君と勝負を
今朝、起きた時、ふと思った事があった。
――食パンに、ベリー系のジャムを大量に載せたら、割とケーキっぽい味になるんじゃないか?
確か、そう言うケーキがあったような気がする。
しかし気がするばかりで思い出せないが、他に訊ける人もいないから、五つ年上の彼女に訊いた。
「食パンにベリー系のジャムを大量に乗せたようなケーキ?」
孝代さんは、これ以上にないくらい、馬鹿にした顔をした。
何が言いたいのかと言うと――、
「ケーキに謝って」
何なんだ。
「土下座して謝って」
テーブルをバンバンと叩きながら力説する孝代さん。
「そこまで言うって事は、知ってるの?」
「食パンにジャム載せただけじゃないから」
と言う事は、知ってるって事か。
「作れる?」
「そりゃ、作れるけど……」
首を傾げる孝代さんは、少しだけ考えた後、
「作ってあげるから、何か作って」
それは、全く想像していなかった……。
「相手を驚かせるものを作った方が勝ちって事で」
でも笑いながら孝代さんに言われると、「やってみようか」としか言えなかった。
さて、孝代さんが作るのがケーキなら、僕も作るのはケーキにしよう。お茶でも飲みながら食べるのに丁度いいケーキを、一つ、僕も知っている。
用意するのは、カスタードクリームとヨーグルトクリーム、それにシェリー酒。
少し小さめのカップを用意して、シェリー酒で気持ちだけ濡らしたスポンジケーキを敷き詰める。
そしてスポンジケーキ、カスタードクリーム、スポンジケーキ、ヨーグルトクリーム、スポンジケーキと段にする。
最後に、カットフルーツを載せていくけど、そのカットフルーツはベリー系を中心にする。
確か、こう言うケーキはトライフルって言ったっけ?
「なるほどね~」
翌日、僕が持ってきたトライフルを見て、孝代さんは目を丸くした。
「これくらいなら、僕でも作れるんだよ。並べるだけだから、割と簡単だしね」
「見直した、見直した」
手を叩く孝代さんは、すくっと立ち上がって、冷蔵庫に手を掛ける。
「それで、だ」
笑みが少しずつ強くなる理由は、すぐに分かった。
「トライフルは、イギリスの伝統的なデザート。そして昨日、君が言っていたケーキも、同じくイギリスのデザートなのだよ」
冷蔵庫の中に、孝代さんが作ってくれたケーキがあった。
「プティング」
お互い、イギリスのデザートを作ったってわけだ。
「作り方はね、ベリー類を砂糖と一緒に煮込んで、その煮汁に食パンを浸して、ジャムになったベリー類を載せて作るの」
僕が作ってきたトライフルと同じで、簡単な工程でできるっていうのも孝代さんが楽しそうにしてる理由かも知れない。
「冷蔵庫で一晩、寝かして出来上がり。だけど、味だけなら食パンに大量にベリー系のジャムを載せたらできるけど、味だけ同じならケーキってわけじゃないでしょ」
「はは、土下座するよ」
僕が冗談めかしてそう言うと、孝代さんは「いい、いい」と手を振った。
「お茶淹れるわ。食べましょ」
孝代さんはティーカップを取って、折角だからと紅茶を淹れてくれる。
「プティングのキモは、煮汁にちゃんとパンを漬け込む事なの。そうしないと、ジャムとパンが一体化してくれない」
なるほど、それなら僕が言った方法じゃ、味すら一緒じゃない。
「けど、お互い、驚いたみたいだし、引き分け?」
孝代さんが淹れてくれた紅茶を口元に運びながら、僕はめでたしめでたしと締めようとしたんだけれど……、
「あら、もう一つ、あるわよ。この、ヌガー入りのチョコバー」
孝代さんは冷蔵庫からチョコバーを取り出して見せた。
「ん? それを?」
どうするのと問いかけると、孝代さんは何を思ったかパン粉を手にし……、
「衣つけて揚げる」
「んなのあるかよ!」
「あるんだよ、スコットランドに!」
どうやら僕の負けのようだ。
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