夏に細雪が見えた話
5つ年上の彼女の
僕は夏はアイスクリームを食べたくなくなる性分だ。熱いから冷たいものを、という気持ちは湧くけれど、アイスは除外される。
そんな夏の日、孝代さんが持ってきたものに、僕は目を見張った。
「氷?」
氷塊といった方が良いんじゃないかと思うくらいの氷。
その氷を前に、孝代さんは胸を張る。
「そうそう。極超純水の氷!」
孝代さんは大学時代に分子結晶学を専攻してたらしく、そういうのが手に入る環境だった? だから僕は小首を傾げ、
「純水?」
「ノーノー」
でも孝代さんは得意げに首を横に振って、
「極超純水」
……何が違うんだ。
「実は純水には規定がないの。水質的にも、生成方法にも。蒸留水もイオン交換水も純水な訳ね。でも超純水には規定があって、導電率とか有機物濃度とか、水質に規定がある訳」
そう得意そうに語る孝代さんが持ってきたのは、そんな純水でも超純水でもなく、極超純水というまた違った名前な訳だけど。
「で、極超?」
「英語でいうとハイパー。こう、心躍る響きがある……」
「極超純水は造語ね。超純水を、もっとイオン交換や膜処理を駆使して、H2Oしかないくらいに仕上げた水ね」
「手間暇かかったのだけは分かったよ」
逆にいうと、それくらいしかわからない。多分、それは孝代さんにも伝わってる。
だから孝代さんは水の話を終わらせて、氷の話に移った。
「で、それを凍らせると、この通り透明な氷になるのだよ」
本当に透き通った、中に気泡が一粒もない氷だった。それも手間がかかっているらしい。
「気泡の正体は、凝固点とか沸点とかの違うものが水中にあるから。それを徹底的に取り除くと、こういう本当に透明な氷になる。で、急冷せずにゆっくり冷やしたの」
「で、その氷をどうするつもりで持ってきたの?」
と訊ねると、孝代さんはいつものように芝居がかった「ふっふっふっ」という笑いを浮かべ、
「暑いし、かき氷にしましょ」
そんな手間も時間もかけて作った氷を、今からかき氷にしてしまおうというのだ。
それというのも――、
「カロリー的にも、かき氷は低いからね。そしてかき氷を作るヤツも持ってきたのよ」
そういって孝代さんがテーブルの上に並べたのは、ペンギンの形をしたかき氷器。氷を入れて、ペンギンの頭にプロペラにみたいに突き出てるハンドルレバーを回せばかき氷ができるという、子供の頃、よく見たフォルムの。
「まぁ、まぁ、やってみましょ」
そういって、孝代さんは氷をペンギンの頭にセットする。
「ところで君は、かき氷のカキって何だか知ってるかい?」
「へ?」
そういわれると知らない。
「実は、欠片とか欠けるの、欠きって書く。つまり氷の欠片って意味ね」
「あぁ、お店で売ってるのは、機械で砕いてるね」
氷の欠片で欠き氷か。
「でも、実は語源にはもう一個あって、氷を
そういって孝代さんは、今、回してるペンギンを指差した。
「このペンギンも、ナリはこんなだけど、中に入れてる刃物は、特別製なのよ。鉄とアルミなら任せろってくらいの人がいて、その人に作ってもらったの。だから、見てよ」
孝代さんが指差すのは、ペンギンのお腹に当たる部分に入れてるカットグラスに溜まっていく氷。それは砕いただけの氷とは全然、違っていて、
「へェ、こんな細かくなるんだ」
「鋭い刃物で、硬い氷を掻くとこうなる。雪みたいでしょ?」
確かに、夏に見る雪だ。
その味は――氷に味なんてないといえばないんだけど。
「これは……うん、本当に雪を食べてるみたいだ」
氷なんだから口の中に入れたらなくなるのは当たり前だけど、この氷は溶けて消えるんじゃなく、ただ消えていく。それだけ細かい氷なんだ。
そしてシロップも孝代さんの手作りらしい。孝代さんは胸を張って、
「昔ながらの、お砂糖と水だけで作ったの。みぞれシロップね」
メロンやイチゴの香りがないからこそ、氷の良さがよくわかる。
テーブルに並んでいるペンギンのかき氷器にみぞれシロップに僕が感じる事は――、
「刃物で掻く昔ながらの機械に、砂糖と水だけで作るシロップ……いいね」
ノスタルジック。
孝代さんも、こういうノスタルジックさが好きで、氷を作ったりペンギンのかき氷器に手を加えてもらったりしたんだろう。
そして気が合うといえば……、
「そういえば孝代さん、アイスも好きでしょ? 今日はかき氷の気分だった?」
「あー、暑すぎる日はアイスは食べないの」
その理由だ。
「喉が渇くから」
変わっているといわれる僕がアイスを除外する理由は、孝代さんと同じ。
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