暑さ寒さは、天高く馬肥ゆるとは無関係という話

 空が高くなると、寂しい気持ちになる事が増える――というのは、僕の五歳年上の彼女、孝代たかよさんの言葉。


「まぁ、夏がいいっていう気持ちからなんだろうけど」


 夏が一番、好きだという孝代さんにとっては、空の高さは好きな季節の終わりになる訳だ。


「僕はエアコンかけずに寝られる日が増えると嬉しいよ」


 必要だから使って忌めけれど、僕はエアコンから出る風がどうにも苦手。


「窓を開けて寝れる日が一番、いいよ」


 自然の風が一番、いい。冬になると寒くて開けてられないから、夏の終わりから秋にかけてが、僕は一番、好きかも知れない。


 と、孝代さんも開け放っている窓の外へ顔を向けてて、


「ああ、確かに。暑さ寒さも彼岸までっていうし、いい季節ね」


 ただ孝代さんの手元には今、サツマイモがある。どうしたのかって僕が訊くと、


「こども園で育てたらしいのよ」


 知り合いの子供が持ってきてくれたらしい。


「一番、手っ取り早いのは焼きイモだけれど、これをこうします」


 これをこうといわれても、何を作ろうとしているのか僕にはさっぱり分からないんだけど。


「冷凍ご飯を一膳分、こう……すりこぎでね……」


 コツコツと突くように潰していく。


「で、粒が半分くらい潰れた所で、蒸し焼きにしたサツマイモを入れて、もう一回、混ぜていきます」


「うん?」


 そこで僕も思いつくものがある。


「おはぎ?」


「そうそう」


 孝代さんは頷くけれど、僕は首を傾げる。


「おはぎって餅米じゃないの?」


 おはぎ餅っていうのが本名だったような?


「んー、元々は、そのお家ごとに作り方があったのよ。うるち米と餅米を半分ずつっていうのもあるし、餅米だけったところもあるし」


 孝代さんはけらけらと笑う。


「お上品なお菓子じゃなくて――」


 これは孝代さんが得意なもの。



「お家で食べるおやつな訳よ」



 だから作り方が色々とあるんだ。


「で、私はお祖母ちゃんに教えてもらったのが、これ」


 お冷やご飯と蒸し焼きにしたサツマイモで作るおはぎだ、と孝代さんは片手をぷらぷらと振った。


 おはぎを丸めた所で、深皿にきな粉を入れる。


「きな粉はまぶすけど、あんこは使わない。あんこ使わなくても、おイモが甘いしね」


 濡れ手でくるくると、きな粉の上でおはぎを回転させると、見覚えのある形になっていく。


「はい、完成」


 お皿に並べられたおはぎは、売ってるものとは、ちょっと違う甘さがあった。砂糖を使っていないから、サツマイモときな粉の甘さがよく感じられる。



 家で作って食べるおやつ――その通りだと思う。



 食べた僕はこう感じたんだ。


「こってりした甘いのより、遊んで帰ってきた時に食べたい甘さになってる」


 息抜きや休憩に食べるんじゃなくって、遊んでる途中で食べたい味なんだ。


 このおはぎを、孝代さんのお祖母ちゃんが出していたのは、時間も忘れて遊び回ってた時じゃないか?


 ――おやつがあるから、一度、帰っておいで。


 そんな感じで呼びかけられる……そんな気がする。


「お祖母ちゃん、優しい人だったんだ?」


「うん」


 孝代さんは頷いた。


「お祖母ちゃんっ子だったのよ。色々、楽しい事を教えてもらった」


 僕は孝代さんに似たお祖母ちゃんを想像したけれど――、


「暑さ寒さも彼岸までっていうのも、お祖母ちゃんに教えてもらった」


 孝代さんは腕組みして、軽くうつむき加減にいう。



「お祖母ちゃんは、彼岸馬っていう馬で引っ張っていくんだよっていってたのよ」



 は……?


「私はだまされていた……!」


 多分、お祖母ちゃんと孝代さんは、かなり似ているんだと思う。

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年上の彼女が僕に言う「君とおやつを」 玉椿 沢 @zero-sum

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