは。)
わたしの先程考えたことが思い出されて、そんなことを考えました。
(⋯⋯ただ、本当のことを述べただけなんだが?)
すると、珍しく脳内で私のもとの声が響きました。
(まぁ、そうですね。)
それにわたしは、そっけなく答えました。
わたしの足と判断は素早いです。それはそうでしょう。
少しネタ晴らししてしまいますが、わたしがいまここまで動けるのは、上の効果と一緒にわたしの
⋯⋯醍醐味はここからです。
もう躊躇はしません。
まず1歩目の右足でソワさんの前、王室の入り口まで飛び、
次に2歩目の左足でそのソワさんたちの目の前でブレーキ。
さらに3歩目の右足を左足より少し前の方に置き前傾姿勢になり、
そのまま両足で最大の力を出してジャンプ。目標は大蛇とジュラスト王の真正面。
1歩目からここまで、0.02秒。
そして、直に殴る気ははなからないわたしは碧い鱗が消えてしまった左手を強く握りました。まだなのに手にはギュッと力が入ります。
そして、ジュラスト王を目で見据え、睨みつけます。今目の前にいる大蛇に負けては、『
ただ、ジュラスト王と大蛇の方はまだ何も反応していませんでした。ゆっくりとスローで瞼を動かしているようにさえ見えてしまいます。それはまぁ私の行動が速いのが原因なのですが、それでも少し寂しいというか⋯⋯。
そんなことを考えつつ、ジャンプした状態から左手のこぶしを大きく後ろに引きます。そして大きく力を籠めます。ここでは誰にも負けてはなりません。ここで勝って、今スローで少しばかり動いているソワさんやシナさんたちを、元に戻さなくてはなりません。私個人の願望ですが、人間みんなそうでしょう?
⋯⋯人間みんな“欲”が一番のエネルギーになるんですよ。
風を切る音の速さを追い越す空砲を撃つのです、ハオ!
今出せる最大の力で、1000倍で!
まさに今振り切ろうとしている左手が、ギリリッ!と低い唸り声をあげました。
「1000倍 “
そう叫んでわたしは、その左のこぶしを思いっきりアッパーを打ち込むように振りました。
その瞬間に、スローの映像が元の戻ったように、ドウゥゥゥッ!!という強大な風の塊がジュラスト王めがけて飛びました。ジュラスト王はぎりぎりで反応していないくらいです。
風の塊はジュラスト王の下の大蛇の顔面に入り、そのままジュラスト王ごと持ちあがりました。そのままジュラスト王たちは反対側のいわゆる玉座とでも言われる場所の壁に突っ込みます。床とは別にさらにもう一つクレーターが出来上がります。上からかけていた大きなこの国の紋章が描かれている旗ごとえぐられるように形作られたクレーターの中心では、ジュラスト王と大蛇が伸び切っていて、大蛇に至っては勢いよく追突してしまったであろう腹の方までクレーターの一部とあっています。わたしはそれを見ながら元の王室の扉の前に着地しました。
先程の1歩目からここまで0.3秒。
この後初めて、大きな暴風の音と空気の塊があたりを襲いました。
ごうっという音に周辺は数秒間包まれたままで、わたしはそれを飛ばないように注意しながら片腕を顔の前に持ってきました。今日最大の轟音は、耳鳴りが3分ぐらい残る程度には強いものでした。
ソワさんたちもやっと我に返り、何があったのかさえ分からない状況のようでした。ソワさんは辺りをきょろきょろして、小さな女の子の方はわたしを見て目を輝かせていました。
それを見てやっと安心したわたしの頬をゆっくりとなでるように流れていく怪しくしまった風に誘われ玉座の方を見ると、そこには元のサイズのジュラスト王しかおらず、大蛇は消えていました。
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