女王と大名とお好み焼き

「本日の議題」


 五つ年上の彼女がそう言い出した時、僕は「またか……」と思った。


 唐突に切り出される話題は突拍子もなく、それでいて大抵、実がない。


 孝代さんが言い出した議題とは――、


「裸の王様が、裸の女王様だったら、どんな問題が発生したか。ただし、女王は美人のナイスバディとします」


「……どういう事?」


 意味が分からない。


「自分に正直であろうとすれば、服を着ていると嘘を吐かなければならなくなり、裸だと真実を言う事は、自分の気持ちに嘘を吐く事になる……」


「正直者がいなくなる、と?」


 孝代さんは鷹揚に頷いた。


 そんな事へ頭が向くのは、今、僕たちの前にある鉄板が原因だ。



 鉄板に乗っているのはお好み焼き。



 このお好み焼きには、孝代さんが一家言ある。


「まず、空気が程好く混ざるようにかき混ぜます」


 ゆっくりスプーンで具材をかき混ぜていく行動にも、ちゃんと意味があるんだそうだ。


「空気が混ざる事で、焼き上がった生地に空洞を作って、だからサクサクした食感になるの」


「なるほど。だから、外はサクサク中はモチモチに?」


「そうそう。でも掻き混ぜすぎるとキャベツから水分が出るから、サクサクにならなくなる」


 加減が難しいんだと言いながら、孝代さんは鉄板に具材を広げていく。


「厚さも重要。3センチが理想」


「その厚さが空気を程好く含むし、切る時にいい感じになる?」


「そうそう」


 頷く孝代さんは、手早く形を整えていく。


 手慣れたものだと見ていた僕も、お好み焼きが焼けてくる匂いに鼻をくすぐられると、細かな事はどうでも良くなる。


「イイネ、いいね」


 けど、僕がよく焼こうとコテを取り上げると、加代さんが慌てて止める。


「ダメダメ。押さえつけてジューッて音、立てさせたら気分はいいけど、それやるとダメ。生地に含まれた空気が抜けていくから、口当たりが台無し!」


「あ、はい」


 その音も含めてお好み焼きじゃないかと思うけれど、ここは退こう。


「お好み焼きは、大名焼き。何もしなくていいから、ただ待つ」



 その時間も楽しむ大きな心を指して、大名というらしい。



 けど――、


「その大名焼きの待ち時間に、裸の女王様の話なの?」


 僕は冒頭の「本日の議題」に戻した。


 こう言う事を気にしてしまう孝代さんだからこそ、お好み焼きの焼き方にも拘りがあるのかも知れないけれど、この場で言われても、僕の感想は一つしかない。



 どうでもいい事ばっかり、いつもいつも。



 いや、それでも直接、言う気にはならない。


 思うのは一瞬に過ぎないからだ。


「気になる。その場合、どうやって話を収束させる気だったのか」


「収束させられないから、そんな設定にならなかったんじゃない?」


 僕はお好み焼きを見ながら笑った。



 笑う――美味しく食べるには、必要な事じゃないか。



「笑ってくれる君は一緒だから、何を食べても美味しい」


 だから、どうでもいい事、下らない事を野別幕のべつまくなしに言うのかも知れない。


 でも、そう思う孝代さんだから、僕も美味しく食べられる。

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