手作りもするんですよ
「と言う訳で、君はイヌ派? ネコ派?」
何故、互いに無言の状態から話を切り出したのに、「と言う訳で」なのか分からないけれど、孝代さんが唐突に質問してくるのはいつもの事だ。
「意味わかんねェ。……何故、今、そんな事を?」
僕は座ったまま、孝代さんの方へ顔だけ向けた。
「質問に質問で返すと学校で習ったのかね? 小林くん」
「今回は明智小五郎?」
孝代さんはさも当然のとように言うけれど、「意味わかんねェ」が僕の答えで、「……何故、今、そんな事を?」は、僕が質問する番だからだ。
「ただ単に、君が今、どら焼きを食べてるから」
それこそ意味がわからない。
「つまり、孝代さんが何かを作っている時に、腹に何か入れるなって事?」
どら焼きの一個くらいが何だと思うが、確かに小振りとは言えないガラス容器を出していたのだから、孝代さんが作ろうとしているものは、なかなかの量があるんだろう。ただし、自分の基準で、男子の胃袋を計られても困る。
ただ言いたい事は違ったらしい。
「ネコを自称するタヌキが、どぅふふふふって笑いながら食べてるでしょう」
「タヌキじゃないし、そう言う気持ち悪い笑い声じゃないと思うし」
ぼやかしている風だが、「ネコを自称するタヌキ」って言われれば想像つく。
「で、ネコ派? イヌ派?」
「僕が毎朝、イヌを連れて散歩するようにも、ネコじゃらし振り回して御ネコ様とあがめてるようにも見えないでしょ」
「うん、見えない」
出てるじゃないか、答え。
「で、何故、今、そんな事を?」
もう一度、最初の戻ると、孝代さんは冷蔵庫を指差した。
「暇なのよ。時間待ち」
電子レンジで温めていたものを冷やしていたっけ。暖めるのは電子レンジを500Wに設定して、5分もあれば十分だけれど、冷やすとなると短時間では済まない。
「動物飼った事ないし、飼えないので考えた事がない」
「ああ、そんな風、そんな風」
何なんだ。
――まぁ、楽しそうに笑ってるんだから、問題ないんだろう。
「おっと」
そんな所で、孝代さんは時計を見ていた目を冷蔵庫へと移した。
「はい、ベースは完成」
「何、作ってたんだ?」
僕は背伸びして、孝代さんの肩越し――孝代さんの身長は165センチくらいと、意外に高い――に手元を覗き込んだ。
「羊羹を溶かして、容器に入れて固めてみた」
「ふむ?」
首を傾げる僕の目の前で、孝代さんはささっと手早く、カットグラスにトッピングを増やしていく。
「小さめの白玉団子を、こう……」
白玉団子は弧を描くように並べる。
「ホイップクリームは周囲全部。そして真ん中」
絞り袋に入れたホイップクリームは、口金を変え、細かいので縁取りするように並べ、中心には大きく盛る。
「彩りに栗きんとん、ミントの葉、サクランボ」
また大仰な身振り手振りを交えて「飾りつけ」を終えて完成したのは、
「はははは、アホが作っても、それなりに美味しく作れる和パフェだ」
パッと手を広げて見せた孝代さん。
「あ、さっきの明智小五郎じゃなく、怪人二十面相の方だったのか」
「並べるだけで出来るので、簡単です」
羊羹や栗きんとんを自分で作ろうとすれば手間がかかるが、スーパーで手頃に揃えられる材料だけで作れば、必要なのは待ち時間だけだ。
「へェ、待ち時間だけが必要?」
いや、そこひまで言うと乱暴すぎるか。
「んー」
孝代さんはダイニングテーブルに並べつつ、首を傾げていた。
「あと一つ必要なのは、一緒に食べる人?」
首を傾げたまま、僕の方を振り返ってくる。
「一人だけなら作らない」
見栄えを整える理由は、人に見せるからだからか。
「それは……ありがとう」
咄嗟に、いい言葉が出てこない事は、少々、情けなくも思う。
見せる相手とは、僕の事だ。
「ちなみに、孝代さんはネコ派なの? イヌ派なの?」
「甘党のウサギ派」
……そんな生き物はこの世に存在しないと思う。
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