断捨離できない理由があって

「断捨離が苦手なのだよ」


 そういうのは、僕の五歳年上の彼女、孝代たかよさん。


 決して散らかっているとはいえない孝代さんのアパートだけれど、ミニマリストという訳じゃない。


 そこかしこに色々なモノがしまい込まれている事を知っている。


「で、ホームベーカリーとか使ってみたいって思った訳よ」


 久しぶりに動かしたとばかりに、ホームベーカリーをポンポンと叩く孝代さん。


「普段使いできるものでしょ?」


 パン派とかご飯派とか言い出す人でないのも知っている。


一斤いっきんできても、なかなか食べきれないのよ。毎食、パンにしても二日もかかるんでね」


 飽きるといわれると、確かにその通りかも知れない。


「でも僕はご飯派なんだ」


「知ってる。知ってるから、ご飯に食べるんじゃない」


 ホームベーカリーを叩くのを止めた孝代さんは、今度は冷蔵庫を叩いた。


「実は、昨夜からフレンチトーストを仕込んでます」


 まるでローストビーフを仕込んでます、みたいな口調で孝代さんがいった理由は、



!」



 開けられた冷蔵庫には、切り分けられていない本当に一斤分のパンがあった。


「切り分けるとかでなく、その巨大なのを作るの?」


 想像を絶するとまではいわないけれど、見慣れた形でないのは確かだ。


「作るのよ。牛乳も豪華に一リットル! 卵は半ダース使いました!」


 フタ付き容器を振る孝代さんは、中の重量ににっこりしている。


「溶き卵と牛乳に漬けて一日。いい感じに染みこんでいるはずなのだよ、ワトソン」


 その名探偵は甘党ではなく、他のヤバいものの中毒者だった気がするけど……。


「丁度いい感じだし、オーブンで30分焼きましょ」


 その30分も、ただ待つという事がないのがいつもの孝代さんだ。


「そして、こういうのもあってね」


 次に孝代さんが手に取ったのは、アイスディッシャー。


「この心躍るフォルムが……」


「確かに、子供が欲しがりそうとは思う」


「そう。子供の頃に買ってもらったのよ」


 本格的なアイスディッシャーは、百均のものじゃない。


「そして、ドイツ語っぽい語感だけどアメリカのメーカが群馬で作ってる高級アイスクリームでなく、本当にアメリカっぽい感じしかしないアイス!」


 470mlの大容量アイスと組み合わせる孝代さんは、「心躍る」という言葉通りだった。


「これ、実は本当にアイスクリームで、アイスミルクとかラトクアイスじゃないのだよ。最高じゃないか」


 こういうアイスをアイスディッシャーですくい取るのって、確かに子供が好きそうだ。


 しかし――、


「先生、です。ラトクじゃなくて、


 期待されているようなので突っ込んでおこう。


「……そこは重要じゃないと思うんだ。全く本筋に関係ないと思うんだよ」


 ツッコミ待ちじゃなかったみたいだけど……。


「兎に角!」


 気を取り直そうというのか、それとも勢いで誤魔化そうというのか、孝代さんが少し大きな声を出す。


「あの一斤のパンにクリームを塗り、このアイスをアイスディッシャーで載せる。最高でしょ!?」


「確かに、それは考えるまでもなくいいね」


 オーブンから感じる匂いは、卵と牛乳に少しだけ砂糖を混ぜてたんだろう、と感じる甘さがあった。


 それだからこそ、アイスだけでは最高とはいえないのが僕だ。


「でも最高まで行くとしたら、フルーツでしょ」


 でもマウントを取りたくていった訳じゃない。


「用意してるに決まってるじゃないか!」


 孝代さんが、得意そうにそういってくれると思ったからだ。


「ケーキみたいになるから、イチゴが定番のような気がするけれど、私はバナナ派」


 孝代さんが「まだまだある」とテーブルにトッピングを並べていく内に、チンとオーブンが焼き上がりを教えてくれた。


「しっかり牛乳と卵が染みこんでるから、パンの耳もフワフワ! ここにクリームを塗って――」


 この辺は、孝代さんと僕の性格の違いで、孝代さんは載せたいものを載せたいように載せるんじゃなく、へらを使ってクリームものばしていく。


「バナナを並べて、ここにはチョコソース! アイスの上には、キャラメルソース! その上から刻んだミントを……!」


 大仰な身振り手振りになりながらも、ちゃんと計算しているであろう場所に載せていけるのは流石だって思う。


「チョコバナナフレンチトースト。どうよ!?」


「いいね」


 僕も頷く顔が笑顔になる。


「考えるまでもなく美味しそうだ」


 こういう事で失敗する孝代さんじゃないにしても、言葉は最高以外にない。


「飲み物は、これは百均に行った時に見つけてきたミックスジュースだけど」


 孝代さんがペットボトルから透明なグラスへ移したミックスジュースは、金色に見えた。


 こんがり焼けたフレンチトーストのコントラストもいい。


 チョコレートの黒いラインが引かれたバナナは白金色に見えて、キャラメルソースをまとっているバニラアイスは、金色と銀色に見える。


 そこに振られた粉砂糖は、雪でも降ったよう。


「はい、どうぞ」


 取り皿を回してくる孝代さんからの、好きなように切って食べていこう、という提案も僕には最高だ。


 二人で同じモノを食べれるようにする――、


「作りたかったんだなっていうのが分かるよ」


 けど僕の一言は、孝代さんに小首を傾げさせた。


「んー? 作りたかったっていうよりは、食べたかったのよ」


 僕と迎えあわせになりながら、孝代さんは僕と自分とを指した指を往復させた。


「一緒にね。だから断捨離ができない」


 普段使いできないけれど、たまには一緒に食べたくなるものを作れるものだから、か。


「ならさ」


 僕はいった。


「時々といわず、定番のおやつにしてよ」


「あ、いいね、それ!」


 笑って二人で食べられるおやつだから、いつも美味しい。

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