たこパ、きっと楽しい

「本日の議題」


 そんな事を五歳年上の彼女が言い出すのは、大抵、時間待ちのタイミングだったと思うのだけれど、今日は作業をしながら言い出した。


「大阪にたこ焼き屋は何軒、あるか?」


 しかし孝代さんが言い出した理由は、分かる。



 今、二人でたこパをしているからだ。



「さぁ……。200とか、300とか?」


 数字は勿論、当てずっぽうだ。


「桁違い、桁違い。専門店だけで3000以上。片手間にでも出す所を入れたら7000くらい」


 それが本当なのかどうかは確かめようがないけれど、納得させられる数字ではある。


 孝代さんは話ながら、丸い窪みのある鉄板に油を引いて、メリケン粉の生地を流し込んでいく。この粉にも拘りがあるらしくて、薄力粉でも強力粉でもなく、「メリケン粉」と書かれているものを選んで買ってくる。


「あ、そういえば」


 そうやって孝代さんの手付きを見ていると、僕も浮かんだ雑学があった。真意の程を確かめる必要がなければ、たこ焼きの雑学がある。


「最初に考えついた人は、舟行商してた人らしいんだって。だから舟の形のお皿に乗せて、数も、一舟ひとふね二舟ふたふねって数えるところがあるくらい」


「おーおー、そうだったんだ」


 どうとでもなる雑学に対し、孝代さんは目を丸くしてくれた。


 そう言いながらも、孝代さんはササッと動いて、テーブルに置かれてる具材を乗せていく。天かす、干しエビ、紅ショウガ、カツオ粉――そして、ここも孝代さんの拘りで、タコは細かく刻んだものを入れる。


 そして最も強いこだわりと言えば、焼けたたこ焼きを回転させるために使うものだ。



「竹串!」



 木の柄に金属でできたタコピンじゃなく、竹串を使う。


「金属のだと鉄板が傷つくのよねェ」


 そう言いながらひっくり返して、真球にしていく手つきは、やたら手慣れている。


「慣れてるねェ」


 僕が思わず思わず呟くと、孝代さんは得意気に鼻を鳴らして、


「15年前から焼いてるもん。自分で初めて作ったおやつが、たこ焼き」


 そう言いながらも、孝代さんの手は止まってない。香ばしい匂いが漂ってきたところで、ソースも刷毛で塗る。青のりは一つまみ。その全てが、多すぎず少なすぎずって分量に感じるのは、贔屓目ひいきめが過ぎてるか。


「さ、どうぞ!」


 僕が言った通り、舟の形をした紙皿があればいいけれど、そこまでは100円ショップで売ってるものじゃない。


 ドーナツ屋のおまけでついてきた皿に載せられたたこ焼きを、一つ口に含む。


「ん、んー!」


 言葉がないのは、美味しいからってだけじゃない。


「熱いな!」


出来立できたてだもん。当たり前でしょ」


 ケタケタと孝代さんが笑った。


 僕は麦茶を一口、含んで口の中を冷まし、改めてたこ焼きを味わう。甘っ辛いソースの味は、完全に脇役だ。その他、じんわり来る天かすのの風味、干しエビの香ばしさ、紅ショウガの香りを引き連れて、メリケン粉とタコの味がやってくる。


「おいしいな。最初はソースだけで食べて、次はマヨネーズかけて……」


「そうそう。そういう自由な食べ方がいい」


 孝代さんも最初はソースだけ、続いてマヨネーズをかけて食べている。考えてみれば、たこ焼きに「正調」というのがあるとすれば、具材はタコだけなんだろう。けど、実際は天かすに紅ショウガと色んなモノが入ってる。


「自由に食べるのが一番」


 冷えた麦茶を飲みながら食べる孝代さん。


「自由だから楽しい」


 多分、楽しいから、初めて作ったおやつを、今でも時偶、作る事があるんだろう。



「楽しい事は、一緒にしたいね」



 僕も同感。

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