銀の世界で熱々を語る

 僕の5歳年上の彼女、孝代たかよさんの趣味は「食べる事」だけれど、それは食べ歩きを意味してるのじゃない。


 自分で作る事もあるし、何より孝代さんにとって食べるという事は――、


「一緒に食べるからいいの」


 ハンドルを握る孝代さんはニコニコしていた。孝代さんは車の運転も好きで、普段は型遅れではあるが、2シーターのスポーツカーに乗ってるくらいだ。


 でも今、乗っているのは、愛車の車検で不備が見つかり、その修理部品を手配している間、借りているという代車で、ワンボックスカーだった。


「バカにしてたけど、これはこれでいいね」


 スポーツカー好きの孝代さんの好みからいえば、ワンボックスカーなんて真逆なんだろうけれど、孝代さんは楽しそうにハンドルをポンポンと叩いてる。


「ポップアップルーフがついてるから、キャンプもできるし」


 気に入っている理由は、それか。


「けど真冬だよ?」


 ハードルが高そうだといいながらも、ついてきた僕だけど。


「テントなら死にそうだけど、車の中は暖房かけられるでしょ」


 孝代さんは、寧ろ冬キャンプにもってこいの車だろうという。まぁ、それは確かに。


 そして向かっている場所も、この際、山ではない。



 湖だ。



 北になだらかな山岳の見える麓に凍った湖があるというロケーションは、見慣れていない僕だからこそ「静かに神秘的」って言葉しか浮かんでこない。


 時刻は午後3時を回った所だからこそ、夕日に変わるか変わらないかっていう陽の光が氷をより綺麗に輝かせて見せてくれてる。


「さて、夕まずめはまだだけど、やってもみる?」


 車から降ろした道具の中からアイスドリルを取り出した孝代さんは、足下の氷に拳大の穴を二つ、開けた。


 釣り竿は長さが20センチくらいのワカサギ専用の竿。


「釣りってした事あるの?」


 意外だと思って口にした僕の言葉に、孝代さんは「ふっふっふっ」と態とらしく笑い、


「した事あるの、これが。ここでワカサギを釣って、速攻で天ぷらにして食べると美味しいと思うのよ、絶対」


 二つ並べられた椅子の間には、油を張った鍋をかけた携帯コンロがあった。


は――」


 釣り竿を握った孝代さんは、静かに釣り餌をつけた仕掛けを氷の下に沈めた。


「タナ?」


 知らない単語だったから、僕は釣るより首を傾げる。


「魚が泳いでる水深の事ね。多分、ベタ底。ちょっと煽ってやると――」


 竿をしゃくるように動かしていた孝代さんは、一瞬で表情を変えた。


「来た!」


 クルクルとリールを回して上げると、仕掛けにはピチピチと跳ねる魚が!


「これ、これ!」


 針から外された魚は、氷の上で銀色の身体を輝かせているのだから、それも綺麗だ。


「ワカサギは内臓ごと食べられるから、こう、下準備をして……」


 孝代さんは慣れた手付きで銀色に輝く魚のお腹を押してフンを出した後、塩でぬめりを取って水で洗う。


 そして衣を付けると、煮立った油へ……、


「残酷かも知れないけど」


 そこは孝代さんも良心の呵責があるみたいだった。


「はい、美味しいよ」


 天ぷらの周囲に浮かんでいる泡が小さくなった所で、孝代さんは紙皿に載せて僕の方へ寄こす。


「うん、いただきます」


 パンッと音を立てさせて手を合わせた僕に、孝代さんは「いいね」と笑ってくれた。


「目の前で天ぷらにしちゃったからね。ちゃんと挨拶しないとね」


 僕の「いただきます」に対してだった。


「うん。中学の先生が厳しい人で、給食の前にちゃんと挨拶しろって厳しかった。命をいただくんだから、精一杯の感謝をしろって」


 そうして食べるワカサギは、また一言だけしか出てこない。


「美味しいね」


 考えてみれば、この凍った湖の上で熱いものを食べてるんだから、気分がいい事も相まって味も最高になるに決まってる。


「最高のロケーション、美味しいもの、大好きな君――」


 孝代さんがいった事には、流石に照れるけど。



「いつも、いつまでも、繰り返したい」



 そういえる孝代さんが、僕も大好き。

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