ジュースが将来に関わってたらしい事

 孝代たかよさんは僕よりも5歳年上で、当然、大学を出てる。


「そういえば、孝代さんは何が専攻だったの?」


 ふと気になって訊いてみると、孝代さんは軽く首を傾げるような仕草をして、


「分子結晶学」


 なるほど、首を傾げるような仕草は、分子結晶学っていわれて僕が分からないと思っているからだ。少なくとも高校で習う事とは大分、違う事くらいしか分かってない。


「どんな事するの?」


「例えば、強い金属を作ろうとしたら、できるだけ大きな結晶を、規則正しく配列する必要がある訳ね。小さい結晶が集まってできてるものと、同じ大きさの単一結晶の金属だと、単一結晶の方がずっと頑丈なのができるから」


 そういうのを作る勉強――といおうとして、孝代さんは止めた。


「おやつにしましょ」


 それは誤魔化したというよりも、もっと簡単に説明できる事があるって風。


 孝代さんはカットグラスを二つ、手に取ると、冷蔵庫に入っていたブルーハワイのシロップを取り出す。


「これは、かき氷用のシロップです」


 それをカットグラスに沿わした人差し指が隠れるくらい注ぐ。


「次に、わたあめをこうやってちぎって、グラスに詰め込むんですよ」


「うん?」


 今度は僕が首を傾げた。


「わたあめ?」


「そういう。溶かした砂糖を糸にして巻き取ったものね」


 孝代さんは頷きながら「基本、砂糖と同じものね」といって、次に冷凍庫を開けて、


「そして、この冷凍フルーツをね……」


 凍らせていたイチゴやブルーベリー、黄桃なんかを、綿菓子の上に載せる。


「製氷皿に入れて氷漬けにしてるフルーツね」


 その冷凍フルーツの上にわたあめを詰めて、また冷凍フルーツを載せていく。


 そして最後に取り出すのは……、


「ここの炭酸水ですよ」


 冷蔵庫に入れていなかった2リットル入りの炭酸水だ。


「さて、これをグラスに注ぐと、どうなると思う?」


「どうなる?」


 僕は眉間に皺を寄せて考え込む。


 ――シロップを炭酸で割って、ソーダにしようって事だろ? 氷の代わりに冷凍フルーツを使って……。


 考えていると、孝代さんはニッと笑い、


「ただし、マドラーは使わないものとします」


 グラスの底にあるシロップが均一にならない気がする……。


「混ざるの? それ」


「じゃ、やってみましょ」


 孝代さんがグラスに炭酸水を注ぐと、炭酸水は泡を吹き出す。


 その炭酸水は、わたあめを飲み込むように溶かしていき、底に達すると青いブルーハワイのシロップを巻き上げて、グラスの中を透き通った青一色に染めた。


「本来、炭酸水に上白糖やグラニュー糖を入れても、ここまで簡単に溶けないでしょ? そんな砂糖と同じモノなのに、わたあめは溶けるのよ。そして炭酸水」


 同じように、孝代さんがもう一方のグラスに炭酸水を注ぐと、同じようにグラスの中は青いソーダになってくれる。


「普通にグラスへ注いだだけだと、こんなに泡立たない。泡立つ理由は、冷凍フルーツのせいね」


 孝代さんはグラスを一個、僕に渡してくれた。


「氷の表面はツルツルなように見えて、実は顕微鏡で見ると、かなりデコボコなの。それが炭酸を泡立ててる訳。で、泡だった炭酸は、あたあめを溶かして、シロップを巻き上げるって訳」


「あァ」


 こういわれると、僕にも分かる。


「結晶が小さくなってるから、わたあめは簡単に溶ける。氷の表面は結晶が均一じゃないから、炭酸を吹き出させる」


「そうそう」


 孝代さんはコクコクと頷いた。


「ついでにいうと、常温と低温だと液体に溶ける気体の量が違うから、炭酸の吹き出し方も違う訳よ」


 孝代さんは長い人差し指で、結露したグラスの表面を撫でる。


「こういう、同じものなのに結晶の大きさとか並びとかで色々と変わるのが面白いって思ったのが、私の化学の入り口だった訳」


 大学で勉強した事が今の仕事にどう活かされてるかは知らないけれど、僕はこう思う。


「なんか……、孝代さんらしいね」



 今日もおやつを作ってて、色んなものがそこに繋がってる。



「うん。ものを作れるのがいいの」


 笑う孝代さんが作ってくれたジュースは、かなり甘かった。

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